出会い あんまりにも可哀想だと思った。
その知らせを聞いたとき、私はもっと引き止めておけばよかったと後悔した。西の地区で大規模火災が発生して、全面的に立ち入り禁止。元々日が落ちるまで人が少ない地区だった。それでも命からがら逃げてきた人を政府のもの達が保護している。
その中に見知った影がないか探した。ない。立入禁止となった地区から離れようと走る人々を押しのけながら、あたしはその地区への向かった。あの子は走るのが苦手だ。短距離走でも長距離走でもいつも最下位だったし、平坦な道でも躓くような子なのだ。逃げ遅れたに違いない。
燃え盛る家屋は轟音と共に焼け落ちる。でも、耳をすませば、怒号と金属がぶつかる音が聞こえてくる。あたしはこれがなんなのか知っている。歴史修正を図り、あたし達がいる歴史を壊そうという勢力がいて、この地区にはそれらから歴史を守る人がいた。これは、その敵対勢力に直接兵を送り込まれたのだ。
しかも周りの一般市民さえ巻き込む形で、人々を守りながら戦うことを強いられた。あたしがあまりにも立入禁止区域に近寄るから、誰かがあたしの腕を掴む。構わず振り払おうとしたけれど、行ってはダメだ、と厳しい口調で話しかけられた。振り返るとあたしより少し年上の男の子が立っている。
「君が行っても邪魔になるだけだ」
政府から派遣されたものだろう。帯刀をしていることから、あたしはそう判断した。
「中に誰がいるのかい」
「…友達」
あたしの回答に彼は目を細める。表情は読めない。
「そう。残念だね」
中では命を捨ててまで戦っているものだ達がいる。被害を広げまいと必死に戦っているのだ。
「普通はね、立入禁止区域に近寄るなんてできないんだ。そうなっているのに、君は平然と近づいてきたし、僕の姿も正しく見えているね?」
あたしはその質問には答えなかった。でも、そんな小手先の誤魔化しが通じるような相手じゃない。目の前にいる彼は人ではなく、立入禁止区域、結界の内側で敵対勢力と戦い続けている存在と同じもの。刀の付喪神が人の身をとった刀剣男士と呼ばれる存在。銘は分からない。源清麿に似ていると感じたけれど多分違う。
「政府はこの中で起こったことを綺麗さっぱり片付けてから、解除するつもりさ」
何を言いたいのかあたしが理解できないでいると、彼はこう言った。
「明日もう一度話をしよう。中に入りたいんだよね?今は駄目だ、彼らの意志を無碍にできない。今日はもうお帰り。でも、明日以降なら何とかできるかもしれない」
そっとあたしに何かを握らせて、目の前の男士は小さく微笑んだ。
渡されたのはメモ紙だった。近隣の神社。そこに来いというのだ。あたしは迷わなかった。男士という存在は基本的に善良だ。人を助ける、歴史を守る、そのために居てくれる存在。
念のため、サバゲ―で使う装備で身を固め、あたしは学校をさぼって翌朝その神社へと向かった。当然のように彼はそこにいた。あたしが来たのを見ると、やあ、と穏やかに声をかけてくる。
「来ると思っていたよ。君、結構我が強そうだし」
彼は“ヨツ”と名乗った。男士であるなら銘があるだろうに、それを彼は明かそうとしなかった。訳アリでね、とだけ小さく続ける。
「僕はまあ、君から見ると刀剣男士の枠組みだと思うのだけど、今は時の政府の技術開発を担うところに所属していてね」
「だからなに」
あたしの言葉にまあ慌てないでよ、と彼は言う。
「言ったろう。僕ならあの立ち入り禁止区域の結界を破って、君をあの中に入れられるし、外からナビゲートすることもできる。」
「なんであたしに」
「ううん、これは結構私情が入るというか……。まあ、あの結界の仕組みを作ったのは僕だ。だから、君一人入れるくらいどうってことない。ただ、猶予は一日。それ以上は出来ない。何故なら、政府管轄のこの歴史の男士が残党を狩りに来るし、術者、職員が現地で作業をすることになっている」
嘘をついているようには見えないが、協力を申し出るはっきりとした理由を彼は言いたがらなかった。言えない理由でもあるのだろうか、本当に信用してもいいのか、あたしは考えた。
