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    やっぱ文章書けないなあと思いつつ、立場逆転物。
    よくわかんない感じになってる。

    #主明
    P5-kun x Goro Akechi (ShuAke)
    #腐向け
    Rot

    屋根智・観察開始

     曇天の夜空をビル群が照らす癖に暗い所は真っ暗な都会の路地を、高校二年生の少年はアルバイトの帰路として選んだ。
     今思えば、それが間違いだったかもしれない、と思う気持ちがある。実際は関係なかったとしても、タラレバが少しだけ頭を過ぎるのだ。

    「疲れたな⋯⋯、宿題は終わってるから予習に関しては朝でいいか」

     長めの錆利休の髪を揺らし、白シャツと青いアーガイル柄のベストを着込んだ少年が、草臥れた顔で予定というよりは定期行動のような物を確認して、僅かな街灯しかない暗い路地を歩く。

     行儀悪く歩きながらゼリー飲料を啜っていても、いち学生が買い食いしている程度にしか取られない。それが彼の夕食なのだとは誰も思わないだろう。
     じゅるじゅると吸われて縮む容器が、大人に金を取られる自分の自身のように見えてきた少年は、容器の口を噛んだ。返ってくるのは八つ当たりの代償、歯茎への軽い痛みである。
     何度、繰り返すのだろうと己に呆れながら、取り返しはつくのだと言い聞かせる。

    「成人まで生き残りさえすれば⋯⋯まだ」

     恨みと鬱屈が籠った呟きが路地に吐き捨てられた。
     復讐を為すまで死んでたまるかと、深呼吸する少年が聞き取ったのは悲鳴。
     疲れた頭でも、かなりの厄介事だと理解できていたが、状況は待ってくれなかった。

    「助けて!」

     何故ならば、悲鳴の主であろう被害者の女性が泣きながら少年の背中に隠れてしまったのと、それを追いかけてきた加害者の酔っ払いが一等しつこかったせいだ。
     警察と思わしきサイレンまで聞こえてきたと言うのに、何処かで聞いた事のある声で騒ぐ加害者の男が引かず、むしろ強気になるのが少年には信じられなかった。
     しかし、暗がりから出てきた顔を見れば嫌でも理由が察せられてしまう。

    「⋯⋯ぁ」

     少年は間抜けにも口を開けてしまったが、相手には気が付かれてしまっていないだろうか。
     スキンヘッドにサングラスを掛けた男を、少年の方は一方的に知っていた。
     薄らと青く顔面が色付いていき、どくどくと心臓が音を立て耳の裏で激しく脈を打ち続ける。

    「その、すみません⋯⋯、僕も困っていまして」

     一呼吸おいて、煩い鼓動を放置しながら困ったような笑顔を浮かべる少年は、やんわりとここで騒動を起こすのは男にとって利にならないのだと低姿勢で謝り倒してみたが、正常な思考能力すら失っているのか邪魔をするなと逆にキレられた。
     どうしてそうなるんだ。本当にロクでも無いなこの男。

     酔っ払ったスキンヘッドの男が掴み掛かろうとしてきたので、正当防衛として少年が一切触れぬように半身で避ければ、勝手に転んだ。

    「あ⋯⋯えっと」

     よろよろと起き上がった男の額から血が出ている。
     いい気味だと思うが、彼を笑う暇など少年にはない。
     今までの人生の経験による賜物か、ここに居てはいけないと警鐘が鳴るが、少年が助かる道は残念ながら用意されていなかった。
     背後から走ってくる警官の足音が、まるで破滅の音のように路地に響く。

    「このガキ⋯⋯! 訴えてやる!」

     ああ、きっと負けるのだろう。
     少年の頭脳はそう判断した。眼前の碌でもないハゲ野郎は、少年の母を手酷く捨てた張本人なのだ。一歩間違えて、存在自体が男にとっての醜聞だと気が付かれて抹消されるかもしれず、そうなった場合が最悪といえる。

     老年の世代では裁判とは時間が掛かりすぎて労力を費やす物というイメージがあるのか、若い世代よりも裁判を起こす事例を聞かないなどとクラスメイトが会話していたのを思い出す。
     長い物であれば三十年も争っていた記録が見られ、それを鑑みて制度を調整し半年程度まで縮めたのだと聞く。持つ印象が世代で違うのも無理はないだろう。
     尤も、少年を訴えた男は五十代であり、ある程度の法律も把握している彼にとってはゴミ掃除委託する感覚でしか無さそうだが。

     結果の想像はついていたせいか、いっそ日本の裁判には存在しない木槌で音を鳴らしてくれた方がギャグになるのかな、とか裁判中にくだらない逃避をしてしまった。
     なにせ少年が経験の為に立ち寄り傍聴人として裁判を聞いていた時とは違うのは、未成年に関する物だからとしても審理があまりに一方的でしかなく、なけなしの抵抗で上げた声も無視されて即行で判決が降るのだから、もう笑うしかない。

     校長は言葉を濁しながらも、災難に出遭ってしまった事を同情していたが学校は退学させられた。
     救いは、少年が親戚との折り合いが悪く、私物をロッカーに入れていたので片付けが鬼門だったのだが、荷物の処理を急かされずに済んだ点であろう。
     まあ、退学という事実は変わらない上に親戚には関係ないので、案の定、少年を疎ましく思っていた連中には罵られた。

