とくべつ 俺の人生、こんな事ばかりだ。
強い光に焼かれそうで、それなのに焦がれて。だけどその光に手を伸ばすのをやめられない。自分がない俺には、そういう生き方しかできないのかもしれない。そうだとしても、やめてしまえたら良かったけれど。もう今更、どうやって変えたらいいのか分からないでいる。
人と関わりたくない人なのだと思った。程よく距離を置いて、必要な時だけ共に仕事をする、そんな関係でいいのだと、最初は思った。俺ももう誰かと過剰に近づきたくなかったし気楽でいいと。それがなんだ、部屋から出てきすらしなかった人が、今こうして俺たちに生き残る術を教えている。
呪い屋らしく陰気で鬱々とした、だけどその反面かつての英雄だという頃の面影を確実に残した、真面目なこの人は。いつだって人のためにばかり動く、俺とは似ても似つかない、立派な人だった。
今日も今日とて魔法の理論の解説に、試験。未だにどうにも慣れないこれらに、思考はあちこち飛ぶばかりだ。今もこうして、ファウストの顔を眺めて取り留めもないことばかり考えている。……あ、やべ。
「君はさっきからこちらばかり見ているけど、聞いているの?」
唐突に目が合ったと思えば、呆れ顔を向けられる。
「あー、なんだっけ」
ノートのメモを一応遡ってみる。ほとんど真っ白なそれに、諦めの気持ちが勝った。
「なんだネロ、聞いてなかったのか」
「わり、今なんの、」
「はぁ、静かにしなさい。もう一度説明するから――」
横からシノの茶々が入るもまとめて一蹴し、すぐさま軌道を修正される。同じことをもう一度やったら追加で課題を出されそうなので、さすがに集中するかと座り直した。
その真面目さと誠実さは俺とは正反対で、ある種の潔癖さがある人。だから気なんて合うはずがない、そう思ってた。それがまさか、こんな風に気を許し合って二人きりで晩酌をする仲になるなんて。次々と瓶を空にしていくファウストに、改めて不思議な気分になる。友だちかも、なんてうっかり思ってしまうくらいにはもう、俺の中で占める彼の割合は大きくなってしまっていた。こうして週に何日かは晩酌をして、取り留めのない話をして。この時間は気を抜いて過ごせる、貴重なひと時だった。
そうして結構な期間、友人だなんて気恥しいことを伝えるか迷っているうちに、いつの間にか気持ちの種類が変わっていって。友人、なんて言いたくないと手のひら返しをしたくなってきた頃、が最近。けど、それを伝える気なんてさらさらない。今の関係を壊してしまうより、このままでいる方が俺にはちょうど良かったから。そんなことばかりの思考に支配され、考えて、考えて、考えればその分酒も進むわけで。ひどい酔っぱらいだと気が付かないくらいに、俺は酔っ払っているみたいだった。
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「せんせぇ」
「なぁに、情けない声を出して」
柔らかな、優しい声。酒が進んでリラックスしてくると、この人がこういう声で穏やかに笑うのだと、もう知っている。さっきの授業とは反対みたいだ。特別をくれたみたいで、俺はこれが好きだった。これまたさっきみたいに表情をじっと眺める。今度は、咎められなかった。
「俺さ、先生のこと、好きかも……」
あ、言っちゃった。いいんだっけ?まぁ、いいか。酔いのまわる頭では、もう善し悪しの判断がつかない。
「は[#「」は縦中横]」
ファウストが、零れそうなくらい目を見開く。そんなに驚いた?さっきまでとろんと溶けていた瞳がいつもみたいに戻る。あ、もったいねぇ。せっかく、おいしそうだったのに。
「ふはっ、声でけぇ。明日シャイロックにからかわれそー」
ケラケラと笑いがこぼれる。なんだか、気分が良くて仕方がなかった。自分の発言がファウストの表情を変えさせたからかもしれない。
「……かもってなんだ」
対してファウストは、むっと唇を引き結んでこちらをじとりと見つめている。何が不満なんだろ、俺はこんなに楽しいのに。
「かも、はかもだよ。だって俺そーゆーのよくわかんねーし?」
「僕の方が分からないが?」
「えー?」
「どう考えたって分かるわけないだろう、僕が何年引きこもっていたと思って、」
「じゃあ、考えてよ」
手を、握る。いつもは気づかない間にしてしまっているのに今日に限って気がついたのは、ファウストの手がいつもより熱かったから。いつもは、俺よりひんやりしてて、気持ちがいいから。しばらくぼんやりと手を眺めていたら、じわじわと赤みが集まってくる。視線を上げてみれば、今度はまた顔が赤くなっている。
「……君が、教えてくれるんじゃないのか」
急に照れるんだから、本当にこの人のポイントが分からない。え、てか、この反応って。
急速に酔いが冷めていく感覚がわかる。
「え、マジ……?」
「は[#「」は縦中横]君から言ったんだろう!今更冗談だなんて言われても、」
「いや、いや!そうじゃ、なくて……」
「なに?」
「言うつもりなかったのに、口走っちまったから……」
語尾はもうヘロヘロで、情けないことこの上ない。
「ふふっ、それで焦ってるの?」
「なんだよ、こんどは余裕そうじゃん……」
「だって君の方が慌ててるから」
そう言って、ワインを一口。本当にいつもの調子を取り戻しているみたいだ。悔しくて、今度はギュッと、両手を握り直す。
「てかさ、それって、いいってこと?」
「……分からない、から、確認させて、くれ」
そう言って目をそらすのはあんまりに珍しくて、今度こそとびきりの特別をもらってしまった気がした。