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    chiri_mizuki

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    chiri_mizuki

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    ねずみ男が水木の墓参りをする話。
    Kindle版発売おめでとう!な公式小説と設定が矛盾しているので供養しておきます。テスト投稿も兼ねて。そのうち開き直って書き直すかも。

    墓参り じりじりと太陽が照りつける真夏の空は、うんざりするほど青く澄み渡っていた。真っ白な入道雲の塊が鬱陶しい存在感で空一面に広がっている。
     今年は記録的な猛暑であるという報道を、毎年のように聞いている気がする。山間部であるから多少涼を取れるのではという期待も抱いていたが、ちょうど木陰がそっぽを向く時間帯だったので都会とさほど変わらぬ蒸し暑さだった。
    「線香を上げる前におれの方がくたばっちまうよ……」
     お盆の時期になると墓前に供えられた食い物の数が急激に多くなる。おれのような明日をも知れぬ身の者からすれば大層ありがたかったが、今日はそれが目的ではなかった。自分でも意外なことだが、もう何年も前に大往生した友人の墓参りの為、遠路はるばる山道を登って来たのだった。
     没してから何年経ったかは覚えていないが、かれこれ七十年は昔からの付き合いであった。何度も酒を飲み交わしたりラーメンを食いに行ったりしたものだが、おれはあいつの生まれた日も、没した日も知ることはなかった。墓石に刻まれた没年を確認することもできたが、おれはあいつの家族でも親類でもないし、おれのようなはずれ者と親しくしていたと誰かに知れれば生前の恥となるだけだろう。友人の名誉を守ってやる為、お盆の終わりがけを選んでひっそりと手を合わせに来ているという訳だ。
     線香の調達はこの時期なら滅多に困ることはない。どこぞのおっちょこちょいが置き忘れてった物を有効活用している。供物については、いつもなけなしの金を何とか捻出して買って来てやっていた。
     ……あいつは盗んだものにゃ手を付けねえだろうからな。
     独自の正義感を持った男だった。
     墓石を押しのけ泥土を掘り返して生まれ出たばけものの子を拾い、実の息子のように可愛がり育てた人間。ただの人間がばけものの子を育てるのはやはり一筋縄ではないと見えて相当の苦労と行き違いがあったようだが、彼奴が注いだ愛情は実を結び、やがて人間に恋をする最上級のばけものに成長した。
     恋は盲目とは言ったもので、そのばけもの――鬼太郎は、愛しの養父の正義感に肖り、本来一笑に付すべき人間の肩なぞ持っている。弱くて卑怯ですぐ裏切る人間のことなんて、本当は好きじゃないくせに。頭の片隅には常に、見捨ててしまおうかという選択肢がチラついているくせに。愛しい人と同じ生きものであるというだけで、健気に義理を果たそうとしてやがる。妖怪からも人間からも手痛いしっぺ返しを食らわされては、泣きべそをかきながらまた立ち上がろうとするのだ。
     妖怪という観点では生まれ持ってのエリートだというのに、これじゃ半妖怪のおれと変わりゃしねえ。妖怪と人間のあいだでふらふらとご機嫌を伺っては、殴られて地面に突っ伏し泥を食って生きているおれと同じだ。
     しかしおれは鬼太郎をせせら笑うことができない。おれもまた、きっとあの男に誑かされてしまっているからだ。並び立つ者がない程の力を持つ鬼太郎を羨みやっかむことはあれど、憐んでやる筋合いなどないはずだが、ぼろぼろになったあいつを捨て置けないのはあの男の忘れ形見でもあるからだった。
     だから、あいつの墓前で言うことはいつも決まっていた。
     とんだ置き土産をしてくれたものだな――と。