でも、結局、幼馴染のあやるを見つけたいという気持ちが勝った。親御さんは仕事に出ていておそらく無事だったと思う。でもあやるは違う。あの時間、寄り道していなければすでに家にいたはずだ。襲撃を受けた本丸をせめるつもりはないけれど、それでも、何にも知らないあの子の家の近くに、何故大規模な本丸を建てることを許したのか、時の政府の指針にはいささか疑問があった。
「どうすればいい?今から行けるの?」
あたしは話をきりだす。ヨツはにっこり笑うと方法を話し始めた。
*****
ヨツは神社でナビゲートをしてくれるという。あたしに腕時計みたいな端末を渡してきた。なんでも、これをつけている人間から半径五十メートル以内の索敵ができるらしい。着ける人間は審神者の素質がある者でなければ意味がないとも言っていた。
「あまり大規模なものを使うと、バレちゃうからね。あと、さっきも言ったけれど、中には遡行軍の残党がいる。見つからないように」
あたしは審神者になるために、必要なことを勉強して、戦うのにも必要になりそうなことも身に着けてきた。だから、目くらましの術くらいなら自分でできる。それを見せると驚いたような反応をしていた。将来有望だねなんて言葉にたいして、あたしは知ってるとだけ答えた。
そして、指定された地点にあたしはいた。
結界が機能していることは見てすぐわかる。指定された地点というのは、立入禁止区域を横断するように流れる川と、ちょうど結界の境にある橋の下だ。あまり大きな川ではない。でも確かに、ここならすぐに見つかる心配はない。
ヨツから合図があって、結界にほんのわずかな綻びができる。あたしはそこから立ち入り禁止区域に侵入した。
『今のところ周りに敵はいない。動いているものの反応もないね。場所は分かるの?』
「分かるよ。幼馴染で何度も遊びに行ったことあるから」
『そう?まあ、分からなかったら住所言ってくれたらそこまで案内するからね』
あたしは川から上がり、街の有様をみた。見慣れたものなんて何一つ残っていない。あちこちからまだ燻ぶるような黒煙が上がっていて、電信柱もへし折れて、家屋はほぼ残っていない。がれきの山がそこにあった。
襲撃は本当に大規模だったのだ。足元に注意しながらあたしは進んだ。かすかに残されている塀や標識を頼りにあたしはあやるの家を探す。恐らくすぐ裏に本丸があるから分かるはず、そう思っていた。地面には金属片があちこちに落ちていた。それが何なのか分かる。刀剣破壊された男士だ。本当は拾って弔うこともしたいけれど、時間はそれを許してくれそうもない。何より、時の政府の調査が入る以上、やたらむやみに破壊された刀を拾うことは避けた方がいいと判断した。
そうして、何とかあやるの家についた。
何も残っていない。ところどころに押しつぶされて、燃えた跡がある。ヨツも何も言わない。だからこの家の中に動くもの……生きている人はいない。死んでいるなら掘り起こして、あたしがこの地区から運び出そうとも思った。でも、なんだかそういう感じもしなかった。焼けたならそういうにおいがするはず。でもないのだ。
『探さないのかい』
「……多分だけど、ここにいない」
一応、あやるの部屋があった位置のがれきを退けてみたが、それらしいものはない。居間、台所、縁側……と分かる範囲で歩く。がれきを退けて、仏間に入ろうとしたとき、畳の上に複数の金属片が落ちていることに気付いた。それを拾おうとして手を引っ込める。
「遡行軍の……」
『……破壊されているね』
つまり、あやるは何らかの手段で襲撃者を退けたということだろうか。それとも、あの本丸の男士があやるを助けたのだろうか。分からない。裏手にある塀の残骸を見る。恐らく入ることが出来るはずだ。
あたしがあやるの家から出て、本丸の方に向かおうとすると、ヨツが一応は引き留める言葉をかけてきた。聞かないのはもう理解しているようで、それ以上は言わなかったけれど。本丸の塀を越えたあたりで、通信がぶつと途切れた。おーい、と声をかけてもうんともすんとも言わない。
「うん?こんな時に人が来るなんてなあ」
落ち着いた声。それがあたしに投げかけられた。視線を向けるとがれきの上に金髪に白い装束の男が居た。恐らく男士だ。政府管轄の男士かと身構えたけれど、違うようだった。
「僕は一文字則宗。ここの本丸の刀、だった」
本丸の被害は甚大で、原型をほぼとどめていないのだろう。彼は言う。
「この下に、ここの生き残りがいる。でも、僕では掘れなくてね」
