疾風と成りて2(冒頭部)ヒビ割れた道路、植物が巻き付き窓ガラスの無い建物。
人の気配のない街を、私は花束を持って1人で歩いていた。
誰かに愛を捧げるためでも、感謝の気持ちを伝えるためでもない花束は、花本来の華やかさを控え目にした構成で作られていた。
「全部燃えてしまいましたか」
目の前には、大きな建物が燃えた跡地が広がっていた。
私はその跡地の中心まで、歩みを進める。
パキパキと歩みを進めるごとに、燃えきれなかった残骸やガラスが、踏まれて音を鳴らしていた。
風に混ざって匂う焦げた匂いが、ここであった惨劇からまだ時間が経っていないことを伝える。
中心まで辿り着くと、私は花束をその場に置き、目を閉じ手を合わせた。
仲間や大切な人が、死んだわけではない。
ここで死んだのは全員知らない人で、殺したのは"私たち"だ。
自己満足の追悼を終えると、私は踵を返す。
「なぜ来たのですか」
私は視線を感じる方向を見ずに、言葉だけで覗いてる相手に圧をかける。
「あはは、流石ハヤちゃん!」
建物の影からぴょんと出てきたクジャクは、バレちゃったか〜!とわざとらしく笑っていた。
「魔物も出現するエリアですから、常に警戒しているのは当たり前です」
「だから心配してついてきたんだよ?確かにハヤちゃんは強いけど、何があるか分からないでしょ!」
クジャクの思いがけない正論に、私は反論する手札がなかった。
この場合、非があるのは私だ。
「短時間ですし、私の『ギフト』ならなんとかなると思っていました」
反論の術がない私は、正直に今回の単独行動の根拠を説明する。
クジャクは、その理由も概ね予想通りだったのか、うんうんと頷きながら話を聞いていた。
「確かにそうだけど『ギフト』は、使わないで欲しいって言ってるじゃん!私という天才が居るんだから、もっと頼ってよね!」
ふふーん、とドヤ顔で言うクジャクに、思わず軽い溜息をついてしまう。
クジャクは、そのまま建物の跡地を見ると、先程のふざけた感じではなく、どこか真剣な表情になっていた。
「それにしても、ここ全部燃やしたんだね」
「……薄々分かってはいました。燃やすのが1番手っ取り早い事後処理ですから」
私たちは、ここで任務として数十人のCAGEに敵意を示す団体のメンバーを殺害した。
死体の処理やCAGEの情報が書かれたものがある可能性を考慮して、団体が使っていたこの建物は燃やされたようだ。
今でも目を閉じれば、あの日の光景はすぐに蘇る。
いや、今までの任務の事は全て鮮明に思い出せる。
私は、そんな過去の光景を消し去るように、思考を無理矢理断ち切った。
「……まぁいいや、長居するわけにも行かないし帰ろっか!歩きで来たから、早めに帰らないとだしね〜!」
クジャクは跡地から視線を外すと、ニコッと笑って歩き出す。
クジャクは、任務が終わっても普段と様子が変わることはなかった。
しかし、あの真剣な表情を見れば彼女なりに、考えることがあるのだろう。
CAGEに戻ってくると、広間には人が集まっていた。
その集団の真ん中では、ウグイスさんが映し出された映像を使って何か話している。
「迎撃部隊の説明のようですね」
この光景は何度か目にしたことがある。
迎撃部隊は私たち監査班とは違い、作戦には複数のペアが投入されることがほとんどだ。
そのため、作戦の説明も広間のような場所で行われることが多い。
「1、2、3、4……結構大規模な作戦なのかな〜?」
クジャクは、説明を聞いているペアを数えていた。
私も、クジャクが数えるのに合わせてメンバーを見ていると、1人のトリに目が留まる。
「あの人……」
クジャクのように派手な格好と、私と同じくらいの体格にも関わらず、体に合っていない大きなハンマーを携えた女性は、眠そうに欠伸をして、まるでウグイスさんの話を聞いていなかった。
「知ってる人?」
「いえ、話したことはないのですが」
そんな彼女の隣では、ペアを組んでいると思われるトリが、視線をウグイスさんと彼女の間で行ったり来たりとさせていた。
「この前見かけた時は、別の人とペア組んでいました」
CAGEでペアが変わるとき、理由は大体2つ。
ペアの相性が悪かったか、ペア相手が亡くなったか。
そんなことを考えていると、視線を気取られたのか女性は私たちの方に視線を向ける。
そしてハンマーの持ち手を掴むと、こちらに向かって歩き出してきた。
「……うっわ。ハヤちゃん、あの人やる気満々みたい」
「貴方でなくても分かりますよ」
女性は、徐々に歩む速さを速めていき、今は完全に走っていた。
異変に気付いた迎撃部隊の面々やウグイスさんが、止めようとしていたが、聞く耳を持っていないようだ。
「私ですか」
「多分そうじゃないかな〜」
女性は一気に脚に力を入れ踏み込むと、跳躍した。
そうしてハンマーにその勢いを乗せて、私に向かって振り下ろす。
私は刀を鞘から抜かずに、取り出すと両手で刀を持ち、その攻撃を真正面から受け止めた。
爆発のような大きな衝撃音が、広間全体に響き渡る。
――重っ……!!