    「母親と一緒に死んでいれば良かった物を」「金だけ食う寄生虫」「あの女みたく身売りしろよ」「成績だけはマシだったのに」「政治家に喧嘩を売る愚かなガキ」「やっぱり自殺した女の子供はロクなヤツに育たないね」

     ああ、うるさい連中だと冷めた気持ちで少年は聞き流す。
     世話をしない癖に、子供から養育費と称して金だけは毟り取っていく碌でもない場所から、やっと離れられると思えば清々する。

     幼少の砌に母親を失い、親戚にも縁を切られた明智吾郎と名付けられた少年の人生は、実の父である獅童正義よって破滅させられたのだ。



    ***



    『──まもなく渋谷、渋谷。終点です』

     スピーカーから女性の声によるアナウンスがなされる。

    「⋯⋯ん」

     一定リズムで揺れる座席の感覚と、光と音に意識を刺激され、ゆっくりと目蓋を開ければ人だらけだった。
     ボストンバッグを抱えている少年が寝惚け眼で周囲を窺う。
     黒いブレザーと白のタートルネックを身に纏う彼は、手袋を付けた黒い左手で口を隠し欠伸をしながら、自分が電車で転寝していたのだと思い出す。
     壁に擦り付けて跳ねてしまったであろう錆利休色の髪を手櫛で、そっと整える。

    「最悪の夢見だったな」

     溜め息混じりに呟いた明智は、負担の掛かっていた箇所を揉み解す。
     寝ている内に落ちなくて良かったなと眼鏡の黒い縁に触れつつ、レンズ越に電車の外を確認すれば明るい空とオフィス街だ。
     タタンタタンと、レールを疾走する駆動音が鳴り響く車内で、ぼんやりと窓の向こうを眺めていると、噂話が聞こえる。

    「ほんとぉ? 眠り姫とか」

    「本当だって」

    「男もなる時点で違うじゃん。いやぁ、冗談でしょ。アンタほんとにオカルト話好きだよねえ」

     聞いた事がある噂、というか遭遇した事故だ。知り合いの探偵が追いかけているので事件と言い切ってもいいのかもしれないが、親戚が一人だけ被害に遭っていた。
     大概は何かしらの事故後に植物人間になってしまうと言うのが正しいが、突然、健全に動いていた筈の人間が倒れてしまう事例もある昏睡事件と呼ばれる物だ。原因は究明されておらず、入院患者が後を絶たないと聞く。
     患者の周囲を不安で苛み、病院を圧迫する症状は、社会の歯車を止める病だ。しかも、患者の状態維持が困難とくれば、そのうち衰弱死が多発するのではないだろうか。

     まあ、そんな心配をした所で明智には関係ないので無駄かと思考を止める。
     駅の改札を出て、陽の眩しさに目を細めながら目的地に向けて歩き出せば、突然スマホが鳴った。
     訝しげに思った彼が確認すれば、開いた覚えのない地図の上に見覚えのないアプリが主張している。
     いつダウンロードされたのか不明だ。

    「──え?」

     周りの人間が皆、緩やかに停止する異様な光景に、困惑した明智が周りを見渡す。不気味な雰囲気が渋谷のスクランブル交差点に漂っていた。
     奥に見える青い炎影は、不気味に笑うツノの生えたナニカで、最後に瞳が金色という一点だけしか違わない明智そっくりの顔が嘲笑を浮かべた後に消失する。

    「⋯⋯あ、れ?」

     いつのまにか周囲が騒がしく、いや元通りに人が犇めいていた。
     スマホには未だに不気味な赤い目玉のアプリが鎮座しており、怖くなった明智はスライドさせてゴミ箱へとソレを移動させる。
     不安を振り払うように錆利休の頭を振って居候先に向かった。



    ***



     四軒茶屋にて知らされた住所を頼りに一軒家にたどり着いたが、少年がチャイムを鳴らしても誰も出てこない。
     おやと首を傾げていれば宅配業者が来ていて、住宅の前で困惑する明智の様子を見かねたのか、喫茶店を営業しているのだと聞かせてくれた。
     宅配業者に礼を告げて路地を歩きながら、店やってんのかよというツッコミと、事前に連絡しておけと若干疲れた心地になった明智が探せば、保護司のいるらしい寂れた喫茶店を発見する。

     店に入ればマスターらしき老齢に片足を突っ込んだ人間が、呑気にクロスワードパズルをやっていた。明智を見て漏らした言葉を考えるに彼は、居候が来る事を完全に失念していたらしい。
     一杯のコーヒーで四時間も居座ったというテレビを見て雑談をしていた老人夫婦が帰った後、挨拶を交わす。

    「お前が吾郎?」

    「はい。初めまして明智吾郎と申します。こちらに世話になる佐倉さんがいると聞いてきました」

     持ち前の猫被りで、にこやかに答えたが前歴故におそらく効果は薄いだろう。
     無いよりはマシだと割り切って明智は好青年を演じる。

    「一年間、お前を預かる事になってる。どんな悪ガキが来るかと思ったら、お前が、ねえ」

    「ええ、一年間よろしくお願いします」

     爽やかな苦笑いと共にお辞儀をすると、惣治郎が後髪を掻きながら呟く。

    「見かけによらねえなあ⋯⋯」

     保護司を担当している人間に下手な言動は見せられない。
     人を見る職業をしている大人の観察眼は舐めるべきでは無いというのもあるが、見守る価値のない見捨てても良い奴と判断され追い出されてしまえば、前の生活よりも厳しい物になってしまう。
     それとは別に、世話になるからと言って明智の味方をしてくれるなどとは、思っていない。まともな職業をしている大人が、一部の親戚のように金銭を集ってくる可能性は低いだろうが、警戒するに越した事はない。
     泣こうが叫ぼうが、助けを呼んでも誰も助けてはくれないのだ。

