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    kyou_t0506

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    kyou_t0506

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    【君との出逢いに感謝を込めて】のサンプル。
    支部には一話しか掲載していませんが二話まで、公開しています。

    君との出逢いに感謝を込めて【第一話、第二話】サンプル「はぁ、まぢかー…」
    目の前の光景に俺は頭を抱えていた。
    頭を抱えていても仕方がない、取り敢えずは服を着よう。全裸で居たら風邪を引く。
    良くない、仕事を休むわけにはいかない。
    体調管理は大事だ。
    うんうんと頷いてふわふわのベッドが揺れないようにそうっと降りて床にちらばった己の衣服を拾い集めた。
    集めながらつうっと太腿伝うのはナニかは気にしない、気にしたらダメなやつ。ちなみに腰やら、ケツが痛いけど気にしちゃダメだ。
    トイレに行きたいけれど無駄に物音を立ててベットの上でねむりこけてるヤツを死んでも起こしたく無い。
    何よりこの場を離れて風呂に入りケツの中を洗って予防は大事、避妊薬飲んで。
    ぴっちりと首に巻かれたチョーカーが無傷であることにほっとした。安物だけれど役に立ったようだ。
    産まれたての子鹿みたいにプルプル脚が震えるけれど何とか服を着てそっと部屋を出た。寝室だけで広い、と思ったけどリビングはもっと広かった。あの人何者、そして誰。寝顔は恐ろしい程綺麗だったし、お肌艶々だけど筋肉もちゃんとついてて逞しかった。
    Ωだし、いつかとは思ってたけれどこんなに何も分からないままに初体験を終えてしまうとは。
    ソファーに置いてあった自分のカバンを拾って玄関にあった靴を履くとぺこりと頭を下げた。

    「(お邪魔しましたー、今宵のことはどーかキレーさっぱり忘れてくださいっ!)」

    心て叫び。
    俺は見知らぬ家から飛び出した。












    第一話 慰謝料は如何程で?

    「店長、ボケーッとしないで手ぇ動かしてくださ~い」背後から長谷川さんの声がし、ビクッと肩を震わせ手に持っていたパッケージを床に落としてしまった。
    「ご、ごめん!ちょっと考え事してた!」
    落ちたパッケージを拾って棚に返し、返却されたディスクの片付けに取り掛かる。
    俺は店長ではあるけれど街の片隅にある小さなレンタルショップの雇われ店長だ。Ω性であるにも関わらず雇って貰えてるだけでありがたい。生活はキツキツだけど。
    なんなら、休みもあんまり無いけど。
    昨夜の疲労が取り切れなくて少し体が重い。体力には自信があったのだけども日頃使わない筋肉まで使ったような痛みが少し残っている。
    帰って全身洗いまくったし、中のアレも頑張って掻き出した。
    まさかシリに指突っ込む日が来ようとはと、ちょっと泣いた。ちゃんと薬も飲んだ、完璧。
    誰だか分かんないイケメンさんの家と思ったのは高級マンションで一階のロビーなんか、コンシュルジュさんまで居て「お帰りですか、お気を付けて」なんてピシッと綺麗に頭下げられちゃって頭下げ返すって言うよりこんな身分のものが敷居をまたいで申し訳ございませんと土下座した。
    びっくりしてた、当たり前か。
    なんで、あの部屋に居たのかさっぱり覚えていない。
    あの男の人だって誰なのか知らないのだ。始めて見る顔だった。
    まさか。
    俺、いきなりヒート起こしてあの人を誘惑したのか?ちゃんと薬でコントロール出来てたし、なんならヒートは来月だ。まだ起こるはずはないのに。
    すうっと、血の気が引いた。
    こいつが俺を誘惑してきやがった、慰謝料寄越せコンチクショーとか言われたらどうしよう。
    ちょっと一昨日に記帳した貯金通帳の残高を思い出す。七万あった…。
    家賃で三万払うし、光熱費と食費で二万残したいし、お薬代で一万八千円。

