線香花火と彼の唇せっかくだから最後の締めに線香花火をやろう、と提案したのは誰だっただろう。テラかもしれない。
「そういえばさ、線香花火の落ちたら負けってやつあるよね?負けたら、一つだけ相手の願い事を叶えるんだっけ?」
「ありますね。地域によって違うような……僕のところは、負けたら一つだけ質問に答えるでした」
「落ちたら負けか!おもしれえ!」
「じゃあ奴隷が審判をしますね。二人ペアなら、やりやすいと思います。今隣にいる人でーーー大瀬さんと理解くん、テラさんと猿ちゃん、天彦さんとふみやさんで勝負しましょう!カウントダウンしたら火をつけて下さいねー」
※
「天彦は線香花火やったことあるの?」
「それが…初めてなんです、天彦ワクワクしてます!」
「へえ意外」
「僕が花火を見たのは、小さい頃家の中で窓から遠く打ち上げ花火を見たっきりですね」
蝋燭が足りず、俺と天彦はチャッカマンを依央利から渡された。(奴隷の僕がつけます!と言われたが、公平なスタートを切れないからやめろと断った)
初めての花火が嬉しいのだろう。
僕が火をつけてもいいですか?と、目を輝かせた天彦を断ることが出来なかった。
「いいけど、ズルすんなよ」
「ズル?」
「俺の花火を先につけた後に、天彦の花火つけたら俺負けちゃうじゃん。同時にやらないと」
「!ああ、なるほど…!」
3…2…、と依央利のカウントダウンが始まる。慌てた天彦がチャッカマンのスイッチを押すが、ロックがかかって火がつかない。
「あ、あれ?あれ?」
「天彦、ロックがかかってるから貸して」
天彦の手の上に自分の手を重ねて、ロックが外れると火のスイッチを押すとボゥ、と火がついた。
「ほら、早く」
もう周りの勝負が始まっていたので、催促をすると二人分の線香花火の先端にチャッカマンの火が重なってパチパチと辺りに火花が飛んだ。
「わぁ!すごいつきましたねえ!ふみやさん、ありがとうございます!」
「ついたけど、勝負はこれからだよ天彦」
天彦は、線香花火の初心者だ。経験値が高い俺の方が有利なわけだ(風向きも邪魔にならないところを選んだ)。
ーーーやっぱり、願い事だよな。スイーツバイキングでも奢ってもらおうかな。
そんな未来を予想していたのだが、ふみやの線香花火の勢いが天彦よりも早く、火種が今か今かと破裂寸前ギリギリである。下手に動かしたら落ちてしまうのではないかという危うさだ。
おかしい。あれだけ胡座を描いていた自分が、今となっては顔面蒼白で体や手を動かさないように、ふみやは体を強張らせていた。一瞬の隙が命取りになるというのに、隣の天彦はきゃぴきゃぴ嬉しそうにはしゃいでいる。
「こんなに長く持つんですねぇ!」
「そ、そ、そ、ソーダネ」
大瀬と理解は既に勝負が終わっていて、後片付けを始めていた。テラと慧は、まだ粘り合っているようだ。
ーーー俺のケーキが無くなるのは、嫌だな。
俺は、悪いことと正しいことの判断がつかない正邪のカリスマだ。ここは一つ、彼の邪魔をしてしまえば良い。
我ながら、名案だ。なるべく口角が上がらないように、ふみやは天彦の肩をポンと叩いた。
「天彦」
「はいなんでしょうか、」
考えたら、花火をやっているのだ。光は、3m先のテラ達の使用している蝋燭と手元の線香花火しかない。お互い至近距離なことを、すっかり二人は忘れていたのだ。
天彦の顔が振り返って、俺の唇に当たった。
「、あ」
当たった瞬間、ポトと火種が地面に落ちた。
俺がキスして火を落ちたことを誤魔化したのだと、天彦は思っているかもしれない。
ーーー今のは、完全に事故なのに、なんで、同じ男なのに天彦の唇がこんなにプルプルなんだ?
やがて二人分の線香花火は消えて、真夏の星が耀く夜にテラくんの勝ちー!という声だけが響いた。
※
「二人とも顔真っ赤ですが…」
「あー…火傷しちゃって」
「僕も…火に当たりすぎたかもしれません…」
「チャッカマンなのに…?」