    「ついて来い」

     笑顔の下で明智が、気を引き締め直していると惣治郎に差し招かれたので、店の奥に消える薄桃色の背を追って大人しく階段を上がる。親戚以外で身柄を預けたのは初めてではないが、惣治郎に案内された先に思わず絶句してしまった。
     喫茶店の屋根裏部屋、という時点で現代の住居スペースとしては些か首を傾げる所だが、問題は粗大ゴミに溢れた空間である点だろう。
     どう見ても倉庫であり、とうとう己は物理的に屋根裏部屋へ捨てられたゴミになったのかと、明智は頬を引き攣らせる。

    「何か言いたげだな?」

     振り返った惣治郎は、明智の硬い顔に気がついたようだ。
     するりと不満の感情だけを抜いて、困ったような顔で笑う少年は軽く頭を振って朗らかに答える。

    「⋯⋯いえ、物が多くてちょっと驚いちゃいました。ふふっ、広い部屋を貰えるだけありがたいですし、屋根裏なんてなんだか秘密基地みたいでロマンありますよね」

    「⋯⋯そうかい」

     明智の肩に背負うボストンバッグを一瞥した惣治郎が、再び少年の顔を見つめた。その瞳には何やら心配しているような感情を宿しているようだ。
     自分で用意しておいた癖に、そんな表情を浮かべる保護司に呆れた。
     しかし、荷物を見て微弱に表情が動いたのは何故だろうと考えてから、今の言葉で親戚から受けた扱いに関して察した可能性に気がつく。

     必死に隠蔽していた連中が教えるとも思えないが、何かしらの事前情報を知っているらしいと警戒心を抱いた。心配するフリなど、誰にだってできる。

     電車に揺られながら持ってきたボストンバッグ一つ。それが明智吾郎という少年が持つ私物の全てであると、おそらく惣治郎は知っているのだろう。
     たらい回しは隠せないとして、部屋自体を貰えなかった事があるとは明言してないのになと、少年は笑顔を貼り付けて、新たな保護者の説明を聞く。

    「ちと事情があってな、自宅の方じゃ預かれねえんだ。騒がなきゃ自由に使っていいからな」

    「ありがとうございます」

     事情など、どうでもいい。
     所詮、こんな所に人間を押し込む時点で言い訳のようにしか感じられない。
     それでも独りになれる空間があるだけマシなので、他人がいない方が気楽でいいという本音は表に出さず、礼だけ告げて明日の予定を伺い、制服からシンプルなシャツに着替えた明智は部屋の掃除を始めた。

     劣悪環境には嫌と言う程慣れているが、流石に綺麗にできるなら綺麗な環境にしたい。
     蜘蛛の巣などやらゴミやらを処分し、ソファーやらを拭き、床をモップで清掃してベッドを整えているうちに夜になってしまったようだ。
     面白そうな古本に手をつける暇は、一年有れば幾らでもあるかと、今日の所は諦めた。
     一階から上がってきた惣治郎に早めに就寝しろと忠告された通りに、準備を進める。

    「⋯⋯へえ、意外と悪くないね」

     そもそもマットなんて物がある時点で、ここ数年の寝床より柔らかい。
     ビールケースを基礎とした寝台は、割と成立しているのだなと、くだらない感想を抱きながら布団を被れば眠気に襲われる。
     そのまま、欲求に従って目蓋を閉じた筈だった。



    ***



     カランカランと聞きなれぬ音が聞こえてくる。
     何事かと思い明智が目を開ければ、部屋の様相は群青に染まっていた。

    「は?」

     更に信じられない事に明智は、いつのまにか白黒の服に着替えさせられて、拘束具を手足に付けたガチの囚人スタイルで寝ていたのだ。大変、意味が分からない。
     次に起き上がって鉄格子を掴めば、冷たい感覚が手のひらに返って来て明智はゾッとした。そこへ少女の声が聞こえたかと思えば、笑い声。
     声の主は看守なる幼い双子の片割れ。初対面の幼女にバカにされた怒りよりも、戸惑いの方が大きかった。

    「ちょ⋯⋯ここ何処!?」

    「「主の御前だ、控えよ!」」

    「あ、主⋯⋯?」

     困惑した明智が奥を見れば、一人の男が執務机に着いている。
     しかし、特徴的な長すぎる鼻のせいで、人間と呼ぶよりは異形だと言われた方が納得できる存在だ。

    「お初にお目にかかる。ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所。何らかの形で契約を結んだ者のみが訪れる部屋。お前を呼び出したのは他でもない。お前の命に関わる、大事な話をする為だ」

     双子を束ねるイゴールと名乗る長鼻に、運命の『囚われ』だのと言われた挙句に近い将来、破滅が待ち受けているなど告げられれば、状況を飲み込めない少年も思わず眉間に皺を寄せてしまう。

