夫婦喧嘩は猫も食わない我輩は猫である。名前は黒猫だから玄。ちょっと厨二病くさい?それは我輩もそう思う。気ままな野良だったのだが、最近とある駄菓子屋に飼われることになったしがない黒猫である。
それ我輩に毎日と言って良いほど鰹節とか煮干しとかチューなんとかをくれるこの赤毛は独歩、と言うらしい。苗字は何だったか、何時も側にいる金髪が独歩独歩と呼んでいるので我輩は知らない。今日は珍しく金髪はいないらしい。独歩は大きく溜息を吐きながら我輩に煮干しを与えてくる。煮干しは嬉しいけど独歩の顔に元気がないのを見るのはちょっと嫌なので何かあったのか、と我輩は鳴いてみた。人間との意思疎通をするのは大変だなぁ、なんて思いながらにょん、と鳴いて独歩を見上げる。独歩はあぁ、と小さく溜息を吐いて我輩の頭を撫でてくれた。
「すまん。その……、今日は一二三が委員会で遅くて先に帰ってきたんだ。何時もならもう少しで来るんだが……、今日はなかなか来なくて」
「にょー?」
委員会とやらが何かは分からないがあの金髪が帰ってこないから独歩の元気がないのか。いや、多分これは恋煩いとかいうヤツだろう。一緒に住んでる三毛猫が言ってた。我輩そういうのは興味ないから別に良いんだが。
独歩と金髪は番らしいのが、独歩の方が番であることをアピールされるのが嫌で隠しているらしい。我輩、番い持ちの猫に近付くの怖いからできるだけ距離を開けるようにしているけど人間はよく分からない。まぁ、雌雄での番でないあたり、色々ややこしいわけがありそうだけども、それはおいておいて。独歩と金髪は番なのだが、四六時中一緒にいる、というわけではないらしい。独歩の方が金髪と番なことがバレるのが嫌で周りには内緒にしているのだが、それでも番が言い寄られるのは嫌なんだと。それなら番のアピールすれば良いのに、人間はよく分からんな。だからこうして金髪と別々に電車に乗って、我輩の住処である駄菓子屋前の公園で合流してから二人は帰る。いやはや、なんと面倒な、と我輩は思うのだが、それが愛ってやつらしい。我輩にはよく分からん。だけど、独歩が落ち込んでいる姿というのは気分が悪い。我輩に貢いでくれる人間は好きだし、こうして不幸の象徴だの言われる猫を可愛がってくれる危篤なヤツだからこそ、力になってやりたいと思う猫心だ。
「にょん」
「すまん……もうすぐ卒業だからな。一二三に告白したい卒業生の先輩が何人もいるんだ。今日も多分、そうだろうな」
「にゅぁ」
「俺の我儘で付き合っていることを隠しているんだから、我慢しないとなぁ」
我輩そうは思わないが、と言う意味を込めて擦り寄ってやると独歩は抱き上げてくれる。多分、この人間は番が盗られないか心配なんだろう。金髪はいい男だからな。メスが放っておかないと言う気持ちは分からんでもない。独歩が不安に思う気持ちは分かるぞ。我輩も番にメスができたらと思うと気が気じゃないしな。仮定の話なのだが。でも金髪は独歩以外のメスもオスも割りとどうでもいいと思っていると我輩は考える。酷い言い方になるかもしれないが、あの金髪は独歩以外の人間をその辺の石と同じぐらいにしか見ていないんじゃないかと思う。それほどまでに金髪が独歩に向ける視線とその他に見せる視線は全く違う。たまに他のメスと歩いているところを散歩中に見つけてしまうこともあるけれど、その時の金髪の目の冷めっぷりを独歩にも見せてやりたいぐらいだ。蕩けた蜂蜜とバターのような甘さを含む視線に独歩が気付いていないのはなぜなのか。もしや独歩は、かなりの鈍感なのではないだろうか?そんなことを思いながらにょんにょん鳴いてやると独歩は嬉しそうにはにかんで笑うからどうしたものかと悩んでしまう。
我輩的には独歩には笑顔でいてほしいからな。独歩が笑いながら近付いてくる時はちょっとお高めの猫缶を買った時だし機嫌が良いと餌もグレードアップするからそれが楽しみなのである。我輩、独歩のくれるおやつがいっとう好きである。
「はは……猫に相談しても仕方ないんだけどなぁ……」
結局俺が勇気の一つでも出さないと何の意味もないしなぁ、なんて言いながら独歩は遠慮なく食べろ、と言うようにチュー何とかをくれる。我輩これ結構好きなんだけど、独歩がこんな風にしょげているのを見ながらと言うのはは美味さも半減だと思う。まぁでも、そんなに心配することないと思うんだがな。あの金髪、独歩のことかなり好きだし。時々、我輩に対しても凄い目で見てくることあるからな。独占欲が強いのはいいが、我輩に八つ当たりするのは少々困る。それにあいつ、撫でるの下手くそだからな。やはり独歩の撫で方が我輩好き……、テクニシャンだし。それに撫でる手から伝わる愛が我輩にはちょっと重い。多分あいつ、繊細な生き物をお世話のし過ぎで弱らせるタイプとみた。でも独歩みたいな寂しがり屋にはピッタリなんだろう。
「やっぱり、俺が一二三と一緒にいるのが駄目なのかなぁ……」
そんなことを呟く独歩にそれは冗談でも金髪の前で言うのは止めとけ、と言う意味を込めて鳴いてやる。番やめるなんてことを冗談でも言ってみろ。あの金髪、独歩のことを閉じ込めそうだなぁって我輩思う。
「一二三、また告白されてんのかなぁ」
やだなぁ、なんて呟く独歩ににょーん、なんて鳴く。独歩は心配してこう言うが我輩知ってる。この後、絶対金髪が全力疾走で独歩のところにきて抱きしめながら好き好き言うって。こういうことが一回二回でないことを我輩は何度も見てきているのでこの後の展開なんて分かりきっている。何度繰り返していても不安なことは猫でもなんとなく理解できるんだが、独歩はきっと不安なんだろう。まぁ、番がモテモテなのは猫も嫌だからな。
まぁでも不安に思うことはないと思うぞ独歩よ。空気に乗って届いた匂いに彼の番が全力で近付いてきていることが分かる。
「にぃおん」
「ははっ、慰めてくれてありがとうな」
いや、腹に力入れとけって我輩の忠告だ。
「どぉおおっぽぉおおおおっ!!!」
力強い金髪の声に我輩、独歩の膝から降りて避難する。このでかい声は間違いなくあの金髪だ。あいつと弟以外で独歩のことを名前で呼ぶやつなんていないしな。その声を聞いた独歩が「一二三」と碧い瞳を煌めかせるのを見て余裕だなこいつ、と思ったのは言うまでもない。
その後、全力で飛びついてきた金髪によって押し倒されて、尻餅ついた独歩が「一二三ぃいいい!!!」と怒声を轟かせるまで数秒もかからない。
我輩、人間の番のイチャイチャには興味ないから、寝床である駄菓子屋のベンチの下に戻ろう。