【向日葵を贈ろう】『お前は向日葵みたいだな』
花の様と言われたのは初めてであった。
向日葵は夏に咲く背の高い黄色い花。
背が高いから、似ていると言われたのだろうか。
それにしては水木にはからかいの感情は無さそうだ。
『目は口ほどに物を言う』と言う。
いつもワシら親子を愛おしそうに見つめるその目でワシに言う。
姿形が向日葵に似ているのかと言う訳ではなさそうで、水木と言う男は理由を聞いてもはぐらかす男だ。
それ程気恥しい事を言われたのだろうか。
「それはもうそう言う意味であろう。水木殿はロマンチストであるなぁ」
「どうゆう事じゃ…?」
「そうさな…オノコな親父殿には『花言葉』は分からんか」
「聞いた事はある。花には様々な言葉が添えられていると…しかし生憎ワシは向日葵を知らんのじゃ」
「向日葵は『情熱』『憧れ』『あなただけを見つめてる』」
ワシの胸にストンと落ちるものがある。
向日葵は陽に向いて咲いている花と聞く。
ひたすらに陽を見つめる姿はまさしく『あなただけを見つめてる』
きっと水木からは妻を探し、ひたすらに旅をする姿が向日葵の様だと言うのだろう。
『あなただけを見つめてる』
これは最早、水木の事でしかないだろう。
ワシらを、ワシを見つめるあの眼差しを想うと水木の方こそふさわしい。
「砂かけよ、向日葵は何処で得れる?」
「うむうむ、今は○川の傍によう生えておったぞ」
聞くやいなや、ワシはその○川へと駈ける。
『向日葵の様だ』と言った男へ向日葵を贈ろう。
一等大きく、力強く逞しい大輪の向日葵を贈ろう。
『あなただけを見つめてる』
ワシはまだまだ妻を忘れられぬ。
それでも今、ワシが見つめる先は何処なのか。
この向日葵達を渡す時、お主はどんな顔をするだろうか。
早く早く、お主に会いたい。
『お前は向日葵みたいだな』
何気なく、ポロリと出てしまった言葉に自分で驚いてしまった。
本当に無意識というのは突然起きるものなのだな。
言葉に嘘偽りは無いがこんな俺から出た言葉にゲゲ郎は『分からん』と言った顔で首を傾げていた。
分からなくていい。
何故と聞かれても軽く流すだけだ。
そんな帰り道、いつもは気にならない花屋の前で足を止めてしまった。
もう直ぐ夏も終わるであろう最後の向日葵。
野生で咲く向日葵とは違って温室で育てられた大きすぎない控えめなサイズ。
俺的には向日葵は背丈程の大きい物が好みではあるが、仕方ない。
「すみません、向日葵をお願いします」
「かしこまりました。本数は幾つにいたしましょう」
「本数…」
衝動的に花屋に入ってしまったし、何本も買っても仕方ないだろう。
「贈り物ですか?」
「えぇ…まぁ」
「本数によって、また意味合いが変わってきます」
花言葉は多少知ってはいたが本数でも変わるものなのか。
「すみません…そういった物は疎くて…」
「こちら、花の種類と本数の花言葉の冊子です」
恭しく冊子まで借りてしまった。
これはもう一本だけで良いなんて言える雰囲気ではない。
適当に目を通して適当な数を指定しよう。
「これは…」
自宅へ帰ると玄関へパタパタと駆ける音がする。
「ただい…ま…」
「お、かえり…」
向日葵の花束を抱えた俺と丸裸な数本の向日葵を抱えたゲゲ郎が玄関で鉢合わせる。
お互いがお互い手に持つ向日葵と顔を見合わせて、まさか同じタイミングで同じ花を贈ろうとしていたのに驚いた。
こちらは花屋で買い揃えた向日葵、あちらその辺で生えていたのだろうやけに背の高い向日葵。
それを抱えて出迎えたと言う事はその向日葵は俺への花だろう。
花を買う前に悩んでいた事が嘘みたいに、俺の胸にストンと落ちてくるものがある。
「その向日葵はやけに綺麗に包まれておるが…誰ぞに渡すのか…?」
出迎え時とは裏腹に、不安げに俺の花束へ目線を送る。
普段買わないこんな花束を抱えて帰ったものなら、そう思ってしまうだろう。
「……これはお前に買ってきた向日葵だ」
「……ワシに…?」
「この間、話してたら…なんとなく買いたくなってな」
「……ワシも…しかしワシのはその辺のを引っこ抜いた、歪な向日葵になってしもうたが…お主の持つ綺麗な向日葵に比べたら…」
おずおずと普段は見せない気弱そうな表情で背に向日葵を隠す。
その姿がいじらしく、愛らしい。
「俺へだろ?そのままでいい。そのままの向日葵をくれ」
「いいのじゃろうか…」
「いいんだ。そのままがいい」
隠した時と同じくおずおずと俺好みの背丈が高い向日葵を受け取る。
温室で育った物と違って葉は伸び放題自由な向日葵。
そして俺もと、渡そうとして手が止まる。
「……?…やはりワシへではなかったか…?」
「あぁ違う…ちょっと予定が変わってな」
花束から数本向日葵を抜き出して、残った方をゲゲ郎へ。
「何故抜いたのじゃ…?」
「ちょっと意味があってな。こっちを貰ってくれ」
「貰えるのならば嬉しいんじゃが…」
また『分からん』な顔をするゲゲ郎に笑いが止められない。
「因みにゲゲ郎は向日葵を何本取ってきてくれたんだ?」
「ワシのか?大きく咲いて目につく綺麗な向日葵をと思って取りすぎてしもうてな…そこまで数を考えていなかったんじゃが…」
「ひぃ…ふぅ……十一本…」
「中途半端じゃったなぁ」
「……いや…いや、ありがとうな…」
「そ、それでな…砂かけから向日葵の花言葉について聞いたのじゃ」
まさかそこまで調べてくれるとは思わなかった。
知られてしまっていて気恥しい。
「お主はワシを『向日葵の様だ』と言っておったじゃろ?ワシはお主こそ向日葵の様だと思ってな…そう思ってしまったらどうしても渡したくなってしまって」
「俺もだ…最初は正直無意識での発言だったが、言葉にした後は気になって仕方なかった。普段は寄らない花屋なんかに足まで運んじまった」
お互いまた同じ事を考えていた事に顔を付き合わせて笑いが出る。
「俺はお前が好きだ…お前がまだまだ嫁さんを想っているだろうけども、お前だけ見つめていたい」
「……ワシもお主が好きじゃよ…ワシの奥底に妻はずっと居るであろうが…今はお主だけを見つめ続けたい」
顔を向き合わせて、やっと言いたい事が言えた。
お互い交換した向日葵の束を抱きしめて。
胸に広がる喜びを噛み締めて。
そういえばここはまだ玄関で俺は靴すら脱いでいなかった事を思い出す。
なんてムードもなんもない告白だろうか。
まぁ、俺達はこんなんでいい。
俺らの背中を押してくれた向日葵達の花瓶を明日は二人で買いに行こう。
「そういえば何故花束から抜いたのじゃ?」
「あぁ、向日葵の花束は花だけではなく本数にも意味があるらしくてな」
「なんと、そこにも意味が!」
「それで…その数と意味ってのがな…」
最初の水木の向日葵
七本:ひそかな愛
↓
三本:愛の告白
ゲゲ郎の向日葵
十一本:最愛