    「冗談じゃないっ」

     牢の扉を握り締めて低く言い放つ。
     何がどうして、これ以上の最悪が訪れるのだと夢で示されるのか。

    「素養ある者よ。世界の歪みに、挑む覚悟はあるかね?」

    「正直、意味が分からないけど、僕だって破滅は御免だよ」

    「結構、それで十分だ。お前の更生の軌跡⋯⋯拝見させてもらうとしよう」

     そんな事を言われて、けたたましいベルの音が鳴り響いたかと思えば、目が覚めた。



    ***



     冷えた朝の空気を吸いながら、制服を纏った明智は顎に手を当てながら考え込む。
     ベルベットルームなる部屋の感触は嫌にリアルだ。鉄格子の冷たさや、両手を繋ぐ鎖の重さ、あれがただの夢とは一蹴できなかった。
     破滅に、更生。己に何が待ち受けているのか分からないが、とにかく、人生の帰趨が破滅であってたまるものか。

    「ちゃんと起きてるみたいだな」

    「あ。おはようございます」

     いつのまにか惣治郎が二階に上がってきていたらしい。思索に耽っていた明智は、驚きながら慌てて立ち上がる。

    「眼鏡はいいのか?」

    「ああ、忘れてました。ありがとうございます」

     指摘された眼鏡は貰い物の上、視力の問題で付けている訳ではないので忘れる所だった。
     惣治郎に言われなければ、そのまま登校していたであろう己の混乱っぷりに明智は溜息を吐く。
     転校の挨拶をしに蒼山に行くそうだが、乗り換え等が面倒なのだと言い放つ保護者の車で学校に訪れる運びとなった。惣治郎は男を乗せる座席はないと愚痴っていたが、明智からすれば知らねえよとしか言えない。

     車を降りて着いたのは、銘板に私立秀尽学園と書かれた校舎である。
     大人しくしておけという保護司の言葉に、明智は「はい」と頷いた。彼は明智がどうなろうと知らないが、迷惑をかけるなと言い放つ。
     最初から明言してくれるだけ、やり易くて助かると静かに笑う。

     案内された校長室に立ち入った瞬間、明智は目に映ったダルマ体型の男に、吹き出しそうになったが、なんとか堪えて微笑を作り上げ姿勢良く挨拶する。
     ダルマ校長の隣に控えていた俯きがちな隣の女性は、憂鬱げな表情から一転して不思議そうに明智を眺めた。

    「正直、君のような人間を受け入れるか迷ったんだが、まあ色々と都合があってな」

     手続きを見届け終われば、改めて注意がなされる。
     大人しく頷きながらも、正直に内情を口にする校長の迂闊さに明智は鼻で笑いそうになったが、前歴者を受け入れてくれた点に関してだけは感謝しておく。

     取り繕った笑顔の裏で、受け入れる都合とやらにチラつく影について静かに思考を巡らせる。
     年齢に似合わず艶冶な後輩の姿が浮かんだが、一応彼はただの高校生だ。どちらかと言えば、あのクソハゲの隠蔽工作を疑った方がいいだろう。

     粛々と進む言葉を聞き流しながら、次に担任の川上貞代という女性の紹介に移った。
     ポケットから出された手帳型の学生証が机に置かれる。
     学生証の裏にあるピンクのチラシを見るに、かなりズボラな性格かなと明智が分析している内に、チラシに気がついた彼女は慌ててソレを回収し、何食わぬ顔で校則について確認しておくようにと説明した。

     何度も告げられる自己責任という言葉に、やはり獅童の手回しだろうなと納得する。
     子供の前で恥ずかしげもなく、堂々と不毛な責任の押し付け合いをする教育者達に、痺れを切らした惣治郎がぶっきらぼうながらも穏便に中断させた。

     校長室から退室しながら、不思議な気分で明智は惣治郎の顔を横目で盗み見る。
     存外、彼は人間を預かる責任について心得ているのだろうか。表面上を取り繕わない性格からして、急に激昂し出したりする癖などが隠れていなければ、保護者として当たりな方なのかもしれないと明智は勝手に評価を付けた。

    「一応、マエがあるってのはああいう事だ」

     誰もいない廊下で立ち止まった惣治郎に、厄介者扱いだなと言われて「そうですね」と明智が頷く。
     何処に行ってもそうである事に慣れきっているので、大した問題には思わない。
     多少の評価は外面で取り繕える自信が明智にはあり、転校理由さえ隠せれば普通に生活できる筈だ。校舎で教師達が不穏な会話しているとは知らずに、楽観的に構えて惣治郎の後に続く。
     懐かしげに校舎を眺める保護司は、穏やかに明智へと声を掛けた。

    「帰るぞ」

    「はい」



    ***



     帰路に着いた途端、渋滞に巻き込まれて溜息を吐く保護司の様子に、退屈凌ぎにと雑学を披露していると、彼は不思議そうに明智を横目で見る。

    「しかしお前さん、退学食らったのに他へ入り直すとはな。そんだけ無駄に知識があるんなら、勉強もそれなりにできるんだろう?」

    「ええ、まあ。昨年受けさせられた全統模試は二回とも上位でしたよ」

    「へえ⋯⋯」

     驚きに満ちた惣治郎の顔面が、完全に前歴と頭の良さは関係ないのかと物語っていて、クソハゲによる冤罪だからなと明智は内心で罵った。
     そして保護司は別の疑問が湧いたらしい。

