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    もちろん二人で3、開催おめでとうございます…大遅刻すみません…。
    人を眠らせる絵の中に迷い込むネロの話です。

    #ネロファウ
    neroFau
    #ネファ
    nepha.

    この夜を灰にして 燃える火のおとがする。
     シダの葉が繁る深い森のなか、獣の足跡を避けてすすめば、じきに水辺にたどり着く。夜の湖畔は月光を映して眩しい。透き通った水底には、朽ちた花びらや、生き物の真白い骨が沈んでいる。浅瀬にうちあげられた旧い小舟と、屋根のない水車小屋。その、ほとんど崩れかけた小舟の端に座って、誰かが火を起こしていた。集めた焚き木をくべながら、彼は歌を口ずさむ。なだらかな頬を赤く染めて、秋雨のように穏やかな声で。すみれ色の眸に、淡い翳を落として。夜にみる灰は、雪に似ている。だから初め、俺はそこにだけ雪が降っているのだとおもった。雪のように降る灰だなんて、あまりにも寂しい。そうおもってしまうのは、俺が北の生まれだからだろうか。けれどもその光景は、不思議と俺を懐かしく、安らかな気持ちにさせた。そういう、絵だった。俺が迷いこんでしまったのは。

     ***

     その眠る絵の話は、晶から聞いたことだった。彼は食堂でカナリアの手伝いをしていて教わったらしい。
    「もう一月になるそうなんですけど」
     いわく、中央の美術館には、庭に面した長い回廊があり、そこにとある聖堂から移植した壁画を展示しているのだが、それをみた人が次々と眼を醒さなくなっているのだという。だが不思議と誰も悪夢に苛まれているようではないらしい。大人も子供も関係なく、寝顔に安らかな笑みを浮かべて、ただこんこんと眠り続けている。植物のような静けさで。
    「これも厄災の影響でしょうか?」
    「うーん」
     その時俺たちは中庭にいて、気まぐれにやってくる猫に餌をやっていた。木陰にだらしなく寝転んで、俺は生返事をする。朝の日差しが、青々としげる木々の隙間から漏れ出して、芝生のうえに淡い翳を落としていた。
    「その可能性は高いだろうな」
     朝食の残りを乗せた皿を彼らのほうにおしやって、ファウストが顔をあげる。やっぱり、と晶がつぶやいた。
    「流石にその回廊は閉鎖しているらしいんですけど、それはそれで絵をみられないって苦情が絶えないらしくて」
    「へえ、そんなに有名な絵なのかね。先生知ってる?」
    「僕が中央の美術館に行くわけがないだろう」
     苦いものを噛むような声でファウストがいった。俺はおもわず笑う。以前のファウストなら、この手の話に付きあうことすらしなかったろう。少しずつ、許されている。心のひだを、解かれている。その、あまりに細やかで、けれど確かな手触りを直に感じられるのは、なかなかどうして心地がいいことだった。最も、今日は彼の膝で甘える猫のおかげかも知れないけれど。
    「カナリアさんは、湖畔の絵だっていってました」
     芝生に横たわる猫の腹を撫でながら、晶がいった。
    「え、みたのか?」
    「もうずっと前のことですよ。聖堂にあったころの壁画を、一度だけみたことがあるらしいです」
     それで……、と言いかけた晶が、ふと躊躇うように口をつぐんだ。俺とファウストは顔をみあわせる。任務の依頼を迷っているのだろうか。だとしても、今更それで物怖じするような子供ではない筈だ。
    「賢者さん?」
     晶ははっとしたように顔をあげた。彼の手に撫でられていた黒猫が、するりと茂みの向こうへ消えてゆく。中庭の噴水が、水を撒いてあたりにちいさな虹を作った。ファウストはそれをじっと眼で見送った後、
    「晶」
     と、彼の名前を呼んだ。
    「構わないから、いってみなさい」
    「だけど……」
    「大丈夫だよ。それに……、大方予想はついてる」
     レンズ越しの眸が、やわらかなひかりを湛えて晶をみる。呪い屋なんてしている癖に、その眼差しの明るさはなんだろう。海の際にかかる残光みたいだ。混じり気がなくて、透き通って、どこか物寂しいから、何もかも打ち明けたくて堪らなくなる。だから俺は、ファウストのその眼が、時々少し、怖い。
     晶はまだ少し迷っているようだったが、やがて小さく息を吐いた。
    「カナリアさんが、いってたんです」
     それから、こんなことをいった。
    「あの湖畔には、聖ファウスト様がいらっしゃる、って」

