🧸ママ♂🌟くんと🍫💗のあれやそれバレンタインだから、と魔がさしたのだ。二月に入って節分が終わった頃から百円ショップのピックアップ商品ゾーンはバレンタイン一色になり、それに伴ってピンクや赤のパッケージや布地が増えていく。ハート柄の増えたそこに足を踏み入れるのは少しだけ勇気がいったが、それよりも普段よりも展開の多いリボンやフリルをついつい買い込んでしまったのは不徳の致すところであると自分でも思っていた。しかし、これを逃したら種類豊富な生地が手に入らない、と思ってしまったのが運の尽きというものである。
ありがとうございます、千三百四十円です、なんて声に見送られてオレは大量に買い込んだ生地にホクホクしたのは言うまでもない。これだけ可愛いフリルがあるのだから早速、ぬいぐるみ達の衣装を作ろうなんてスキップを踏みたくなるほどだった。
帰ってからオレは何をしているのだ……、と我に返ったのは類のぬいぐるみにフリルとレースのたっぷり着いた衣装(ギリギリズボンを作っていた自分を褒めてやりたい)を着せた後だった。いやもうオレは一体何をしているのだと自分を殴りたい。
えむの提案で作られたワンダーランズ×ショータイムのぬいぐるみはオレの裁縫趣味と合わさって次回公演時の衣装提案の一つとして活用されている。もちろん、毎回毎回衣装を作るわけではないが、こういう衣装にしたい、という提案を可視化することで打ち合わせがスムーズにいくことが判明してからはというと積極的に活用するようになっていた。オレがぬいママと呼ばれる人間になっているのはメンバーにはまだ話していないけれど、薄々気付かれていそうだな、と思わないこともない。
まぁ、こんなに可愛いぬいぐるみなのだから着飾りたい、というのは裁縫をやる人間には気持ちが分かるのではないだろうか、なんて思う。
「いやしかし、これは……」
ピンク色に赤いハートがたくさん散りばめられた生地をメインに白と薄ピンクのフリルをたっぷり付けて、ハートのボタンをロゼットの代わりにして、スカートのようなズボンを履かせて、頭の飾りは大きめのリボンと、明らかに少女趣味な衣装が出来上がってしまった。
えむぬいと寧々ぬいも似たようなものだが、彼女達は女子だしピンクだけでなく薄紫を差し色にしたりしてユメカワというのか?そういうコンセプトで作っている。しかし、類ぬいに着せたら明らかに女装といった出来になってしまっていて、これには頭を抱えてしまう。自分のは水色を基調にして白と紺色で爽やかといった風にしたのに、一体何故……。
どうやらオレは類ぬいに対する熱がどうやら斜め上の方向にいってしまうらしい。いやこれはこれで可愛いのだが、だからといって類にこんなどピンクの衣装を着せるのはどうかと思うのである。流石にトリックスターの役割だとしても……、これはないな。
「……………、でも可愛いな」
パシャ、と写真を撮ってふふ、と笑ってから違う違う!と頭を振る。とにかく、オレと似たようなコンセプトで作り直して、と思ったところで咲希に呼ばれて夕飯に呼ばれてしまった。
*
「それで、こんな可愛い衣装になったのかい?」
「あぁ……」
「類くん、すごくフリフリかわわ〜な感じだね!」
「ふふっ、似合ってる……ふふっ」
罰の悪そうな顔をしている司くんに、いつも通り可愛いねと嬉しそうにしているえむくん、笑いを懸命に堪えている寧々という三者三様の反応に僕も何とも言えない顔になる。
司くんがえむくんからもらった四人のマスコットぬいぐるみを使って、次の公演衣装の案として持ってくるようになった。ぬいぐるみ達に洋服をきちんと着せてあげたい、という司くんの思いから始まっている衣装作りだが、これがなかなか評判がいい。クオリティの高さはもちろんだが、広報活動としても優秀なようで、若い世代だけでなく幼い子を連れた親御さんからも評判がいい。ぬい服(瑞希から最近はそう言うんだよと教えてもらった)の作り方は他の作者からのものを参考にしたりしているそうだ。可愛いと言ってもらえることもあってワンダーステージ用のSNSでの打ち上げ写真やショーの案内の時などに活躍してもらっている。
「確かに似合ってはいるけれど……このハート柄の衣装はどうにかならなかったのかな」
「すまん……バレンタインに思いを叶える魔人、とイメージしていたらどんどんこんな風になってしまって……いや、もちろん実際の衣装はここまでハートを主張しないようにするが!」
「えぇ!?とってもワンダホイなのに!?ハートがいっぱいの方がキュキューンとしてほわっとなるからあたしは好きだなぁ……」
「気持ちは分かるけど着るのは僕だよえむくん」
「類くんがきてもハピハピな感じでいいと思うよ?」
キョトン、とした顔をしたえむくんになんとも言えない顔の司くんと笑いを堪え切れずにネネロボに突っ伏す寧々。いや確かにバレンタイン公演だし、両思いにする魔人なんて設定にしたのは僕だけど、流石にこれを着る勇気はない。いやまぁ、ショーの一環として道化師になれというのであれば着るけれども、ここまでハートいっぱいフリルいっぱいなんて衣装になるとは思わなくて少し苦笑いが込み上げる。
