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    ポイピクが使えるかを含めたテスト。
    いつ発行できるか分からない父水小説「水神遊戯」でボツになりそうなワンシーン。
    もしかしたら本文のどこかに返り咲ける......かも?

    #父水

    水神遊戯(没?)「ん? 鬼太郎じゃないか」
    「お義父さん」
    地方への出張中で赴いた村で目当ての家に挨拶をした帰り道。
    見慣れた小さな後ろ姿につい声をかけていた。
    さらりとした赤茶色の髪を揺らしながら振り向いた子どもは、一見無表情に見えがちな顔を僅かに綻ばせて笑う。
    その顔を養父として嬉しく思う反面、無意識のうちに父親の面影を探そうとしている自分に嫌気がさす。

    鬼太郎の父――ゲゲ郎。
    因習に塗れた哭倉村で出会った掛け替えのない幽霊族の相棒。
    共に村の秘密とそれに連なる悲劇を目にした。
    全ては悍ましい欲に憑りつかれた龍賀一族、いや……人間という生き物の欲の果てか。
    尽きることなく増え続ける狂骨とその元となる怨念は当然の結果であり、それでこの国が滅びるというのなら好きにやらせておけばいい。
    俺にそう思わせる程、この村と村人たち、そして人間の業というものは深く醜いものだった。
    だというのに、ゲゲ郎は穏やかな口調のまま。
    「我が子が生まれてくる世界じゃ、儂がやらねばならん」
    そう言って怨念を引き受けると腹を決めてしまった。
    覚悟を示したあいつの顔があまりにも綺麗で、だからこそ止めたかった。だってそうだろう。
    人間の都合で住処を追われ、同胞を狩られ、遂には最愛の妻さえ傷付けられた。
    これ以上ゲゲ郎が失っていいものなど一つもない。
    なのに、なのにあいつは俺に先祖の霊毛で出来たちゃんちゃんこを着せ、身重の妻を託した。
    だからせめて、必ず生きて戻れ。そう俺から約束をし、振り返りたい気持ちを全力で殺しながらその場から立ち去る。
    逃げている最中、少しでも負担が減ればいいとゲゲ郎の奥さんにちゃんちゃんこを着せ走っていると、周囲を狂骨が飛び回り、途切れることのない怨嗟の声が全身を襲う。
    そこからの記憶はかなりあやふやでどうやってあの窖を抜け、村を抜け、トンネルさえ抜けて逃げおおせたのかわからない。
    それどころか、村から脱出した時の俺は狂骨にやられ記憶を失ってしまっていた。
    たった一つ残っていたのは、胸を潰さんばかりの悲しみだけ。
    その後、救助隊によって病院に運ばれた俺は暫く入院し、いざ退院して元の生活に戻るとなった時。
    自分の心にぽっかりと空いた穴の大きさに驚いた。
    何故空いているのか、どうすれば塞げるのか。
    何もわからぬまま、ただ無気力に日々を消費する。
    あれだけ熱心に勤めていた仕事にも身が入らず、ふと外を見た。
    そこにはふわりと空中を飛ぶ人魂が。
    普通なら自分の正気を疑っただろうが、その時は欠片も疑問に思わなかった。それどころか、人魂に呼ばれているような気がして、追った先には荒れ果てた寺があり、中には“それ”がいた。
    全身に巻いた包帯によって辛うじて人型を保っているような大男と、潰れた目元が痛々しい痩せた女。
    明らかに人間とは別の生き物に俺の本能は恐怖した。
    更に、動けないと思っていた大男が俺に向かって両手を広げながら近付いてくるではないか。
    咄嗟に荒れ寺から飛び出し逃げようとすると……
    「――」
    男が何かを言ったような気がした。
    けれど恐怖に駆られていた俺にはそんな不確かなものを確認する余裕などなく“再び”後ろを振り返ることなく走り去る。
    何度でも思う、あの時俺が少しでも男の言葉を聞いていたのなら、少しでも抱いた違和感に気を付けていれば、と。
    それから暫くの間、胸の奥で燻り続ける罪悪感に似た何かに突き動かされるようにして、俺は再び荒れ寺を訪れた。
    そこで目にしたのは……全てが手遅れだったのだと一方的に突き付けられた現実。
    それを脳が理解した瞬間、村から救助された時に胸を潰した悲しみが再び俺を襲った。
    どうしてそう思うのか、どうしてこんなにも苦しいのか、何一つ分からないのは変わらない。
    けれどこのままにしておく事など出来るはずがなかった。
    身体がどろどろに溶け落ちた男は無理でも、女の方はまだその場から動かしても大丈夫だろうと判断し、慎重に持ち上げる。
    見た目のまま、いやそれ以上に軽い身体を抱え静かに荒れ寺を後にした。
    そして荒れ寺裏の墓地へ女の遺体を埋める。
    当然墓石もなければ女の為の卒塔婆もない。
    そんな状態でもせめて形だけはと石を積み小さな墓を作った。
    これ以上何もしてやれない無力感に苛まれながら墓地を後にしようとした時だ。
    降りしきる雨の音、遠く響く雷鳴と雲間を走る閃光。
    祝福というにはあまりにも激しく厳しいそれらに包まれ、それは墓の中から現世へと生まれ出た。
    弱弱しい産声を上げながら、必死に進むその姿に俺の心は酷くかき乱される。
    それが目の前で化け物の子が生まれたからなのか、それとも全く別の……そう、あの村絡みの事のような。
    言葉に出来ない感情のまま赤子の身体を抱き上げる。
    触れた手に伝わってくる熱は雨に濡れたと言い訳しても通じないくらい冷たい。
    ……でも、その身体は信じられないくらい脆く柔らかかった。
    あぁこんなにも繊細な存在であれば、いくら人の理から外れた命であったとしても、俺の手で終わらせてしまえる。
    きっとこの赤子は災いを呼ぶ。それが自分に対してなのか、それとももっと広い意味でのことなのかは分からない。
    直感的にそう感じてしまった俺の身体は、何かを求めて泣き続ける赤子の身体を振り被った。
    俺の視線の先、赤子の背後には硬い墓石の角が見える。
    ここに赤子を叩きつける、たったそれだけ。
    それだけでこの手の中の命は絶たれてしまう。
    迷う必要はないはずだ。なのに、何か……俺にとっても何か大切なものを絶ってしまうような。そんな考えが過った。
    自らの命の危機を悟ってか赤子の鳴き声が大きくなり、振り被ったままの腕が震える。
    迷えばそれだけ俺の手は鈍くなっていくだろう。
    だが、それで苦しむのは誰だ? そう自分自身に言い聞かせ再び腕に力を込めた瞬間だった。