    「そこまでやれんなら高卒資格取るのに苦労しないだろうによ。どうせ誰も親身になっちゃくれないのになんで通うんだ?」

     惣治郎の言う通り、面倒な事をせずとも通信制の所へ切り替えるなり、試験を受けるなりで躱せば良かったのは事実だ。
     本当に困った顔で明智は笑った。

    「そうですね。退学処分の後、悩んだんですがお節介な後輩が一人居まして、その子に説得されたんですよ」

    「ほお、後輩からねえ?」

     急にニマニマしだした惣治郎の期待に応えられるような話ではないんだけどな、と明智は当時の会話を思い出す。

    「で、おすすめされたのが今の学校なんですけど。彼、知り合いの妹が良い人で生徒会長してるから頼んでみるとかしか言わなかったなと思い出しました」

    「彼って、後輩は男かよ。いやまあ、状況的に伝手があるだけマシだわな」

    「全体的な教師についてノーコメントを貫いてたのは、ああだって知ってたんでしょうね」

     肩をすくめた明智に、惣治郎が呆れた顔でツッコミを入れる。

    「おいおい⋯⋯はぐらかされてんじゃねーか」

    「なんというか、自由で強引なんですよ。目立つだろうから、これあげるとか言って押し付けられたのがこの眼鏡ですし」

    「押し付けられたって⋯⋯あ」

     眼鏡の黒縁を持って上下に揺らして見せれば、胡乱げな視線を向けていた惣治郎が目を見開いた。
     苦笑いを浮かべた明智が言い訳を述べる。

    「どんなに要らないって言っても聞かずに耳にかけてくるので、仕方なく」

    「そいつはまた強引な奴だな⋯⋯、んで諸々押し負けた結果が、これと」

    「ええ」

     経緯に関しては嘘偽りなく事実だ。
     爽やかに微笑む明智を見ながら、目蓋を閉じた惣治郎が溜め息混じりに呟く。

    「⋯⋯学校であの調子じゃ、頼まれた生徒会長ちゃんも困るだろうに。一生徒じゃ手に負えないばかりか、俺もなんか言われちまうかも知れないのに、ちとあいつ無責任だな」

     そんなセリフを吐く惣治郎に対して、嫌な予感がした明智は小首を傾げながら保護司の横顔を見つめる。

    「あはは、彼も大概だとは思うんですが、佐倉さんもよく僕なんかを引き取ってくれましたね?」

    「頼まれて⋯⋯なんとなく、承諾しまったんだよな。金だってもらっちまってたし」

    「おや、猫みたいな客に頼まれたんですか?」

    「ん? 確かに猫みたいなヤツ⋯⋯って」

     僅かに引き攣った顔でこちらを見つめる惣治郎の様子が面白く、且つそのお人好し加減に明智は思わず腹を抱えて爆笑してしまった。
     手を借りたくないと思っていた繋がりから、助けられる己の不甲斐なさすら嘲りながら肩を振るわせる。

    「ッはは! 雨宮くんに頼まれて引き受けるなんて十分、佐倉さんも良い人ですね。世間が狭くてビックリですよ」

    「いや、別に高校生から金はもらってねえぞ? 確かに頼まれはしたけどよ」

     保護司が、なんで分かったんだという顔をしていたので、明智は理由を告げた。

    「眼鏡が貰い物と聞いたときの顔で知り合いだろうなって。譲ったとは聞いてたんじゃないですか?」

    「ああ、まぁな。だが⋯⋯」

    「なんだか事情を知り過ぎてたりとか、先程の『あいつ』とか、校舎のときに妙に同情的な『一応』だなんて言い方はしないと思いますよ」

    「あー⋯⋯、まあ滅多な事じゃ嘘つかねえからな、あいつ。しっかし、探偵の知り合いは探偵みたいな奴になんのかねえ⋯⋯事情は聞いてるよ。ま、相手も運も悪かったな」

    「⋯⋯そうですね」

     思わず明智が少しだけ低い声音で返事をしてしまったせいか、車内の気温が下がってしまったように思える。
     居た堪れなくなって前方の車を眺めてから明智は、惣治郎の発言に違和感を覚えた。まるで訴えた人間を知っているような口振りだ。
     雨宮が言っていた事と矛盾するような気がするのだが、さすがに今聞き返すのは気が引ける。
     会話が途切れた隙間を縫うように、ラジオが静かに電車事故を告げて、惣治郎が呟いた。

    「そういえば、先月交通事故があったな。⋯⋯亡くなった子、十五歳だっけか」

     そんな哀しげな言葉が車内に落ちる。
     最近色々と忙殺されていたせいで、ニュースのチェックができていなかったと明智は思い返したが、事故が多すぎて細かく追う所ではないかと考え直す。

     無慈悲な渋滞加速宣言に惣治郎が項垂れ、明智はご苦労様ですと慰めた。



    ***



     後に日記帳を渡され、居候開始からの記録を明智は、黒い手帳に簡易的に付け始める。



    ・メガネ

     過密な人口を誇る昼の都会だというのに、人っ子一人居ない公園は物悲しさを漂わせていた。
     ぼんやりと入り口に立った明智が、静かな公共の場を眺めながら、平日ではあるが近所に住む就学前の子供が遊びに来ないのかなと疑問を抱く。
     すぐに湿気の匂いが満ちる天気を憂う親の気持ちに思い当たり、次にニュースで報道されている己の安寧の為だけに、公共の場から子供の場所を奪い去る我儘な大人を思い出して、少年が舌打ちを溢す。

     気分が悪くなった明智は量産された木製ベンチに腰掛けた。
     モノクロのネクタイを締めてワイシャツと黒いズボンを纏う彼の容姿は整っており、何の変哲もないベンチが綺麗に見えてしまう程だ。
     しかし、仏頂面の美少年の醸し出す雰囲気は、鋭利な刃物ようで誰もが近寄り難い。
     そんな彼は普段ならば滅多にやらない、空を見上げるなどと言う無意味な行為に勤しんだ。