「でも、うん、流石にこれはね……それに、これって生地的に衣装には向かないから似た色に大きめのハートを付けるようにしたら?」
「そ、そうか?」
「確かにこのハート柄にはちょっと驚いたけど、バレンタインに願いを叶える魔人の姿なら衣装にハートがあってもいいんじゃない?このボタンの部分とか、ロゼットにするんでしょ?」
「あぁ。そのつもりだ。あと、えむの衣装にも同じようなロゼットを付けるのはどうだろうか」
ありじゃない?あ、でもわたしの衣装はもう少しフリル少ない方が、司くん司くんあたしこっちにリボンほしい!なんて3人の楽しそうな声を聞きながら僕もフリルは控えめにお願いしたいなぁ、と希望を告げる。
「えー!?ここのふりってした感じがいいのにぃ……」
「フリルじゃなくてもドレープみたいな感じにしたら舞台映えするんじゃないか?類がターンする時にふわっとさせたいんだが」
「………………そうだね」
これをふわっとさせるのか、と思いながらぬいぐるみの衣装をまじまじと見る。司ぬいくんの方はどんな感じかなぁ、と思ったら水色を基調としたスーツのような衣装でふーむ、なんて思う。一見シンプルなんだけど、もう少し王子様風にした方がいいんじゃないかなぁ、なんて思っていたら衣装が2枚重なっていることに気付く。おや?と思って一枚脱がせるとそこから出てきたのは白を基調としたフリルたっぷりのシャツだ。胸元には可愛い青いリボン、裾もレースが縫い付けられていてベストにも同じような細工が施されていた。背中にも蝶々結びでリボンが縫われており、脱がせた方が可愛らしい衣装となっている。
「司くんって、もしかして結構可愛いものが好きだったりするのかい?」
「な!?」
「僕はこっちの衣装の方が可愛くて好きだなぁ」
あ、ここにもリボンとか付けないかい?とズボンのお尻の部分をさして言うとそれはない!!と力強い声が返ってくる。残念。可愛いと思ったんだけどなぁ、なんて思いながら僕は司ぬいくんをよしよし、と撫でた。
✱
類の衣装はどうなることかと思ったが予想以上にウケが良くて助かった。今度からは生地や模様に関しては注意しないといけないな、と少しだけ反省する。百円ショップ内がピンクや赤で彩られているのが楽しくなったのは否定できないが、だからといって目的を忘れてしまったらいけない。ぬいぐるみ達の服を作るのは確かに楽しいけれどもなぁ。
「あ、そうだ」
これも渡さなければな、と思って鞄からボルドー色の包装紙に包まれ、金色のリボンが結ばれた箱を取り出す。
中身はチョコレートだ。今日はバレンタインだからな。オレに渡されたところで類は困るかもしれないが、練習の後に疲れを取る為だという理由ならさり気なくチョコレートを渡せないかと思ったのだ。まぁ、渡すタイミングがなくて今こうして悩んでいるのだが。練習が遅くなった日、類は女子である寧々を送っていくので今日はもう解散だ。結局、チョコレートはわたせそうにないな、なんて苦笑してオレは鞄に入れようとして止める。
「………………お前達で食べるか?なんてな」
チョコの箱をロッカーのベンチに置いてぬいぐるみ達を挟んで写真をパチリと一枚撮る。まるで今からチョコレートを食べようと包装紙を開けようとしているかのようなぬいぐるみの写真が撮れて何だか微笑ましい。何をしているんだオレは、なんて自嘲気味に笑って包装紙を留めてあるセロハンテープに手を伸ばす。
「一人で食べるか」
「食べちゃうのかい?」
「うぉ!?」
後ろから聞こえた声に思わず跳び上がる。振り向いたらそこにいたのは類で、え、なんで、と混乱する頭で考えた。
「類、寧々は」
「ん?あぁ。えむくんと一緒に帰るそうだよ。遅くなったから送って行ってあげるらしいし、僕は電気街に寄るつもりだったからね」
「そ、そうか」
「それよりも、少し小腹が空いてしまってね」
もし良かったら、一緒に食べたいな。
類の言葉にパチパチ、と瞬きをした後、その意味をジワジワと理解して顔に熱が溜まりそうだと思う。
きっと他意はないと思うのだ。小腹が空いていて、たまたまオレの持っていたチョコレートを食べたくなった。それだけのこと。
だけど、渡す予定だったものを渡せないと残念に思っていたさ中だったから。
だからだろうか、こんなにも嬉しいと思うのは。ドキドキ、なんて痛いぐらいに音を立てる心臓を抑えながら努めていつも通りに言う。
「し、仕方がないな!折角のバレンタインと思って買ったものだ!ありがたく食べるといい」
「ふふっ。それじゃあ遠慮なく」
あ、僕甘い方がいいなぁ、なんてリクエストを聞きながら、ほら、と包装紙を取って類へと渡す。
「はい、じゃあ司くんも」
あーん、なんて言われるとは思わず、平静を装えなかったオレの目線が泳いでしまったのは一生の不覚だ。