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    fucororian

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    #狂聡ワンドロライ参加作品。4520。まだ付き合ってない二人。

    ワンライ お題:世界が終わる日 聡実からの好意をのらりくらりと躱すのもそろそろ限界なのかもしれなかった。待ち合わせた駅前で顔を合わせた時も、食事中も、彼はひどく思い詰めた顔をしていた。狂児が他愛ない会話に誘い込もうとしても、いつも以上にそっけない返事を寄越して、そのくせ何か言いたげな目でじっとこちらを見ていた。
     食事を終え、駅へ向かう道すがらも聡実は黙りがちだった。元々おしゃべりな性質ではないし、沈黙が苦痛になる間柄でも無いが、今日の無言は意味のある無言に感じられて、狂児は密かに身構えていた。だから「ほな、またね」と言い置いて立ち去ろうとした時、引き留めるようにスーツの袖口を掴まれても驚かなかった。
    「狂児さん、まだ覚悟決まりませんか」
     眉をぎゅっと寄せて身体中を強張らせた聡実が言った。
    (ほら来た)
     心の中でつぶやいて、狂児はきちんといい加減に見える笑顔を浮かべた。
    「どしたん、いきなり。覚悟って、なんやおそろしなぁ」
     茶化す口ぶりは聡実を苛立たせるのに成功したようだった。目に一瞬、火の粉のような光が走る。聡実は怒っている時がとびきり美しい。普段が穏やかなぶん、彼の中で炎が燃え上がるとひときわ眩く感じられるのだ。
     いつもなら適当に怒りを煽ってうやむやにしてしまうのだが、今日の聡実はよほど心構えをしてきたと見えて、ふうっと長く息を吐くと苛立ちを抑え込んでしまった。
    「狂児さん、僕は二年前には成人してるんです。それでも、未だに成人といえば二十歳って化石みたいな考えの狂児さんに合わせて、待ったんじゃないですか」
    「化石て」
    「僕は大人になりました。いい加減、腹くくってくださいよ。僕らもう、付き合うしかないです」
     確信に満ちた表情で聡実は言い切った。未来を疑っていない顔だった。
     狂児が聡実と過ごしていて、最も年齢差を意識するのは、こういう瞬間かもしれなかった。若者の放つ希望の光は、中年には眩しく遠く感じられるものだった。
    「そう言うてもなぁ……」
     聡実がいくら自分を大人だと思ったところで、二十歳の青年にすぎない。二十歳といえば、狂児がヤクザのおっさんに誘われてふらふらっと極道の世界へと足を踏み入れた歳だ。
     示し合わせたように完璧なタイミングで南条から手を差し伸べられ、これは運命的な何かなのだろうと流れに身をまかせた。人生とはそんなものだと思っていたし、特別道を間違えたとも思っていなかった。
     だが、四十を越えた自分はこの時のことを後悔している。ヤクザの自分も悪くはないが、失ったものと天秤にかけられるかと考えるとすぐに頷けないのも確かだ。
     つまり、二十歳の決断なんてそんなものだ。今どれほど確信していたって、数十年後に後悔するかもしれない。聡実に後悔して欲しくないし、もっと正直に言えば、彼が間違いに気づいた時に捨てられるのはごめんだった。綺麗に手離してやれる自分を想像できない。
     聡実との繋がりは狂児がこれまで人生で得てきたものの中で、おそらく最も美しいものだ。それを汚して、どこにでもあるつまらない失恋話にしてしまいたくはなかった。
     ……というようなことはもちろん口には出さず、曖昧な目で聡実を見つめた。暖簾に腕押し、糠に釘、豆腐にかすがい。ことわざを体現するかのようなだらしない態度は得意だ。
     しかし二十歳の若者はしぶとかった。手応えのなさにめげないだけの若い強さがある。
    「ほんなら、一応聞いてあげます。いつになったら狂児さんは僕と恋人になる勇気が出るんですか」
     この腰抜け、という怒りを聡実は別の言葉で表した。狂児はその容赦のなさに思わず笑ってしまう。
    「ハハ、そやねぇ……まあ、世界が終わる日が来たら、流石にな」
     聡実は目を見開いた。あー、これは愛想尽かされたかもしれへんな、と狂児は思う。死ぬまで君の期待には応えられないよと言ったのと同義だ。呆れられて、諦められても仕方のない答えだった。
     まばたき幾つか分の間に狂児は聡実の次の言葉をいくつも予想したが、聞こえてきたのはそのどれとも違うものだった。
    「わかりました。じゃあ、世界を終わらせます」
    「え」
    「明日この世界を終わらせることにします。ほしたら、狂児さんは覚悟決まるんやろ」
    「え」
     冗談で言っているのかと思えば、聡実の表情はどこまでも真剣だった。彼は、目線を遠くにやって、「わぬ」と呼びかけた。
    「わぬ、願いごと決まったわ。叶えてくれへん?」
     虚空に向かって話しかける聡実を呆気にとられて見守っていると、後ろの方から、たし、たし、と何とも言い表しがたい音が聞こえてきた。思わず振り返った先には、白い犬が二足歩行でこちらへと向かってきていた。
