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    ごはんはおいしい

    書いたもの置き場。

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    POIPOI 4

    2月23日はにゃんにゃんみぃの日だから猫の日セーフ

    「では肥前くん、用意は良いかね?」

    柔らかな問いかけに幼子は頭の上にちょこんと乗った三角の耳を揺らして、大きく首を縦に振った。


    「まずはこの粉を混ぜてみよう」
    「おさとう?」
    「舐めたことはないが甘くはないと思うよ」
    「おしお?」
    「ううん……これは右から重曹、クエン酸、片栗粉というものでそれぞれ異なる役割があるのだけれど聞くかね」
    「いらない」

    良く言えば整理された、有り体に言えばろくに使われた形跡のない台所。作業台に届くようにと黄色い本体に白い水玉が描かれた踏み台に乗った肥前は首を横に振った。
    ボウルの中へばさばさと無造作に入れられていく白い粉を眺めるその頭の上では、黒い耳が小刻みに揺れている。どこかそっけない言葉とは裏腹に興味を引かれていることは左右に揺れる耳と同色の尾から察することが出来るだろう。
    赤い瞳はこれから始まる未知の体験への期待からか、子供らしくきらきらと瞬いていた。

    「さあこれをよく混ぜてもらおう」
    「ん!」

    ボウルを前にした肥前の袖を捲ってやりながら南海は細い肩を見下ろす。
    年の頃は人間で言うならば二つか三つ程。その年頃の子供と同じく手を使う遊びに興味をそそられるらしく、袖を捲られるや否や早々にボウルへと紅葉のようなその手を突っ込んだ。
    砂遊びの要領で粉を混ぜる肥前は砂とはまた違うその感触にぴん、と尾を伸ばす。南海にとってはそう大きくないボウルも肥前の小さな手には充分な大きさで、両手で捏ねるように粉を混ぜ合わせながら赤い瞳は楽し気に輝き、真っ白なボウルの中身と南海の顔とを交互に見つめた。
    静かな部屋の中にさりさりと粉が擦れる音が響く。
    夢中で粉を混ぜ合わせている肥前の隣で南海が取り出したのは霧吹きと既存の入浴剤、シリコンで出来た型だ。半円、四角、魚、果物と様々な型を並べているうち、それに気が付いたらしい肥前は手を止めて首を傾げた。

    「せんせえ、まぜた」
    「上手にできたね。次は肥前くんの好きな匂いの粉を混ぜようか、何が良いかな」
    「いちごにゅうにゅあじ」
    「味はしないねえ」

    これ、と粉だらけの手で肥前が取ったのはデフォルメされた苺と牛乳パックのイラストが描かれた袋だ。
    それは肥前お気に入りの入浴剤で湯の色も乳白色の淡い桃色に染まるため、毎度うっとりとそれに浸かっている肥前が飲んでしまわないかと柄にもなく南海をハラハラさせる代物だった。
    袋の封を破ってすっかり混ざり合った粉の上へと入れていく。
    一袋、二袋、三袋。
    いつもなら一つだけなのにと不思議そうな肥前の視線を余所に南海は霧吹きを手に取った。
    しゅ、しゅ、と軽い音と共に吹き付けられる水によって粉の表面の色味が濃くなっていく。色の変化が気になるようでボウルの中を覗き込み、霧吹きから噴き出る水が掛かる耳を何度も大きく震わせた肥前はその都度何をするんだとばかりに南海を見上げた。
    どうにも南海にはそれが面白くも可愛らしくも見え、思わず零れる笑いに肩が小刻みに揺れる。

    「ふふ。肥前くん、また上手に混ぜられるかな」
    「できる」

    任せろ、と腕まくりをしている袖を更に捲るような仕草を拙くもして見せた肥前はいそいそとボウルにまた手を押し込んだ。
    湿った粉は肥前の手で混ぜられる度に少しずつ固まっていく。上から押すと塊になる粉を前にまた黒い尾が揺れ、その様子から肥前がこの作業を楽しんでいる事は明白だ。自然と南海の手は肥前の小さな頭へと伸びた。
    手触りの良い猫毛を撫でながら並べていた型を近付け、意識を向けさせるように撫でていた手で肩を叩いてやるとすぐに肥前の手は魚の形をしたシリコン型へ向かった。

    「せんせえ、おさかな」
    「そうだねえ」

    玩具に関して察しが良いのが子供という生き物で、それは人の子ではない肥前でも例に漏れない。
    手に取ったシリコン型へ白から薄桃色へ変化した粉を詰めていく。何も教えずともその行動に出た肥前の様子を興味深げに眺め、南海は同じくシリコン製の板を取り出した。
    それを見た肥前はまたしても指示を待つことなくそこへシリコン型をひっくり返し、些か覚束ない手付きで桃色の魚を生み出していく。
    砂場遊びと同じだと捉えているのか普段は血色の悪い頬もうっすらと色付いていて、ふんふんと興奮した様子で生み出される魚は時々細部が崩れているものの本人は満足しているようだ。
    気付けばボウルの中身はすっかりなくなってしまい、板の上にはいくつもの魚が泳いでいる。もっとやりたいとばかりに唇を尖らせた肥前は南海を見上げ、シリコン型をその顔へ向けて差し出した。

    「せんせえ、にゅうにゅ」
    「うんうん、ちゃんと出来てえらいね」
    「もっとやる」
    「もう粉はないからおしまいだよ、明日のお風呂でこれを試そう」
    「……?」

    肥前の頭が大きく傾き、それに合わせて三角の耳も尾も同じ方へと傾いた。

    「これをお休みさせてあげると、明日のお風呂は肥前君の好きなお風呂になるんだよ」
    「!いちごにゅうにゅ!」
    「君は甘い匂いが好きだねえ」

    よしよし、と手癖のように頭を撫でて南海が魚の並んだ板を持ち上げる。
    鼻先を掠める人工的な甘ったるい匂い自体はそう得意ではなくとも、それを喜ぶ肥前の顔は好ましい。出来るだけ早く乾燥するように通気性の良い窓際へ運ぶその後ろをちょこちょことついてくる気配に自然と南海の頬は綻んだ。
    日の当たる窓際、置かれた板の上で横になる魚へ伸びる悪戯な手をやんわりと押し留める。視線を向けると分かりやすく頬を膨らませた幼顔と視線がかち合った。

    「さて、次は何をして遊ぼうか」
    「……!」

    ぴん、と長い尾が天を向いた。
    久しぶりに訪れた南海の休日は、まだ始まったばかりだ。
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