    慰謝料二千円で許してくれるだろうか…。

    あんな豪邸住んでるんだから、貧乏Ωの払えるお金は察してくれる良い人だといいな。
    「店長〜」
    長谷川さんの大きな声がして思わず背筋が伸びた。
    「働いてます!」
    「お客さんですよ〜」
    「お客?」
    はて、オススメでも知りたいのだろうかとレジの方に向かいそこにいた客の姿を見てビシッと固まった。
    悲鳴を上げなかった俺を褒めて欲しい。
    「【花垣武道】店長、オススメの映画を借りたいのだけれど」
    寝顔しか見てないけれど、昨夜同衾したあの男の人に間違いない。だってこの頭特徴有るんだもん。左頭にきれーな剃りこみ。チェーンのピアス。
    アジアンビューティーなお兄さん。
    寝顔もイケメンでしたが覚醒されたらもっと凄いですね。なんというかオーラ。周りの視線が痛い。
    店内にいる数少ないお客さん皆がお兄さんを見詰めてる。
    「い、しゃりょーは」
    「は?」
    「いしゃりょーはにせんえんでいいですか」
    「は?何言ってんの、お前」
    「慰謝料のご請求では?」
    「聞こえなかった?オススメの映画を借りたいって、俺は言ったんだけど。
    日本語通じてる?花垣武道くん」
    「ひっ、何で俺の名前」
    そう言って彼がスッとカードを差し出してきた。俺の個人カードだった。
    「わ、忘れ物っすね!すいませーーーん!」
    受け取ろうとしたらひょいとかわされた。
    「俺さぁ、ちゃーんとピロートークも準備してたのなんで帰った?」
    ぴ、びろーとーく?ってなに!?
    すっ、と。
    イケメンさんの手が伸びてきた。叩かれる?と思い肩をすくめると耳たぶを摘まれる。ちりっ、と痺れのようなものが背筋に駆け抜けた。
    「分かんねぇの?」
    ふっと笑ったイケメンさんの瞳を真っ直ぐに見た途端、ガクンと膝が折れた。
    「おっと」
    咄嗟に腕を掴まれて床にへたり込むことは無かった。
    「アンタ、強い薬使ってんだな。身体壊すぞ」
    「う…、機関のテスター登録してるから…安く貰えるんですよ」
    「成程、そのテスター辞めろ。身体に良くねぇ」
    「は?なんでいきなりそんな…」
    「何時上がりだ、今日」
    なんだか好き勝手言われて腹が立ってきた俺は言いたくありませんとそっぽを向いた。
    途端、ギリッと腕を掴む力が込められて顔を顰める。
    「慰謝料どうの言ってたな、これぐらい貰っても」
    と、俺にパーの掌が向けられる。
    「ご…ひゃくえん?」
    「万抜けてる」
    ごひゃくまん?!
    「終わる時間を教えてくれるならチャラにしてやる」
    その言葉に俺は素直に「二十一時です」と、答えた。