    「ああ、疲れてるのか」

     何処か空虚に響く声を聞くに、思った以上に少年は打ちのめされているらしい。
     澱む雲翳の茫漠たる威容に、己が酷く矮小な物に思えてしまうなど、普段の自分からは想像できなかったからだ。
     足を組んで膝の上に両手を置き、背凭れに背を預ける明智は、目蓋を閉じて罅割れた人生を追思する。

     望まれぬ子として生を受け、聡明な彼は幼いながらに己の立場を理解し、唯一の庇護者を失ってからは周りに好かれるべく、必死に成績も外面も徹底して取り繕ってきたが、今は如何にもならない弱者のまま放り出された。
     独りで生きる力が欲しくて貪欲に学んだ成果は出ていたが、大人の都合で親戚預かりのままだった所に、父と出会ってしまったのだ。それなりの成功を手にしていた筈の未来は、もはや塵埃に塗れている。

    「どうしようかな」

     やはり虚しさを孕んだ声が昼の公園に溶けて消える。
     息をするだけならば縋れる場所は有ると言えるが、本当に行く宛など何処にも無い。

     果たして、漫然と呼吸をする為に生きるのは価値ある事なのか。
     怯えて逃げるように静かに暮らして終わるのは、クズな父が母と自分をゴミのように捨てたのが正しいように思えて嫌だ。

    ──路頭に迷った以上、形振り構わずヤツを殺すべきではないだろうか。
    ──たとえ、それが破滅の道であってもだ。

    「だって」

     誰からも見放された、望まれぬ存在に何の価値があるのだろう。
     辛うじて描いていた人生を明智は嘘ですら描けなくなってしまったのに、父はのうのうと他人の人生を貪り食らっている。
     あの時、本気で頭をカチ割ってやれば良かったと後悔すら湧く。

     俯いた明智が手袋の嵌った左手を眺めれば、そこに鋭利なナイフがある様を夢想する。
     昏く澱んだ烏金の瞳は、視線だけで人を殺せそうな程の残酷さを秘めていた。
     ふと、彼の視界の端に見えたのは誰かの足だ。

    「明智!」

     艶のある声に、ゆるりと明智が顔を上げれば、そこに居たのは鳥の巣やら寝癖やらと見紛う黒髪に、野暮ったい眼鏡を掛けたオリーブグレーの制服を纏う男子学生であった。
     きちんとボタンを留めてネクタイを締めているのだが、そんな真面目さとは裏腹に態となのか猫背であるし、アタッシュケースを片手に持っているのにも拘らず、右手をポケットに差し込んでいると言った行儀の悪さを見せている。
     制服さえなければ不審者と見紛う彼は、心配そうに明智を見つめていた。

    「お⋯⋯、久しぶりだね雨宮くん」

     なんとかお前という単語を飲み込んだが、知り合いの中でも一番に会いたくなかった人物の登場に、明智は舌打ちを溢したくなる。
     巷で有名な探偵王子・雨宮蓮。年は一つ下なのにも拘らず、明智相手には敬語を使わない、かなり生意気な性格の持ち主であり、さらに付け加えるなら明智が追い出された進学校の後輩だ。

     公園で黄昏る人生の落伍者でしかない明智と、輝かしく特別な雨宮。
     太陽のように輝く雨宮の周りには人が集まり、誰もが彼に頼る。両親が健在で、成績は常にトップを維持し、メディアに引っ張りだこな正義感の強い少年。
     なにもかも持ち合わせない明智とは逆を行く彼は、何故か学年の違う明智に構ってきた。関わらなければ、遠くで昔憧れた理想を体現する人間、程度の印象しか抱かなかっただろうに。

     本人にそのつもりはなくとも、見た目だけは上等に見せる屑石と本物の宝石が並べば、嫌でも己は望まれぬ存在なのだと突きつけられて、隣に来るなと消えてくれと当時からずっと願っていた。
     今となっては誰がどう見ても、ゴミと貴石でしかないだろう。あまりに惨めだ。

     ただでさえ屈辱的な事に、雨宮のお陰で首の皮一枚が繋がっているような状態だった。
     明智は探偵たる彼の助手をやらされ、その時の報酬のお陰で居候先から衣食を与えられなくとも、今なお生きていられるのだ。

     何処にも居場所がない憐れまれるであろう姿を、一番気に食わない男に見られたくなかったのに、こんなところで雨宮と会うだなんて想定していなかった明智は、醜い嫉妬に駆られながら微笑む。

    「この時間帯はまだ学校だと思うんだけど、また収録かい?」

     明るく取り繕われた声音と表情は、学校に通っていた頃と変わりなく爽やかな物だ。
     彼に助けられたくない明智は、余計な踏み込みをさせまいと明るく振る舞う。

    「⋯⋯ああ。お陰で今日も遅刻」

    「そっか」

     なら油売ってないで学校行けよという苛立ちを飲み込んで、仮面を被った明智は朗らかに、くすくすと笑う。
     それを相変わらず無表情で見下ろす雨宮は、注意深く見ていなければ気付けないほど僅かに眉を寄せる。剣呑さを纏った彼は、ベンチの近くにアタッシュケースを落とし、遠慮なく明智の隣に座り抱き付いてきたのだ。
     何を思って雨宮が、その行動を起こしたのか理解できない。