     ***

    「どうぞ、火のそばにお座りください」
     焚き木を折って火にくべながら、彼はそういって俺を手招いた。暗がりに浮かぶ横顔はまだ幼く、少年といってもいい。冬だというのに薄い外套一枚で、緩くのばした鷲色の髪を背中に流している。向かいに腰掛けると、彼は木の器を差し出した。湯気のたつ器の中に、あたたかなミルク粥が注がれている。
    「こんなものしかなくて……。でも、もし良ければ。体が温まりますから」
     器を持つ指は白く滑らかだった。火傷どころか、擦り傷ひとつない。俺の知っているファウストの手は、中指が少し歪で、いつも微かに薬草の匂いがする。彼を描いた人間は、ファウストがどんな手をしているのかまでは知らなかったのだろう。あるいは、ひょっとするとそれはさかしまで――……、俺が、知らないだけなのかも知れない。傷ひとつない手をしていたファウストのことを。それが失われる前のことを。白百合のような指先をみながら、そんなことを考える。
    「こんな所まで、一人で来たのか?」
     粥を匙で掬って、俺は訊いた。彼が頷く。
    「仲間とはぐれてしまって」
     俺はファウストの過去を知らない。だから、この絵がいつ描かれたもので、彼がどこへ行こうとしているのかも、まるで判断がつかなかった。(そもそも、中央の土地にはそれほど明るくない)けれどこんな夜更けに森を抜けようというのだから、生やさしい事情ではないのだろう。
    「夜を明かすには、ここは寂しすぎやしないか?」
    「そうでしょうか」
    「まあ……、少なくとも、俺にとってはそうかな。人がいてくれないと、商売にならないし」
    「何をされているのか、伺っても?」
    「ただの飯屋だよ」
     まさか、今更ファウストとこんな話を交わすことになるとは思わなかった。流石に少し気恥ずかしい。すると彼は「えっ」と声をあげて、何故か耳もとをあからめた。
    「本職のかたに、こんなものを出してしまって」
     なんだ、そんなことを気にしてたのか。
    「いや、美味いよ。隠し味を教えて欲しいくらいだ」
    「本当ですか?」
    「先生に嘘はつかないよ」
    「……先生?」
     間違えた。
    「はは、いや――……、その、知り合いに似てて……」
     苦し紛れに答えたなら、彼は――……絵の中のファウストは、ほっとしたように頬を緩めた。伏せた眼の光彩に、火の揺れるさまが映る。その、あまりに健やかな表情、例えば今ここにいる俺が、自分に石を投げるだなんて疑いもしない善良さに、俺は軽く打ちのめされた気持ちになった。今だって、そういう片鱗がないわけじゃない。それでも、俺には分からなかった。この混じり気のない少年が、遠い日の、俺の知らないファウストなのか、それとも――……。
    「なあ」
     長い睫毛がゆったりと持ちあがり、ファウストがこちらをみる。
    「さっきさ、何を歌ってたんだ」
    「え?」
    「歌ってたろ、俺がここに来る前」
     ああ、と頷いて、
    「故郷の歌です」
     そういって、歌のつづきを口ずさんだ。まだ硬質な少年の声が、夜の森に、みずのようにすみわたる。それは夏至祭の歌だった。幼い妹のために、花冠を編んでみずに投げ入れる。夏至祭が来るたびに、彼は花を編む。うつくしい冠が、うけとられたことは一度もない。それを被る筈の妹は、もうずっと前に死んでしまったから。物悲しい歌の筈なのに、彼が歌うと、不思議とそれは祈りめいて聞こえた。俺の知るファウストなら、幼い妹の死を、こんなにもうつくしく歌ったりはしないだろう。歌のために設えた悲劇に皮肉をいい、毒を吐き、それでもその少女に祝福の魔法をかけてやる。そういう、愛し方をする。きっと。それが例え空想の物語でしかなくても、眼のまえにある死や痛みを、うつくしいとは呼ばない。
     俺は少し眼を閉じ、それから向かいに座る彼に手をのばした。やわらかな髪に触れる。彼は歌うのを止め、じっとこちらをみつめた。眼鏡ごしではないすみれ色の眸。憎しみや傷や臆病や、ミルクのような濁りのひとつもない、幼く透徹とした眼差し。
     もしこれが、誰かの祈りを反射した残光でしかないのなら、俺はあんたをそんなものにしたくはない。
    「ごめんな、ファウスト」
     火に触れてしまわないように、痩せた身体をそっと引き寄せる。
     指先にちからをこめ、それから。