    のだが。
    その二十一時、は…とうに過ぎ。
    「テメェ、巫山戯てんのか」
    イケメンさんはすこぶるご立腹だった。
    「すいません、先月の会計報告まとめないと上の者に叱られちゃうんで」
    ぱちぱちとパソコンのキーを叩いて、報告書を作っているのだけど俺はなにぶんパソコンに疎くて毎月これには悪戦苦闘している。
    「何時だと思ってる。もう二十三時だぞ」
    「残業代出ません」
    「ブラック企業、潰してやろうか」
    「やめてくださいよ、俺の職場なんですから」
    「専業主婦で良くねぇ?」
    「さっきから何を言ってるんですか。だいたい俺は…あっ、あなたと、どっ、同衾しましたけど!名前すら知らないです!」
    「はぁ?!昨夜教えてやったろうが」
    「ひー、覚えてませーん」
    「あんだけ最中に俺の名前呼びまくってヨがってたのに…マジか!」
    「なまなましいから、やめてください。それは俺じゃない、きっと未知の世界の俺です」
    「ここに来て異世界トラベラーか」
    「おかしいな、ちゃんとヒート来ててお前、どろ…」
    「なまなましいの厳禁!俺は仕事中です」
    「紙見ながらノロノロ打ち込むな!おせぇ、暗記して打ち込め」
    「無茶や…この人」
    「貸せ!」
    そう言うと手に持っていた報告書を取り上げられてしまった。ひー、企業秘密ぅ!!
    「大した稼ぎもねぇのに報告必要なんか、大赤字じゃねぇか」
    「俺、頑張ってます!って本社に言ってますよ!」
    「お前、マスコットか何か?居るだけでいいぞ的な?」
    「いえ、店長です」
    マジ辞めちまぇと、ボヤきながらも目にも止まらぬ早業でイケメンさんはキーを叩いて報告書を作り上げてしまった。
    てか、毎月俺が提出してるのより分かりやすく。
    俺が作ってねぇのバレるじゃん。
    「あの、最後の一行消してくださいよ。何ですか、【赤字の店舗存続される意味わかんねーよ、ばーかばーか】って」
    「あ、送信もしておいたぜ、俺優しいから」
    「ひーーん!俺の首!!」
    「ほら帰るぞ」
    「やーですー!今の謝罪のメール書くから待ってください」
    「それこそ、やーですー」
    そう言ってイケメンさんは俺を抱えて店を出た。
    店を出て直ぐに黒塗りのツヤツヤのセダンが停っていた。あ、このエンブレム知ってる、高いヤツ。
    一生涯乗ることは無いだろーなーってテレビのコマーシャルで見た事がある。
    「乗って」
    「えっ、この高級車に?」
    「そう、高級車に」
    「お尻つけて乗っていいんすか?」
    「車で空気椅子すんの、お前」
    「頑張ります」
    「無理だから辞めとけ、なんなら昨日お前が汚した羽毛布団五十万だから」
    「慰謝料は二千円しか払えないっす、クリーニング代なります?」
    「だから、さっきからその二千円何?」
    「君に払える俺の持ち金、全財産振分けて余るのが二千円」
    「えらく安いな、お前の慰謝料」
    「底辺のΩなめんなよ」
    「いや、舐めたいが」
    「いやもう、やめて…」
    「恥じらうな、逆効果だから。今ここでするぞ」
    「何を」
    「カーセッ…もごっ」
    「言わんでいい」
    「お前が聞きたがったんだろうが…」
    まて、まて?車に乗ったところで行き着くのはこのイケメンさんちで更には…セッ?すんの?また?えっ、なんでさ。
    「お家に帰る」
    「帰るんだろ、家に」
    「は?」
    「お前のうち引き払っといた、要るものほとんど無かったろ?」
    「はぁあああ?!」
    「お前は俺の運命だからな、ほら婚姻届も準備しておいた」
    「う、運命?」
    「そう、ほら」
    と、キレーな顔が寄せられてぷちゅと唇同士がくっついた。
    「んう?!」
    ぶわぁと、胸に広がる多幸感。忘れていたモノが呼び起こされるような、そんな感覚に動悸が激しくなる。


    『ほら、呼べって。
    俺の名前』
    『はじめ、くん…ひっ、きもちっ…』
    『可愛いな、武道。項、ちゃんと護ってくれてたんだな。俺と出逢うために、ありがとな?』
    『かんで、かんで…はじめくんっ』
    『うん、ちゃんと本格的なヒート来たらな?これは俺と出逢っちまったから、突発的に起こったヒートだ。
    ちゃんとお互いを知って、番おうな』