    「なんこれ……え、夢?」
     狂児は自分を肝の太い方だと自認してきたが、目の前の光景には流石に平然としていられなかった。近くで見ると、犬にはやや下がり気味の眉のような模様があり、どこか情けない顔をしている。聡実の膝くらいまでの体長のその犬は、彼らの前で立ち止まると、重々しく頷いでみせた。
    「よかった。わぬ、叶えてくれるって。これで明日には世界終わります」
    「いやいやいやいや待って、待って聡実くん。そない簡単に世界終わらせたらあかんやろ。あとこれ何? ていうか終わらせます言うて終わらせられるもんやないやろ?」
    「そやかて、そうでもせんと狂児の覚悟が決まらへんのやったらしゃあないやん。全部狂児さんがヘタレなせいやで。あと、わぬのこと「これ」って呼ばんといて。終わらせます言うたら終わらせられます。昔わぬが行き倒れてるとこ助けた時に「お礼に何でもお願いごと一つ叶える」って言うてくれててん。今までなんも思いつかんでそのまんまになってたけど、ちょうどええわ。この機会にお願いさせてもらいます」
     狂児がひと息であれこれ尋ねると、聡実もまたひと息で返してきた。色々説明してくれたようだが、頭に入ってこない。まるで突然おとぎ話の中に放り込まれたようだ。
     聡実は無駄な嘘をついたり、人を揶揄って遊ぶような青年ではない。それがわかっていても、にわかには信じ難い話だった。
    「その……この犬? てほんまにそんな力あんの」
    「あります。な、わぬ。世界のひとつふたつ滅ぼすの、簡単やんな」
     聡実の問いかけに、白い犬はまたもこくりと頷きを返した。二足歩行し、明らかに人語を解している様子の犬が尋常ではないのは確かだった。一度そう思うと、こちらを見る黒い瞳が思慮深げな色を湛えているように見えてくる。
    (あかん、頭おかしなりそ)
    「そんなごっつい力があんのに、ヤクザのおっさん脅迫することなんかに使ってええん?」
     異常な状況に置かれると、かえってまともなことしか言えなくなるのだ、というのは新しい発見だった。人生まだまだ学びがある。
    「それに、ほんまにそんなことの為に世界終わらせてええの? 聡実くん、俺の他にも大事なひと仰山おるやろ? それを全部無しにしてもええって思える子ちゃうやろ」
    「ぺらぺらぺらぺら、よぉしゃべりはるわ」
     一度は抑えられた聡実の瞳の火が、再び燃えていた。鮮やかに怒りをたぎらせて狂児を見据えている。
    「僕と向き合うこと避けるためなら何でもするんやな。散々ふざけて躱してきて、なに急に真っ当な大人ぶってんねん」
     聡実の手が伸びてきて、ぐいと狂児のネクタイを掴んで引き寄せた。
    「そんなに意気地なしでいたいんやったら今すぐここで僕をこっぴどく振れ。そんでもう二度と会わへん。世界の終わりを受け入れて僕と明日まで恋人になるか、僕を振って世界を救うか選べや」
     狂児は聡実の燃える瞳から目が離せなかったから、その炎があふれ出した水に沈んでいくところまでをつぶさに見届けた。涙に濡れていく聡実は美しかった。
    「……それ、どっちにしろ世界は終わりやん」
     そうして、ついに狂児は負けを認めた。どうやったってこの子には敵わない。悪あがきはここまでだ。
    「聡実くんと二度と会えへんなら、世界が終わるのとおんなじや」
    「ほんなら……、ほんなら」
    「うん。俺と付き合お。恋人になって、聡実くん」
     そやから、世界終わらせんのはやめてな。明日も明後日もその先も恋人でいよ。いっぱいデートしよ。
     泣きながらしがみついてくる聡実を宥めるように撫でながら、狂児はそう語りかけた。


     
     ようやく涙が引っ込んだ聡実が腕の中ではにかむように笑うのを見たあと、狂児はどうしても気になっていたことを尋ねた。
    「なあ、聡実くん。ほんまにほんま、世界終わらせる気やった?」
    「そんなわけないやろ。というか、できません。あんなハッタリ信じるなんて、狂児さんて意外と夢見がちなんですね」
     聡実は平然と言った。
    「えっ、でもこの犬が……」
    「わぬは、少し不思議で愛らしいだけの妖精みたいなもんです。な、わぬ」
     聡実が呼びかけると、犬はまたも真面目な顔で頷いた。
    「ええ〜……」
    「でも行き倒れてるとこを助けて、お礼にお願いごとを聞いてくれるて言うたのはほんま。そやから、呼んだら来てくれたやろ。僕、わぬに会いたくなったらいつでも会えるようにお願いしててん。助かったわ、お芝居にも付き合うてくれて」
    「はあ……」
     今日から恋人になった青年は、なかなか一筋縄ではいかないところを見せてそう言った。世界の終わりを乗り越えた先は、別れの不安に怯える暇もないほど刺激的な日々になりそうだった。
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