    「は!?」

     勿論、いきなり抱き付かれた明智は抵抗しようとしたが、ほんの少しだけ己よりも高い体温とコーヒーの幽香に、安堵を覚えてしまったのだ。
     この男とそれなりに言葉を交わした事はあるが、友人ですらないのに愛おしそうに抱きしめられる関係になった覚えは無かった。

     むしろ憎悪さえ抱いていたというのに、一瞬でも安心を覚えた己に苛ついた明智が、雨宮の身体を押し返そうとして気がつく。
     力強く抱きしめる一つ年下の少年は、親から離れ難く思う幼い子供のように酷く震えている。黄昏ていた明智などよりも余程、不安定な様子を見せる彼からは、いつもの生意気さが感じられない。

    「ねえ、ちょっと苦しいから落ち着こうよ? ねえってば」

     実際に明智は苦しいし、声を掛ける度に腕の力強まるのだから困った物だ。
     と言うか、ミシミシと音が鳴るのではと思うくらいには無遠慮である。

    「妙な、資料を見て⋯⋯」

    「⋯⋯ああ」

     いつもそうだ。いつもこの男は他人を優先する。
     ある意味で、なんでもやらかす本人は嫌がっているが、探偵王子の再来と謳われた雨宮への評価は実に正しいと思う。
     他人に阿る事なく自分の意思を貫き通す姿は、ヒーローその物だった。

    「毎回変な落ち込み方するけどさ。君、不用意に資料を盗み見るのやめたら?」

     呆れを含んだ明智の苦言を突っぱねるように、背中に回った腕の力が強まる。
     いつも通り、そんな雨宮の行動が気に入らない。甘えるなら他人にしろと叫び出したかった。

    「痛いよ。離れてくれない?」

     明智以外の他人ならば、快く弱々しい雨宮を支えてやっただろう。
     努力している点は変わらないが、完璧を装う明智と違って、間抜けた所を見せる癖に涼しい顔で高い評価を叩き出しやがるのだ。そこから一転して、ときたま小動物のように擦り寄る様を見て、彼の魅力に陥される人間を何人も見た。

     そんな一般的な人間達と違って明智の場合は、雨宮に弱みを見せられる度に苛々させられる。
     その他大勢と同じく一番最初は歓喜した。あの太々しい猫のような男が、簡単に有象無象の人間らしさを見せる事に、優越感すら抱いた程だ。しかも明智に見せる弱い姿は周りに見せる物と少し違うとくれば、多少なりとも揶揄うネタにもなると笑った。
     だが、彼が態と晒す理由は、おそらく分かりやすい隙を見せたかったのだろう。
     ぽろりと小さな弱み溢す明智を見て、普段の生意気な口を叩かず嬉しそうに受け入れる雨宮は、優しげに微笑んだ。

     まるで側に居る許可を出されたと喜ぶ雨宮の態度は、他人に踏み込まれるのを嫌う明智にとっては堪え難い物でしかない。
     苛ついた明智が徹底的に疲労も悩みも隠せば、僅かながらに傷付いたような表情を見せる雨宮の様は痛快だったが、同時に己は他人に嫌がらせをしたがる腐った性根の持ち主なのだと、改めて認識せざるを得なかった。

     一度だけ雨宮に「他人に苦痛を与えるよりも自分を大切にしろ」と言われた時は、外面が剥がれそうになったが堪え、心にも思っていない感謝を明智が告げれば、彼は唇を噛んで俯き落ち込んだ。
     そんな風に有象無象の連中と同じく、手懐けられるだなんて明智の自尊心が許さないのだと解らせてやったのに、懲りずに寄り掛かってくるのが鬱陶しい。

    「離れろって言っただろう」

     胡散臭い笑顔を貼り付けた明智が、容赦なくモジャモジャな黒髪を引っ掴んで引き剥がそうとする。
     ぶちりと数本髪が抜けたのにも拘らず、びくともしない雨宮に舌打ちを溢しそうになるが、我慢した。頬の筋肉が攣っても笑顔を絶やさない。無理矢理、俯いた顔を持ち上げて愛想笑いを見せつけてやった。

    「いい加減、放してよ」

    「⋯⋯、必ず見つける」

     何をだ。主語が無くて意味不明だよ。
     とりあえず、ぐずぐずと鼻を鳴らす雨宮は一応明智から離れた。彼の右手が、シャツの裾を未練がましく握り続けているが、先程よりはマシな状況に落ち着いたので良しとする。

    「お前が傷害罪を犯したとは思えない」

    「⋯⋯ああ、まあ。判決が覆るなんて稀だよ、君が気にする事じゃない」

     探すまでもない。相手について探偵である雨宮以上に理解している。
     だから労力の無駄だと言いたいが、明智の目の前にいる探偵は考えを変える気はないようだ。

    「⋯⋯⋯⋯⋯」

    「好きにすれば良いよ。どうでもいい」

     見つかるかどうかなんて、心底どうでもいい。
     知っている明智としては待つ気もないが、許可は出しておく。

    「ああ。勝手に探す」

     強く頷く眼鏡の後輩に呆れながら、復讐の為に姿を眩ませる算段を付けようとしていた明智へ、信じられない単語が浴びせられる。

    「明智、学校に行こう」

    「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?」

     ぽかんと大口を開けてしまった。
     退学させられた明智に向かって雨宮が口にしたのが、学校。
     混乱する先輩の様子を気にせず、淡々とモジャモジャ頭が言葉を続ける。