    カラン……コロン。

    どこからともなく聞こえてきた下駄の音。
    幼い頃の記憶の中に常にあったはずのその音が、何故か俺を引き留めているような気がして腕の力を緩めた刹那。
    灰色だったはずの世界に淡い桃色の花弁が舞う。
    気が付けば目の前には背筋が凍るほど美しい桜の巨樹。
    そして視界を覆う桜吹雪の向こう側に人影が見える。
    背格好からして男だ、それもかなり長身の。
    風に靡く髪の動きは軽く、身に着けている着流しも同じように揺れていた。
    そうだ、俺は……あれが誰かを知っている。
    途端に削れた記憶がぎしり、ぎしりと嫌な音を立て失われた形を取り戻そうと足掻きだした。
    そして……カラン、と下駄の軽やかな音が再び響く。
    あぁ……あぁ、そうだ。俺はお前の名を……知っている。

    「……げ、げろ……ぅ」

    その名を口にした瞬間、鮮やかな桜吹雪の中にあって、唯一黒い影に染められていた男の姿が明らかになった。
    冷たい月光のような白い髪、天色の着流し、細くもしっかりとした手首には黄金色の組紐、そして……俺を見据える真紅の瞳。
    一瞬にして色を取り戻した人影――ゲゲ郎と目が合い、そしてあいつが嬉しそうに笑った。
    「水木」
    ゲゲ郎の声が俺の名前の形で鼓膜を震わせた次の瞬間。
    映画館で映画を見るように頭の中に映像が流れ込んだ。
    けれどそれは酷く欠損していて、虫に食われたフィルムを見ているような気分になる。
    理由は朧気ながらわかっていた。
    俺は村から逃げる最中に狂骨に襲われたのだろう。
    けれど、今の俺にとってそれは些細なことだ。
    何故なら俺は……一番取り戻してはいけない記憶を取り戻してしまったのだから。
    どうせなら忘れたままでいたかった。
    その方が余程都合がよかったというのに。
    いっそ思い出すなら凄惨なあの事件の全てを思い出せばよかったんだ。
    そうすれば事件の被害者を正しく弔うことも、今なおあの村が残した恩恵に縋り富を増やそうとする者も止められたかもしれないのに。
    何より、惨劇の記憶は生き残った俺を許さない。
    記憶は悪夢となり、それが与える苦しみは俺にとっての罰であり、誰にも裁いてもらえない罪の証だった……
    なのに、どうして……どうして、俺は。
    ――ゲゲ郎の事を好いている。
    よりにもよって俺はゲゲ郎に懸想していた事を思い出してしまった。
    始まりはゲゲ郎に教えらえた愛を、俺も知りたいと思ってしまった事。
    そしてゲゲ郎の言う自分よりも大切な者とは何かを考えた。
    その後どこが契機になったのかは自分でも分からない。
    けれど俺は確かに、叶うのならその相手はゲゲ郎がいいと思ってしまっていた。
    そもそも愛を抱くこと自体は問題じゃない。
    世の中には色々な形の愛がある事は知っていたから。
    しかし俺の場合、抱いてしまった愛の形が問題だった。
    俺が憧れたゲゲ郎の愛はどこまでも一途で、強く輝いて、穢れのない唯一無二の相手へ向ける無償の愛。
    それに引き換え俺が抱いた愛は……愛欲。
    薄汚い肉欲を伴い、どろどろと穢れ、決して愛する者がいる相手に向けてはいけない、そんな醜い姿をした愛。
    一度味わった絶望を再び味わうことのなんと苦しい事か。
    でもこの苦しみは当然だ。むしろ足りないくらいだろう。
    何故なら俺は、そんな欲に塗れた手でゲゲ郎の子どもを……
    愛した妻が残したたった一つの宝物に触れているのだから。
    これ以上の罪が一体どこにあるというのだ。
    かといって、いくら幽霊族の子といえどこの降りしきる雨の中いつまでも生まれたままの姿という訳にはいかず。
    俺は目の前の崩れた墓に何度も心の中で謝罪をし、赤子を連れ帰った。
    そして赤子を連れ帰った日に現れた目玉の妖怪、あれはゲゲ郎だったのだろう。
    ――必ず生きて帰ってこい。
    俺とそんな約束をしたばかりに、妻とともに成仏することもできず、あんな姿で現世を彷徨い続けるなんて……
    一体俺はどこまで罪を重ねれば気が済むのだろうか。


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