    「――アドノディス・オムディス」

     ***

     眼を開けると、真夜中の回廊にたっていた。美術館特有の湿った空気と、降り積もった時間の重み。水流で川底の石が削れて浮かびあがるように、まだ眠りを漂う意識を、それらがひとつずつ現実に引き戻す。
    夜気にさらされた手足が冷たい。中庭の池にうかぶ蓮の花がさざ波で揺れ、かすかに甘い匂いがした。
    「ネロ」
     声のするほうに振り向けば、ファウストがこちらへ近づいて来るのがわかった。今夜は新月のためか、あたりはひときわ暗い。そのなかで、気難しげにひきむすばれたくちもとや、眼鏡ごしの眸が、青白く滲んでみえた。
    ファウストは重たいため息を吐いていう。
    「教師を出し抜くとは、まったくいい生徒だな、君は」
    「それって褒めてる?」
    「馬鹿。怒ってるんだよ」
     随分直截なものいいだ。よっぽど、腹に据えかねているんだろう。俺はへらりと笑い、ごめん、と答える。彼の眉間の皺がますます深くなった。けれどそれ以上はなにもいわず、俺の隣に並ぶ。
    「これが、そう?」
    「うん」
     回廊に描かれた壁画をみあげて、頷く。シダの葉が繁る深い森の湖畔。浅瀬にうちあげられた旧い小舟と、屋根のない水車小屋。透き通った水底には、朽ちた花びらや、生き物の真白い骨が沈んでいる。そこにいた少年の姿は、もう、どこにもない。
    「僕が、燃やしたかった」
     壁画をみつめて、ファウストがしずかな声でつぶやいた。すみれ色の眸が、夜の暗がりのなかで瞬く。そこにある重みに気づかないふりをして、俺はわざとおどけた声でいう。
    「聖ファウストは人違いなんだろ?」
    「人違いだよ。それでも、僕がそうしたかった」
     そういった彼の横顔は、ひどく凪いでいた。あるいは諦めているようにもみえた。憎しみや怒りが風化して自分の手を離れていってしまうことを。瑞々しい感情のまま留めておけず、新しいなにかを愛しはじめてしまうことを。決して許せないものを、許さないままでいることは、本当はとても難しい。もし俺が先回りしなかったとしても、ファウストはきっとこの絵を燃やしたりはしなかったろう。そうして、そうできない自分に酷く傷ついたかも知れない。それが嫌だった。祈りと崇拝だけで描かれた彼が、この先永遠に残り続けるのだとおもうと、堪らなかった。そこにある筈の呪いも憎悪もなかったことにされて、ただ真珠みたいに透明な彼を、ファウストだなんて呼んで、愛して、そんなのはただの傲慢だ。そんなものを、彼にみられたくなかった。誰かの祈りのために傷ついてしまわないで。こころを揺らしてしまわないで。本当は、そんなことをおもう俺自身が一番弱いのだと、知ってはいるけれど。
    「ごめんな、先生」
     そうしたら、ファウストはこちらをじろりと睨みつけた。
    「きみ、どうして僕が怒っているのかわかってる?」
    「え……、先生のいうことを聞かなかったから?」
    「違う」
     ファウストの手が、軽く額をこづく。それからふっと唇をほころばせて、
    「勝手に危ない真似をするなといってるんだよ。……君が無事で良かった」
     そういって微笑む彼の横顔が、絵の中の少年にとてもよく似ているから、俺はどうしても上手く笑うことができない。
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    13_rooms

