―七色。「宗雲さんは何色がいいと思う?」
ハキハキとした通る声でエージェントと話すのはアカデミーの同級生の、伊織陽真。あんまりにはっきりと自分の好きな人の名前を呼ぶものだから、雨竜はびっくりしてライダーフォンから顔を上げた。何色?なんのことだろう。落ち着かなくなって、キョロキョロとそちらを見てしまう。すると、その様子がエージェントに見つかり、その目線で気がついたのか、伊織はぐるりと姿勢を変えて「雨竜!居たのか!」と、すぐに近づいてきた。大きな瞳はまるで良い事を思いついたと言わんばかりキラキラと輝いて。
「雨竜もちょっと力貸してくれない?」
なんて言いながら、雨竜の腕を掴んで今まで座っていた席の隣へ引っ張って行った。
フェスでバンドをする事になって、仮面ライダーのメンバーでグループを作る事になった事。そこで宗雲さんにキーボードをしてもらうことになって、今は当日着る衣装を考えている事。大体は出来たが、小物の配置や色に悩んでいるから、少し知恵を貸してほしい事。ニコニコと笑いながら、矢継ぎ早に話された。
「そうなんですか」
僕で力になれるだろうか。そう思う気持ちと別に何故か心の奥がもやりと陰る。理由をつけて離れようかと思っていたのに、いつの間にか注文していたドリンクまで、そのテーブルへセットされてしまって、逃げるに逃げられなくなっていた。
このモヤモヤした気持ちはなんだろう。宗雲さんだって忙しいのに、そんな事頼んで。とか。ピアノが弾けるなんて知らなかった。思い出した記憶の中には、音楽を嗜んでいる、なんて無かった気がするし。いろんな習い事をしていたから、できるのかもしれないし。自分と離れている間に修得したものかも知れない。すべてを知れるわけなど無いのに、自分の知らない事を他の人が知っているのが、なんだか少し、嫌だった。
「…雨竜?」
「あ、すみません…」
「雨竜は宗雲さんと仲いいだろ?何色が好きとか知ってる?似合う色でもいいんだけどさ…」
仲いい、そう言われて。沈んでいた気持ちが僅かに浮上する。周りから見てそう見えていると言うのが嬉しかった。
「…好きな色はわかりませんが、やはりいつも着ているスーツの色が良いのではないでしょうか?緑色なら、瞳の色ともあっていますし、青のチェックとあわせるなら寒色でまとめた方が良い気がします」
一言紡ぎ始めると、勝手に言葉が漏れていく。あれこれ言い過ぎたかなと思ったが、伊織が再びニコニコと笑っているのを見て、よかったと小さく胸を撫で下ろした。
「そうだな!ありがとう。やっぱり雨竜に聞いてよかった。…あ、そうだ、雨竜も見に来いよ!」
エージェントへ、まだチケットあったよね?と確認して、伊織は出されたチケットを雨竜へ差し出した。娯楽地区のライブハウス。遠巻きには見た事があるが、入るのには正直勇気が要る場所だ。
「…そういう所は慣れてなくて…。それに、…仕事があるかもしれないので」
「そっか…仕事も忙しいもんな。でもさ、もしよかったら。時間あったら来てくれよ!」
ギュッと手に握らされて。返すわけにも行かず。雨竜は、ありがとうございます。とそれを受け取った。
***
地下へと続く階段から、ドンドンとドラムの音が響く。ドアを開けると、目が眩むほど眩いライトと、身もすくむような大きな音に、身体がビクリと震えた。初めてみた色鮮やかな光景と、この間話したばかりの、伊織さんの歌声。ハツラツとした声がよく通っている。海羽さんのギターと、阿形さんのドラム、宗雲さんのキーボードで奏でられた音楽にあわせて、ドキドキと自分の心拍数が上がっていくのが分かる。
その光景に少し目が慣れた頃には、いつものスーツ姿と違う、ラフなシャツにチェックのジャケットを纏った宗雲から目が離せなくなっていた。腕には伊織に相談された緑色のバンダナが巻かれている。見た事の無い姿なのに、とても似合っていて素敵だなと。音楽に魅了されたのとは別の高揚感が胸を支配していた。真剣なのに楽しそうで、いつも見る眉を顰めた表情からは想像できない穏やかな表情で鍵盤を叩くその姿。とても素敵な音楽なのに、頭の奥の方で聞こえているような感覚。それよりも視覚から得られる好きな人の新しい表情に胸が煩く駆ける。
不意に、にこりと微笑まれた気がした。自分よりも前に沢山のお客さんが居る。宗様!と呼ぶ声もするから、お店の人も来ているのだと理解できる。でも絶対。こちらを見て、笑ってくれていた、そんな気がした。それが嬉しくて、体温がドンドンと上がっていく。
ズボンのポケットに入れたライダーフォンが時間を告げる。もう仕事に戻らなくてはいけない。
短い時間でも見れてよかった。自分に言い聞かせて、後ろ髪を引かれながら会場を後にする。
熱気に当てられたのかもしれない。外の空気が気持ち良い。今日の予定はあと一つ。先程聞いた音楽を口ずさみながら、雨竜は仕事へと戻っていった。