    「……ん?あそこは、確か……」
     水木の墓がある番地はちょうどこの辺りだ。もう盆も終戦記念日も過ぎているはずだが、先客の影があった。
    「…………え、あっ、ねずみ男……?」
     おれが認知するより先に、向こうから声を掛けてきた。何年経っても変わり映えのしない、中性的な少年の声だった。
    「き、鬼太郎!?なんでお前がここにいんだよ?」
    「お前こそ、何の用があって……、っ」
     墓荒らしを見咎めるような声音になったと思いきや、俺の手元を認めた途端口を噤んだ。墓前に供えるつもりで摘んできた、百合の花と林檎だった。
    「と、父さん……これって、まさか」
    「そうさなあ。ねずみ男、お前にも故人を偲ぶ心があったんじゃのう……」
     目ん玉が落っこちそうなくらい信じられない目でおれを凝視する鬼太郎と、したり顔で失礼なことを言い放つ目玉の親父。親子揃ってなんだってんだよ。
    「あーあァ、まさかこんな所でお前らに出会しちまうとはなあ。くわばら、くわばら……」
     おどけて手を合わせながら水木の墓を見やると、既に鬼太郎達の手で線香が上げられた後のようだった。身に覚えのない非難を浴びる前にさっさと挨拶を済ませるべく、手に持っていた供物を墓前に置いた。
    「…………と、父さん……。」
     鬼太郎は言葉を失っているようだ。そういや言ってなかったな。お前のお養父さんからは先生、と呼び慕われていたんだぜってこと。
    「水木サン、お前の恩人って奴だろ?おれも生前、色々と世話になったんだよ。あいつの人の良さはお前が一番よーく知ってんだろ?」
    「あ、あいつ……?き、聞いてない。そんな話、あの人、一度だって……」
    「そうじゃねずみ男、お前も人が悪い。わしらが水木の世話になってた頃は近寄ろうともせんかったじゃないか」
    「あん時ゃ人間には心底うんざりしてたからな。まさかあいつが生きてるとは思わなかったしよ……」
    「まあおかげでわしらは助かったよ。何せ物価が倍に値上がって食い扶持が……ん?鬼太郎?」
     ふらふらと酩酊したようになった鬼太郎は、不意におれの自慢の髭を掴んでビンと引っ張った。
    「いててててて、いきなりなにすんだよ鬼太郎!?」
    「……………………」
     地獄流しフェイスでねっとりと睨み付けるのはやめろ。
     鬼太郎のこんな大人げのない顔を見るのは久しぶりだ。出会った頃はいつも、目が合えば顰めっ面でお互いを軽蔑し合っていたっけな。今もさして変わりはしないが。
    「まあまあ、そんなおっかない顔をするな鬼太郎。水木が腹が減るぞと言って笑っておるよ」
    「…………はい。父さん。今日だけは、けんかは無しだという約束でしたね」
     口では物分かりのいいことを言いつつ、相変わらず恨めしげに俺の服を引っ張っている。だからやめろ、一張羅が真っ二つに引き裂かれちまうだろ。
     まったく、よお……愛されてやがんな、兄さん。
     静かに手を合わせて拝むと、いつぞやかに水木と肩を並べて食ったチャーシューメンの匂いが鼻を掠めた気がした。今度来る時は山盛りのチャーシューを積み上げてやろうか。勿論、支払いはあんたの倅持ちでな。

    「おいこら、鬼太郎、いつまで引っ張ってやがんだよ。おれを帰らせないつもりかよ?」
    「……もう、いいのか?」
     頬を膨らませながらも、一応おれの友人への墓参りを尊重する殊勝さはあったらしい。
    「ああ、大して報告することもねえしよ。それよりおれァここ三日間何も食ってねえんだ。ラーメンでも食いに行かねえか?」
    「それは構わんが、金はあるのかね?」
    「げげっ、お前まで食う気なのかよ。……まあ、今日は特別な日だ。このねずみ男様の貸しにしといてやるかね。」
     本当は水木に挨拶した後、一人で食うつもりだった。山盛りチャーシューメンをたらふく。
     しかし今日はあんたの倅の悔しそうな顔が見られたから、見物料として奢ってやってもいいだろう。
    「ああもう、いつまで引っ張ってんだよ鬼太郎。ほら、置いてくぞ。」
    「…………あっ……!そういうこと、だったのか……」
    上目遣いにおれを睨み続けていた鬼太郎は、弾けるように顔を上げた。合点がいったという顔だが、残念ながら陰は纏ったままである。
    「おと、っ……水木が、うちに帰って来た時、いやに煙草臭いことがあって。家計が苦しいから禁煙するんだとか言ってたのに、なんだってそんなやけくそみたいに吸ってるのかと思ったら…………。」
    「は、はあ……っ?」
     おれの服から離れかけていた手が、さっきよりも強い力で握り直された。鬼太郎の表情は俯いて下りた前髪で隠れてしまっているが、見なくたって分かる。
    「ねずみ男、お前だったんだな……」
     地を這うような声。おれはあいつの浮気相手かなんかかい?
    「ふむ……ねずみ男の体臭は、ちょっとやそっとじゃ消えんからのう」
     言われてみれば、あいつはいつも二箱目に差し掛かる本数は吸っていた記憶がある。一本くらいおれにくれたってバチは当たりませんよと何本かたかってたっけな。
    「水木のこと、たっぷり聞かせてもらうからな。どうやらラーメン一杯じゃとても足りそうにない」
    「あぁ!?なんでそーなるんだよ!おい、親父も何とか言ってくれよ!」
    「わしもあやつの昔話が聞きたいのう……」
     駄目だ、あまりにも形勢が不利すぎる。
    「堪忍してくれよ、兄さァん……」
     両手を組んで祈りを捧げるように雲の上を見上げると、あいつのちょっと意地の悪い笑い声が聞こえたような気がした。
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