    「は、じめ…くん?」
    「ん、思い出した?えらいえらい」
    「いや、運命?」
    「運命、よろしくな♡武道」

    再び、舞い戻った高級マンション。
    ロビーで出迎えたコンシュルジュさんに「土下座はもうやめてくださいね」と、困ったように笑われて俺はぺこりと頭を下げた。











    第二話 一緒に暮らそう

    ちゅんちゅんといつもなら賑やかな雀の鳴き声が聞こえない。薄い壁に薄い窓のアパート。どこから吹き込んでくるのか隙間風だって入ってくるような部屋だったはずなのだけれどなんだか暖かいし、肌に触れるお布団はフカフカだし。
    気持ちいいから、まぁいいかぁ…などとぼんやり思っていたが飛び起きた。
    良くねーし!
    「おい、きゅーに起きんな…びっくりするじゃねぇか…」
    何故か隣からそんな声がして腕を引っ張られた。
    「へあ?」
    ぽすんと布団の中へと戻されて、背後からぎゅうと体を締め付けられる。締め付けではなく正確に言うと抱き締められているのだが。
    蘇る昨日の記憶。
    忘れていた訳では無いけれど、そう言えば同衾してしまったイケメンさんが職場に現れて色々好き勝手されてこの高級マンションに連れ込まれたのだ。
    帰って早々なんだか高そうなご飯を出前で頼まれて(何故か鰻)カップ麺が主食だった俺がその誘惑に抗える訳もなくどうぞどうぞと笑顔で勧められたら断ることも出来ずにペロリと平らげてしまった。
    これは最後の晩餐だろうか、こんな贅沢と思った。
    夕飯が終わったら、いい日本酒貰ったんだとお猪口を差し出されて、注がれるままにするする飲んだ。
    何これ、幸せ。
    美味しいご飯と美味しいお酒。お酒なんて何時ぶり?成人の日に飲んだ発泡酒以来じゃない?
    でも、そっからの記憶が無い。
    酔って潰れたってヤツ?
    「あの、俺ってばすいません。酔っ払ってご迷惑、ぎゃあ!」
    振り返って、吃驚した。
    あのイケメンさんが上半身裸でいらしたので。いや待て待て、なんで俺も上半身裸なんだよ。思わず下に手を伸ばせばパンツは履いてた。良かった。
    「あんぐらいで潰れるとかさ…かわいーし…。あ、ちゃんと風呂入れたから心配すんな」
    いや、心配ですね!なんで、風呂入れてんすか。
    「隅々まで洗ったぞ」
    「いや、洗わんで下さい」
    「布団に仕事で汗いっぱいかいた身体のままで寝るのはちょっと」
    そうでした。このお布団は滅茶苦茶高かったんですよね、ごめんなさい。と言うか、クリーニングしたんですね。
    お金払った方がいいのかなぁ。
    「なによりさぁ、花垣のフェロモンが心地好くて近くで感じたかったんだよなぁ…」
    すり、と項に擦り寄られて「ひぃ!」と声を上げてしまった。
    「あれ?」
    「うん?」
    「あの、俺のチョーカーは何処に?」
    いつもつけていたチョーカーが無い。慌てて項に手を伸ばしたけれど傷もなく綺麗なままでほっとする。
    「アレ、安モンだろ。よくあんな紙みたいなペラいシロモノ使っててよく無事だったな。鍵穴ちょっと弄ったら簡単に外れたぞ」
    ひえぇ、なんて事をするんですかぁ!俺の大事なチョーカー!あんな物でも俺の三ヶ月分の給料飛ぶんですよ!(親が買ってくれたのだけど)
    「返してください」
    「あ?捨てた」
    「ひえ、ひどぉい」
    「泣くなよ、可愛いなぁ。なぁ、キスしていい?」
    「やーです」
    顔を反らして、ベッドから降りてやろうとしたけれど再びぎゅうと抱き着かれてしまった。
    「離してくださいよ、仕事行くんすから」
    「行っても無駄、辞表出してやった」
    「いつの間に、最低だな!」
    「円満寿退社だぞ」