想像よりも重い一撃に勢いを抑えきれず、私は後ろに押されていく。
跳躍からのエネルギーが少なくなり、力が拮抗するようになると、私は刀を傾ける。
急な力の変化で受け流されたハンマーは、床にヒビを入れた。
「はは!いいね!」
女性は楽しそうな笑みを浮かべ、ハンマーを構え直そうとするが、頭部に向けられて銃口が、それを許さなかった。
「そこまで〜!君がハンマー構え直すよりも、私が引き金を引くほうが先だから、大人しくしようね」
「えー?ここからが楽しいところじゃん。なら、アンタが遊んでくれるの?」
クジャクはニコニコと笑っており、女性も笑みを浮かべたままクジャクを見ていた。
「ハチドリさん、突然何をしているんですか!また牢屋に入れられたいんですか?」
後ろから走ってきたウグイスさんは、怒りを隠しきれてない様子だった。
「……スミマセン、ハンセイシマース」
ハチドリと呼ばれた女性は、うんざりしたようにハンマーを持ち上げると、心のこもってない謝罪をしていた。
「ハヤブサさん、クジャクさん。申し訳ありません、ハチドリさんはかなり自由な方なので……。お怪我などはないですか?」
「私もクジャクも怪我はありません。こちらの方こそ、会議のお邪魔してしまったようで、申し訳ありませんでした」
「いえ、お二人はここを通っただけですので。それでは、私とハチドリさんは戻りますね!」
ウグイスさんに促されると、不満そうにハチドリさんは迎撃部隊が集まっている場所に戻っていった。
「台風のような方ですね」
「ねー、あの感じだと前のペアとは、性格の問題で解消されたのかな」
迎撃部隊の集団に戻っていくハチドリさんを見ていると、集団の中のあるペアが目に入る。
不安が隠しきれていない表情や落ち着かない様子を見ると、初任務かまだ活動し始めて浅いことが予想ができた。
「……恐ろしい世界ですね」
「大丈夫大丈夫!ハヤちゃんには、私がいるからね〜!」
「貴方がずっと隣にいる世界も、私からすれば恐ろしいですよ」
「なんで!?」
そんなやり取りをしながら、私たちは広間を後にした。
「失礼します。ハヤブサとクジャク、到着しました」
「おっ!集合時間5分前とは流石だねぇ!クジャクだけなら、いつ来てくれるか分からなかったよ!」
「カッコちゃんひどいよ!私だって、その気になれば10分前でも20分前でも来られるんだから!」
私たちは、カッコウさんに呼ばれてラボに来ていた。
武器の点検は、任務のあとにしてもらったので、今回はまた別の要件で呼ばれたのだろう。
「さて、今回は君たちに模擬戦をお願いしたいんだよね!」
「模擬戦……。私とクジャクが、ということですか?」
「そうじゃないよ。聞いたことあるかもだけど、今度1人のトリが監査班に配属されることになったんだ。その子の訓練みたいなものかな!」
カッコウさんの話で、私は先日庭園でクジャクが話していたことを、思い出した。
「私とハヤちゃんのどっちかが相手をするってことでいいんだよね!流石に2人一緒だと相手にならないし!」
クジャクは、自信満々に言うが今回ばかりは私も同意見だ。
流石にどんな『ギフト』を持っていたとしても、人数差を覆すのは難しいだろう。
「そうだね!今回はクジャクにお願いしたいんだ!ほら、君たちの任務は銃火器を持つ相手と戦うことが多いだろ?なるべく実戦に近づけたいんだ!」
どうやら白羽の矢が立ったのは、クジャクの方だった。
理由も納得できる内容だった。
今のご時世に、一般人や武装集団が剣や刀で待ち構えてることなど、ほとんど無い。
「はーい!ハヤちゃん!私の活躍ちゃんと見ててよ!」
指名されたクジャクは、やる気満々といった様子で私に話しかける。
「見てますけど……少しは手加減してあげてくださいよ」
私はやる気満々の様子を見て、少しだけ心配をしていた。
クジャクに対してではなく、その新しいトリに対して。
天才は人知れず、他人を突き落とすものだから。
「そろそろ、来ると思うけど……」
カッコウさんが、時計を確認すると同時にラボの扉が開いた。
スラリとした体に、黒いコート。
長く綺麗な茶色の髪を揺らしながら、彼女は歩みを進める。
「やぁ、タカ!この子たちが、ハヤブサとクジャクだよ!君と同じ監査班の子たちだ」
タカと呼ばれた彼女は、鋭い目で私とクジャクを見つめる。
「タカだ。よろしく頼む」
「ハヤブサです。よろしくお願いします」
「クジャクだよ!よろしくね、タカちゃん!」
「タカ、ちゃん……?」
一通り自己紹介を終えると、タカとクジャクは訓練場の方へと向かい、私はカッコウさんと合流したミヤマさんの隣で模擬戦を見ることになった。
「すまないな、ハヤブサ。私たちは戦闘的な面ではからっきしだ。同じ近接武器を使う君の意見は、非常に参考になる。今回はここで見ていてくれ」
「勿論です。私の意見がお役に立てるのなら」
体育館のように何もないステージで、クジャクは私に笑顔で手を振っていた。
ビーッという機械音と共に、模擬戦は開始される。