    DONE学生ネロ×作家ファウストで、ネロがファウストに自分の片腕をひと晩貸してあげる話。設定は川端康成の「片腕」のパロディです。
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    ネロ×ファウスト現パロwebオンリー「ネオンの現に祝杯のファセット」開催おめでとうございます!遅刻してすみません!
    アンディーヴと眠って「先生、眠れないの?なら片腕をひと晩貸してやろうか」

     先生、と僕を呼ぶ彼は、右腕を肩からはずして、それを参考書のうえに置いた。僕はおもわずあたりをみわたす。旧い喫茶室は昼間でも薄暗く、煙草の煙で視界がわるい。おまけに狭い店内のあちこちによくわからない置物や観葉植物が置かれているせいで、僕らの席は完全に死角になっているようだった。(もっとも、この店の主人も客も、他人に興味を払うような性質ではないのだけれど)
     ネロは残ったほうの手で頬杖をつき、僕のほうをじっとみつめた。都内の私立にかよっているという彼は、大抵学校帰りの制服姿でこの店にやって来る。着崩した指定の上着となにかのロゴがはいったTシャツ、フィラのザック、履きつぶしたコンバース。けれども今日はそのシャツの片袖が、萎れた花みたいにうなだれている。僕はテーブルに置かれたものに眼をやった。どこをどうみても、それはやっぱりネロの右腕だった。中指にできたペンだこはみなれたものだったし、手首につけたリストバンドはいつも彼がしているものだ。だというのに、彼の手を離れたそれは、酷く馴染みのない置物のようにみえた。例えば博物館の硝子ケースに飾られた化石や恐竜の骨みたいに。いや、この場合、文字通り手が、離れたのか。ぼんやりとした頭で、つい、くだらないことを考える。
    7525

    13_rooms

    DONEムルの悪戯で右眼が石になったファウストと、石になった彼の右眼を磨いてあげるネロの話(ネロファウ)
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    ファウスト&ネロ全関係性内包Webオンリー『隣にいてもいなくても』開催おめでとうございます!
    Sweet Child O'Mine 朝おきたら、右眼が石になっていた。目蓋のおくがやけに腫れぼったくて重たく感じる。瞬きをすると睫毛が冷たい。新雪に触れたようだ。さすがに面食らって談話室へ降りていくと、おはよう、といったクロエの耳が綺麗な真珠貝になっていた。彼の隣で紅茶を淹れながら、ラスティカが真珠と海の歌をくちずさんでいる。白磁のティカップに触れた小指は、よくみれば青ざめたサファイアだ。どうやらムルの悪戯が原因らしい。
    「あの野良猫には後できつくいって聞かせますので」
     シャイロックはそう微笑んで、ゆったりとした仕草で煙管をひとくち飲んだ。美しい彫り物のされたそこを、ルビーの爪先が撫ぜる。言葉とは裏腹に、彼はこの状況を楽しんでさえいるようだった。相変わらず、西の魔法使いたちは不可解だ。これからお茶会だという彼らに丁重に断りをいれ、部屋にこもる算段をはじめる。呪いの類でないなら僕の専門外だし、なにより、あのムルが仕掛けたものに手をだすほど馬鹿じゃない。火花に手を突っこむようなものだ。それなら自室で嵐が過ぎるのを待つほうがいい。
    3092

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