先ほど彼自身が立っていたあたりを指さす。手伝ってほしいというのだ。かなり大きながれきが多い。恐らく、男士達を遠征や出陣に出すための門があったのだろう。それらしき装飾が見て取れる。あたしが上から順にがれきを退かしていくのを、一文字則宗はただ見ていた。
「ちょっと、手伝ってよ」
「いや、すまんね。僕に出来ない」
ちと腰をやっちまってね、なんて、と冗談めかしく言うが、本当に動く気配がなかった。あたしはそれ以上何かを言うつもりもなく、黙々とがれきを退ける。
気付けば夕暮れ。ようやく地面が見えてきたところで、左手が見えた。手を握って引っ張ると、するっと出てくる。二の腕から下だけの手だ。血だまりが見える。
「まだ生きているんだ。頼む」
一文字則宗が繰り返した。屋根のような覆いかぶさっているがれきを退けようと、大きな木片を持ってきて屋根と地面の隙間に差し入れ、梃子の原理で持ち上げた。
黒髪の少年がうつぶせに倒れていた。黒い装束、見覚えがある。江戸三作の一振り。銘を水心子正秀。何とか屋根をどかせて少年の肩を叩いた。応答はない。だが、人の姿を保っているということは、折れていない、死んでいないということだ。
あの屋根の隙間にうまいこと入り込んでいたようだ。左腕はない。一応止血をして、腕も回収する。男士の身体は人よりも丈夫で切断ということが起こってもすぐに腐ったりとか、その部位が消えるということはない。ただ、時間経過によって、その切断された部位を使えるか使えないかが分かれてしまう。これ以上、悪くならないように……というのも語弊があるけれど、左腕に紙を巻いて、凍結の術を施した。
水心子正秀の本体もすぐに見つかったが、鞘だけが見当たらない。何か代わりになるものを、と思ったときにもう一つ、刀が見えた。
掘り出すと、それは折れていた。反りをみるに太刀、そして刃紋は美しくおそらく福岡一文字の刀であることを示しており、古備前の特徴も受け継いでいた。
「これ」
「良かったら、これでも使ってくれ」
赤い布を差し出された。目の前にいた一文字則宗は、先ほどまで異様なほど無傷に見えていたのに、今では片腕がなく、腰から腹の真ん中まで斬られ、白い装束はどす黒く変色している。
「どうか頼むよ」
にこやかにそう言い残して、一文字則宗は砕けるように消えていった。あたりを静寂が包む。彼は待っていたのだろうか。あたしの手には確かに赤い布があった。通信機から雑音がはいり、もしもし、という声が聞こえてくる。
『よかった、通信が突然切れて……』
「うん、そうね」
あたしはそれだけ言った。水心子正秀の刀を赤い布に包む。それと一緒に、一文字則宗の折れた刀も包んだ。本当は持っていくのは良くないと分かっているけれど。あたしはリュックに刀を差すように入れて、前に担ぐ。水心子正秀は背負った。
『わ、それ水心子?』
「そうだよ、生き残りだって。周り暗くて良く見えないから、どうなってるか教えて」
ヨツの言い方に少し引っかかりを覚えたが、今は問い詰めている時間はない。もうすっかり日が暮れてしまっていて、あたしでは目が利かなかった。目くらましをしているからと言って、正面切って遭遇するとバレてしまう。
ヨツは何処に短刀がいる、脇差が何処にいる、というナビゲートをしてくれた。今すぐに出ようにも、どうやら橋近辺に敵がいるようで近づけないとのことだった。
「一夜くらいどうってことないけどさあ」
『そこから、十メートルくらい進んだところに、まだ原型残っている鉄筋コンクリートの建物があるから、そこで過ごすといいよ』
ヨツの言う通り、建物があった。恐らく倉庫だったのだろう。周囲に人はいない。水心子を寝かせて、あたしも息を吐いた。疲れた。意識のないものを運ぶのは初めてだったが、本当に重いのだ。
『明かりは付けない方がいいね。遡行軍の短刀、脇差が活発に動いているから』
「月明かりはあるから大丈夫でしょ」
あたしは携帯食を食べる。意識のない水心子の顔を見た。本当にぼろぼろで、どんなに激しい戦いだったのか窺い知れた。ただ、門の前にいた理由が分からない。何故、あんなところにいたのだろう。
「色々あるよね」
まだ目を覚まさない水心子に上着をかけてやり、あたしは念のため起きたまま周囲を窺うことにした。