災い転じてなんとやらプツ、プツ、と何かが途切れる音がしているのは分かっていた。でもまだ大丈夫だろうなんて甘いことを考えていた結果がこれかもしれない。
フェニックスワンダーランドならともかくとしてこの学校の機材は少々古いし点検もそう頻繁にはされていない。使える時に使えることを確かめたら後はそのままだろう。リハーサルの時に問題がなければ大丈夫だと思われても仕方ないというのは分かる。だけど、よりにもよって後一曲残っている時にマイクが落ちるなんて誰が予想できようか。こんなことになるなら機材の点検に参加させて貰えば良かったなんて考えてらしくないと頭をふる。変えれもしない過去のもしもを思っても仕方ないというのに。
「っ、」
どうにかMCを繋ごうと舞台で鍛えた声を張り上げようと息を吸い込む。大きな声を出すのは苦手だけど本番でのミスを取り返すぐらいならわけもない。まぁ、これでも僕だってショーキャストだ。それなりに発声の練習はしている。
そんな僕のマイクの不調に気付いた彼とバチリ、と目が合った。先ほど高らかに名前と卒業していく三年生に向けての一言を言い切った彼のマイクは無事だっただろうか。そんなついさっきのことを思い出せないほどに僕は焦っているのだろうか。どうにかこの場を繋がなければ、そう思って口を開こうとしたら安心しろというように金色の瞳がキラキラとスポットライトに当たって輝いた。ショーに出る時と同じ舞台を楽しんでいるその目がいつも通り真っ直ぐ僕を見て、そして大丈夫だと言うように頷く。
ニコ、と穏やかな微笑みを浮かべて彼はそそそ、と音を立てずに僕の側へと近づいてくる。
初めまして、神代類です、と声を出そうとしたところで、彼の胸元についたピンマイクがス、と差し出される。ピンマイクは司くんの胸元にあり、服をほら、と上げてくれてはいるけれども彼との身長差はあるので必然的に屈むことになった。司くんの胸元に図らずとも顔を寄せることになって僕は一体何をしているのだろうと思ったけれど、ステージの上では役者としての顔を保たなければ。客席からキャー!??なんて声が聞こえた。ちらりと見えた客席で悲鳴のような声をあげてる女生徒が見える。そんな彼女達にサービスで微笑みかけてようやくMCに入れる。
「初めまして、二年B組の神代類です」
差し出されたマイクへ向かって挨拶すると、へ、という声が司くんの反対にいた東雲くんの気の抜けた声が聞こえたけども、舞台の幕は降りてないわけだし、ここで黙るのは許されないわけで。
できるだけにこやかに、これはショーステージではないから役になりきらないように自然体で。長過ぎず、短過ぎない挨拶を心がけよう。少しだけ膝は痛くなるだろうけれど、ショーの練習に比べたら苦ではない。
それよりもほんのりと香る司くんの汗と洗剤の匂いに少しだけドキドキしたのは顔に出ていないと思いたいな。司くんはあくまでもマイクの不調のフォローをしてくれているわけで他意はないんだから。「それでは最後まで僕達のステージを楽しんで下さい」
ペコリ、と普段よりも浅めにお辞儀をしてトリの挨拶を務める東雲くんへとマイクを譲るのだった。
*
「いやぁ、何とかなって良かったな!」
あっはっは、と笑う司センパイにいやいや良かったのかあれはと思ってしまう。
卒業前のイベントの一つである三年生を送る会というやつは文化部の発表会だけでなく有志のパフォーマンスも許されている。時間の許す限り飛び入りを許すなんていう緩さもあってか、ちょっとしたお祭り騒ぎとなっていた。何でオレ達まで舞台に上がっていたか……なんて言うまでもない、この変人二人に強引に引っ張り上げられたのである。ワンコーラス三曲、なんて言っていたはずなのにアンコールに応えてしまったのは観客に応えたがるショーバカのセンパイ達のせいだろ。まぁ、調子に乗って最後は観客煽ってしまったのは不徳の致すところであるけどもな。
「普段から使っていないものに関してはチェックが必要だったね。今度から飛び入りする時も気をつけておかないと」
「うむ。今回は何とかなったが次からは気を付けないと、歌やセリフの最中にマイクが切れたら大変だろう」
「そうだね。点検をしたという先生の言葉だけでなく僕もちゃんと確認するべきだった」
真面目な顔をしてステージの反省会をする二人にこの人達も舞台の上に立つ人間なんだと思う。いやでも正直、司センパイは何とかなったって言うけどあれ何とかなってたのか?
神代センパイのマイクの様子がおかしいのは何となく気付いていた。プツプツ切れる音が聞こえてきていたし、MCの最中に完全に切れたからな。ピンマイク、あんま使ってなかったから中のコードが断線しかかってたんじゃねぇか?普段のショーやオレ達のステージならともかくとして、学校の機材にそこまでを求めるのも酷ってもんだ。
まぁ?その後、マイクの不調に気付いた司センパイが自分の胸元に付いたピンマイクを押しつけた時はどうしようかと思ったが。あの時のさも当然と言わんばかりに自分のピンマイクを差し出した司センパイもそうだが、胸元に留められたままのマイクを服ごと自分の方へ引っ張ってMC始めた神代センパイも大概だろう。あの二人の距離感ってどこかバグってないか?何してんだアンタらって言わなかったオレは褒められるべきだと思う。
「まぁ、司くんのお陰で大事にはならなかったよ。ありがとう」
「ふふ。ピンチをチャンスにしてこそ真のスターというもの。オレの機転が舞台を救ったと言っても過言ではないだろう!」
ドヤドヤした顔してるけど、あれみんなツッコまなかっただけで何してんだって顔の生徒もちらほらいたけどな。ギャーッ!?って悲鳴も少なからずいたけども。いやもう、本当、何をしてくれたって思うぞ。この二人、黙っていたらイケメンだし変人ワンツーフィニッシュと揶揄われてはいるものの、それなりにファンもいる。キャーとかギャーとか、あちらこちらから悲鳴が聞こえてきたのは顔の近さのせいか、はたまたそれ以外か。
まぁ、どうにか無事に舞台が終えれたから良かったが……。
「彰人も冬弥もありがとう!また一緒の舞台に立とうな!」
「はい!ぜひ!」
「いやもうお腹いっぱいなんで」
しばらくは良いっす、なんて言うけど相棒が元気いっぱいの返事をしたせいできっとまた似たようなことになるんだろうなぁと遠い目をしてしまう。流石司先輩だ……マイクの不調をパフォーマンスの一つに変えてしまうなんて……、とキラキラした目で言う冬弥にしばらく止まらないだろうなぁ……、と思いながらオレは、はぁ、と大きな溜息を吐く。
ま、ステージは楽しかったからまたやっても良いとは思ったのは言わないでおこう。絶対調子乗るから。