    「秀尽学園の生徒会長と知り合いなんだ。正確には彼女の姉と仕事仲間だからなんだが」

     他校に入り直せと言われた明智は、思わず胡乱げな視線を眼鏡野郎へと向けた。
     学校関係者ではあるが、子供ができる事など高が知れている。生徒会長と知り合いだからと言ってどうなるというのか。

    「あー、バレーが凄いんだっけ? まさか入れって?」

    「駄目だ。絶対に駄目だ」

     朧げな知識を出して明智が冗談を口にすれば、間髪入れずに否定が入る。
     というか、語気どころかレンズ越しにみえる黒玉髄の双眸も鋭い。

    「むしろ関わるなら潰す気で行け」

    「え?」

     適切な表現だと思えない酷すぎるアドバイスに、明智は戸惑いを隠せなかった。
     暗にヤバい高校だと言っているのではと、疑念を抱いたので聞いてみれば、雨宮の口からは一部の教師は個性的で面白いというズレた回答がなされる。

    「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

     じっと明智の顔面を見つめた雨宮は、徐に眼鏡を外した。
     テレビ番組では惜しみなく晒されている素顔が出てきたかと思えば、明智の目の前に黒縁眼鏡が差し出される。

    「明智、眼鏡を付けよう。はい」

     はい、ではないが。
     急に差し出されても困るし、何故その結論に至ったのか理解できない。
     雨宮が真面目くさった表情を浮かべたまま、ぐいぐいと押し付けてくるので、明智は両手で壁を作って押し返す。
     そもそも、あのハゲと同じようにレンズなんぞ掛けたくない。

    「待って、なんで眼鏡を渡されなきゃいけないのさ」

    「お前の顔は目立つ。だから逆に個性を主張しない物を付けた方がいい」

    「だからって君のを押し付ける必要性はないよね?」

     おい、止めろ。耳に掛けようとしてくるな。
     そんな内心の苛立ちを隠している以上、明智が押し負けるのは当然だった。
     眼鏡如きで印象が変わるなどフィクションだけだろうと鼻で笑いたかったが、その実例が目の前の雨宮蓮である。
     普遍的なウェリントン型の眼鏡が、美少年の目元を覆う。

    「ん」

     パシャリとカメラ特有の音を聞きながら肖像権、などと思うが、直ぐに明智の眼前へと銀色のスマホが差し出された。
     液晶の画面に映っているのは、黒縁の眼鏡が目元を覆い隠しているが、顎のラインや肌の色から整った容姿であろう事が伺える少年。少しパサついた長めの髪を垂らしているからこそ、暗い印象を与えていた。

    「⋯⋯確かに、騒がれなくなっただろうけどさ」

     これ、イジメられるタイプの根暗な少年では、という感想を抱いて微妙な顔をする明智を気にせずに、雨宮が満足げに頷く。

    「よしっ」

    「僕はよくないけどね?」

     目を丸くして「何で」と書かれた顔を、ぶん殴ってやりたい衝動に駆られたが、雨宮から見えない位置にある左手を握り締めて堪える。
     後輩探偵の所業に、明智は溜め息を吐いて頭を振った。

    「仕方ないからもらってはおくけれどね。いきなり他人がつけてた眼鏡を渡されても素直に受け取る人は居ないと思うよ」

    「それもそうか」

     たまにこうなのだ。探偵の癖に言われなくては理解できない男に頭痛さえ感じる。
     疲れた顔の明智を眺めて笑う雨宮から今すぐ距離を取りたい。

    「向き合う事を諦めるな。対話ができる人間が増えれば、きっと上手くいく」

     意味不明だし、現時点でお前と対話する方が疲れるし嫌だと明智はキレそうになるが、なんとか飲み込む。
     このマイペースに文句が届いた事なんて無い。
     自信満々な黒猫に、奢るからお茶に行こうなどと誘われて、感情を隠しながらも投げやりな気分でそれを了承する。

     連れられた喫茶店は、ガレットが有名らしく種類が豊富だった。
     探偵助手をやらされた際に食事を報酬に出された事もあるが、雨宮と共に食事をするのは初めてで知らなかったのだ。所狭しと置かれた皿を眺めながら明智は顔を引き攣らせて、大食漢らしい後輩を見つめる。
     食べたい物があったら食べていいという言葉に甘えざるを得なかった。時間があれば暇だと言われて雑談をしろと振られるのが目に見えていたので、明智は入る分だけ食べて雨宮の話を聞く。

     その後もブレザーを脱いでマスクを装着した雨宮に、ゲームセンターやらに連れ回されて、時間を潰し終わってから明智はツッコミを入れた。

    「いや、君。結局サボってるじゃないか」

    「正義の探偵より悪党の怪盗の方が向いてるから大丈夫」

    「なにその理論⋯⋯」

     自由に行動する彼は本当に掴みどころがない。
     本人の自認通り、いい子ちゃんでは無いのは確かだ。楽しそうに微笑む雨宮を見送り、明智は数時間振りに空を見上げる。
     雲は晴れていたが、薄暮の時間帯故に暗かった。

    「チッ⋯⋯」

     あの裁判が終わってから初めて楽しかった気がするなと思ってから、明智は雨宮に流された自分に舌打ちをする。
     まるで太陽に目を焼かれてしまった気分で、気に入らないのに貰った眼鏡を捨てられなかった。
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