寄木細工の秘密箱「今日までお世話になりました」
あんなに小さかった鬼太郎が、今日家を出る。
見た目はまだまだ子供だが人ではない鬼太郎がこれ以上同じ姿で留まるのはご近所さんにもそろそろ言い訳がつかなくなる。
何度も何度も話し合い、何度も何度も止めはしたがやはりどうする事も出来ずに、今日遂に我が子は家を離れ別の場所へ行く。
行く宛や金銭はと聞けば妖怪の森でもう家を揃えているらしい。
人間とは違う妖怪横丁ならば金銭はさ程無くても困らないらしい。
流石我が子だ、しっかりしている。
それでもやはり、ずっと一緒に暮らしていた子が巣立つのは寂しさがある。
しかし親として『また、いつでも遊びに来い』と明るく送ってやらなければ。
「そうだ。これ…」
「箱…?」
「……ある人から渡してくれと…寄木細工のからくり箱です」
「からくり箱…聞いた事はある。決まった手順でしか開かない箱か…誰から?」
「開けれればわかると…」
鬼太郎が分かり、俺が分からないとなると妖怪関係だろうか。
ポツリと渡された両手に収まるサイズの木箱。
そこから俺の木箱との戦いが始まった。
所詮は箱、あちこち動かしていたら開くものだろうと動かしていたが思っていた以上に難題だった。
知恵の輪に得意な方なのだが、それとは勝手が違うのか上手く解き進めることが出来ない。
合っていはずだがと動かすのに中々動く事が無いからくり箱。
製作元を調べようにも何故か同じからくり箱は見つからず、似た箱はあれど組み方が全く違うので参考にもならなかった。
そんな格闘をまさか30年もし続けるとは、自分でも思わなかった。
何度か諦めようとはしたが何故か諦めきれなかった。
毎日毎日少しづつ少しづつ、あーでもないこーでもないとからくり箱をいじり回す。
この歳になった今では良いボケ防止になっていると、ポジティブに暇を見つけては箱を動かす。
30年毎日動かして、全然解けなかった謎が動き出すのは突然だった。
何の変哲もない。
いつもの如く、クルクルカタカタ動かしていたらそれは突然起こったのだ。
趣味で始めた喫茶店の閉店時間。
掃除も済ませカウンターへ座り、日課のようにからくり箱を動かしていた時だった。
何かのピースが揃って動いたかのように、突然スルスルとからくり箱を動かせていく。
かつて同じ手順で開かなかった気がするが?となる疑問を頭の片隅に追いやって、何かに操られてるかのように無意識に動く手のを見つめ、それは『カチッ』と蓋が開いた。
何かを閉まって隠しておくのが寄木細工の秘密箱。
つまりはこの中には何かが入っていと言うこと。
初めて渡されてから既に30年。
悪くなってる物では無いとは思うが、中でどうなっているのかの心配はある。
30年、待ちに待ったこの時に緊張しながらからくり箱を開けていく。
中にあるのは桜の花びらが一枚。
入れられて、30年経っているにも関わらずついさっき開けて入れたかの様な綺麗な色と形。
他に何も無し。
これだけ苦労して出てきたのがコレだけかと憤怒する気持ちも湧かず、寧ろ腑に落ちた様なこの気持ち。
あぁ…全く…遅すぎるだろう…
30年もかかっちまったじゃねぇか…
カラン…
「もし…?今日はもう終わってしまっておるか…?」
「……いらっしゃいませ。ご注文は何にしましょか」
しまわれた秘密箱はやっと開ける事が出来たぞ。