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    ごはんはおいしい

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    POIPOI 4

    一緒に寝たい先生と寝かしつけられる肥前くんの南肥

    もう如月も半分を終えたとある日の夜、先生とおれは布団を挟んで向かい合っていた。

    「何度も言うのだけれど、僕たちは腐っても恋仲と呼ばれる仲なのだから布団はひとつで充分ではないのかね」
    「普通の布団にふたりは狭い」
    「ふむ……」

    議題は、眠る時布団をどうするか、だ。
    夏の間は暑いからとそれぞれ自分の布団で寝ていたが、秋も中頃に差し掛かった頃から夜が肌寒くなってしまう。完全に冬に入る前の準備期間程度の肌寒さはそれでも暑さに慣れてしまっていた身には堪えるし、本格的な冬になればなおさらだ。
    真冬の間は布団をふたつくっつけて、その中心に身を寄せて寝ていた。
    お互いの体温で暖かいし、布団も狭くないし、ちょっと寝苦しくなれば自分の布団の中心へ逃げれば済む。
    だというのにこの先生は、「ふたりひとつの布団で眠るのはどうだ」と何度も何度も提案してくる。
    本丸には一般的な大きさの布団と長物用の広く大きい布団の二種類が用意されている。当然おれと先生の布団は一般的な大きさのもので、片方が短刀ならまだしも男の体を持ったふたりが眠るには窮屈だ。
    それをわかっているのかいないのか、とうとう業を煮やしでもしたのだろう部屋に戻るなり一組の布団にふたつの枕を並べた先生は一緒に寝ようと臆面もなく口にした。
    確かにおれと先生は所謂恋仲というものではあるが、今までの関係から何かが変わったということもない。
    ただ少し非番の時一緒に過ごす時間が長くなったくらいで特別大きな変化がないのに、急にひとつの布団に入って寝るぞと言われても困る。
    ――だってなんだか、本当に先生がおれのことを好きみたいだ。

    「……もういいだろ、もう眠いし布団敷くからな」

    練度が上がり切り夜戦に出ることも減った。そのおかげで規則正しい生活が身についてしまったおれは丑三つも近付いてくると眠くなってしまう。
    もう強引にでも布団を敷くしかない。けれど立ち上がって背を向けたおれが布団を取りに行くことは叶わなかった。

    「まあ待ちたまえ」
    「うわっ!」

    踏み出した足が空を切る。いつもより視点が高くなり、古い紙と墨のような先生の匂いが強くなった。
    数秒遅れて抱えられたと気付いた時には、おれの体は布団に腰を下ろした先生の腿の上に乗せられていた。いつになく機敏なその動きに言葉も出ない。
    大人しく黙り込んだおれをどう思ったのか先生は上機嫌な様子で少しだけ腰を浮かせ、まるで短刀を扱うようにおれを布団の上に転がした。
    片手で引き上げた布団を背に乗せ、おれに覆い被さる先生は楽しそうな顔をしている。見上げた先でおれの視界に映るのは板張りの天井とそこで煌々と光る室内灯、それからそれを遮って逆光になった先生の笑い顔だ。
    布団についた両手で顔を、背から垂れ下がる羽毛布団で体を挟まれ身動ぎの出来ないおれはただ先生の顔を見つめるしか出来ない。
    不意にあぁ、と小さな声が降ってきた。

    「肥前くん、僕の眼鏡を外してくれると有難いのだが。見ての通り両手が塞がっていてね」

    じゃあ離れたらいいだろ。
    いつもならそんな文句のひとつやふたつ思い浮かぶはずが、先生の匂いと圧迫感に碌に頭が回らない。
    手が震えていると気が付いたのは、取り払った眼鏡が小刻みにかちゃかちゃと音をたてたからだった。
    枕元へ手探りで眼鏡を置く。すぐに引き戻した指はやっぱり震えていて、それを少しでも誤魔化したくて寝間着の胸元を握り締めると息を吐くような微かな笑い声が頭上から聞こえた。
    なんだよという意味を込めて睨んでやると、今度は堪えきれなくなったようでくつくつと喉を鳴らす音に変わる。

    「そう身構えなくとも構わないよ。本当に、ただ一緒に眠りたいだけなのだから」

    そんな言葉と共に室内灯が落とされたのか視界が暗くなり、覆い被さっていた先生が隣に寝転ぶ音が聞こえる。慌てて端に寄ろうとするが一瞬遅く伸びてきた腕に抱き寄せられた。
    おれより筋肉量が多いからか先生の体は暖かい。
    脇差にしては低い体温で寝つきの悪いおれにとって、抜け出す気力を奪われるほどに暖かさが心地好かった。
    襖を閉じると外の音は殆ど届かない部屋の中、おれを抱き寄せた先生が今度は羽毛布団を頭のてっぺんにまですっぽり被せてくる。音がないそこで部屋の空気さえも遮断され、本丸の中にお互いの存在だけが残されているような錯覚に襲われる。
    自然とおれの手は勝手に先生の腰へ回っていった。
    抱き合うような姿勢で、いや、抱き合って分け合う体温が溶け同じ温度になっていくのが気持ち良い。せんせぇ、と無意識に零れた声に返事はなく、その代わりにおれを抱く腕の力が強くなった。

    「ほら、気持ちが良い。僕の鼓動が聞こえるかね?君の音も聞こえてくるよ。人間は他人の鼓動で安心する生き物であるらしい、それならば人の身を持つ僕たちも同じことだろうから明日からはこうして眠ろう」

    つらつらと流れていく水のように穏やかな声が何かを話しているのは分かるが、その中身までは理解できない。先生の声は耳障りが良く、一瞬遠ざかっていた睡魔をまた呼び戻していくように感じた。
    暖かさと心地好さと、それから静かに伝わってくる先生の鼓動。
    まるで世界にふたりきりになったような充足感に包まれて意識が途切れる直前、おやすみと囁くような声と共に柔らかい何かが額へと触れたような気がした。
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