眩い稲妻を含んだ雨雲がすう、と消えると、木の葉の表面や古びた屋根に溜まった夕立の名残が雫となって泥濘に次々と落ちていく。街の喧騒からも程遠く、テレビやラジオもない家の中には、その音が殊更によく響いた。一つの風だけでがたがたと音を鳴らす家にとっては大きすぎる音に、タルタリヤはぼんやりと天井を見上げる。
「雨漏りとか……」
「心配ない。今までに一度でもあったか」
「ない……」
確かに、一度とてない。雨漏りを直した事どころか、悪くなった立て付けを正した事もないし、軋む戸に油を注した事もない。外観も内装も古びてはいるが、傷んだ箇所が気にならない程に手厚く直されているらしかった。らしい、と言うのは、タルタリヤがその場面を見た事がないからだ。
「え、もしかして自分で直してるの?」
「俺以外に誰が?」
「言ってくれたらやるのに。一人じゃ大変でしょ」
「もうそんな年でもないさ」
ふ、と笑む横顔は同年代の子供より、幾分大人びて見える。だが、タルタリヤから見たらずっと幼い。自分の齢の半分とまではいかないまでも、額に滲んだ汗の玉でうるむ皮膚の瑞々しさは少年の気配を色濃く残しているし、すらりと伸びた成長途中の腕や足は己と比べると随分細い。正座した両足を基礎にした背筋はぴんと美しく、湯飲みに唇をつける所作すら流麗だった。
「……」
いつでも呼んでくれたらいいのに。
そう言いかける。誤魔化すように窓の外に目をやると、雨宿りを終えた小鳥がぴちち、と微かに鳴いて、樹々の間隙から飛び去って行くのが見えた。小鳥の羽ばたき一つにも葉は激しく打ち震える。水面の波紋のようにさざめきは隣の葉へと伝わり、まとわりついた雨粒をぽとぽとと地面に散らしていく。雨に濡れて冷たくなった空気を抱いた夕闇が、窓の淵からとろりと家の中へ流れ込んでくるような気がした。
「それに、貴方が来る夏までの良い暇つぶしなんだ」
窓から恐る恐る目を離して彼の横顔を窺うと、凪いだ琥珀色と目が合った。
「まるで隠遁生活してるみたいな言い方だ」
「隠遁か。うん……悪くはないな」
「性には合ってそうだよね」
「ああ、此処での暮らしに何の不満もないくらいだ。本当に、悪くないと思う」