    「いや、昨日の報告書に『バーカ』とか打ち込みましたよね?円満なわけないでしょう。
    きっとクビですよ、ホント泣きたい」
    ホント、何なのこのイケメンさん。そう言えば、運命とか言ってたな…。
    確かに、なんか悔しいんだけどさっきからピタッとくっついてる所がポカポカ暖かいんだよな。指先ジンジン痺れるし。
    なんか、いー匂いするし…。
    「ちょっと、フェロモン抑えてください…頭がぼうっとする」
    「昨日も言ったけど俺ら『運命』だからな。不可抗力だ。勝手にそうなっちまうんだよ。言っておくがお前だってさっきから相当のフェロモン放出して俺を誘ってんだぞ」
    ひえ、だったらこの状況ヤバィじゃん。
    「そろそろ薬飲まないと、効果切れるんじゃね?」
    「飲む!飲むから離して!」
    「じゃあ、キス」
    へぁ?と、変な声が出た。
    「花垣が俺にキスしたら離してやるよ」
    ぺろ、と舌を出して悪戯っぽく言われてぶわっと頬が熱くなる。何言ってんだ、この人!
    キス、キスってアレだろ、口と口くっつけるアレ。
    「何を今更照れてんだよ。一昨日、沢山しただろ?お前も自分から舌の…」
    「なまなましいの、厳禁!」
    俺の初ちゅ〜を返せ!イケメンさんじゃなくて可愛い女の子としたかったよ。
    「ヤる事ヤったはずなのに初々しい」
    バカにしてぇ!
    「ほら」
    トントンと口元を指で突っついて催促される。はっ、と吐き出した吐息に熱がこもっているのを感じる。早く薬を飲んでしまわないと。
    「…目、つ、瞑って下さい…」
    「ん」
    目瞑ってもイケメンとかズリィし。
    顔を寄せて、ぎゅうっと目を瞑るとぷちゅと唇を合わせる。それは一瞬で、勢い良く離れるとベッドから飛び降りて部屋の隅まで逃げて膝を抱えて座り込んだ。
    「しましたっ!」
    「はっや…。もうちょっと、こう…口ん中とか舐め合いたかった」
    「朝から、なまなましいのは厳禁」
    「夜ならオッケーなわけ?」
    ああ言ったら、こう言われる。そんなわけないじゃないですかぁ!
    「ほら、薬飲むんだろこっちに来い」
    イケメンさんはそう言うと、ベッドから降りて寝室を出て行った。慌てて後を追って寝室を出れば、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを手渡される。
    あと、いつもとは違う錠剤。
    「今まで使ってたって言う薬は悪いが廃棄させてもらう。アレはまだ承認されてない物だから。ちゃんとしたものを使え」
    「でも」
    「悪いが、これだけは譲れねぇ」
    「は、はい」
    真剣な顔で言われたら頷くしかない。貰った薬をミネラルウォーターで流し込む。確かに試薬として渡されてきた薬は時々、副作用が辛い時があった。
    吐き気や頭痛、目眩に襲われることもそれでも認可された薬は倍の値段がする。とても手が出なかった。
    「そういやお前の服…昨日着てたやつは洗濯しちまったし、家にあった独特なデザインの服は全部処分したからねぇな」
    「はぁ?」
    「どこであんなデザインの服売ってんだよ、てかダセェ」
    「す、捨て…って!酷い」
    古着屋さんで見つけた、超カッコイイお気に入りの服ばっかりだったのに。
    「取り敢えず、俺の服着てろな」
    と、手渡されたシャツ…袖を通してみたけれどぶかぶかなんですけど。確かにイケメンさんの方が背が高いし手足も長いけど。
    「ネットで適当に見繕って買ってるから今日の夜には届く。一日ぐらい我慢しろ」
    「あの、ホントに俺と番うつもりっすか?」
    「そうだが」
    即答。
    「何?俺じゃあ、駄目か?もしかしてだけど恋人とか居るのか?」
    俺は大きく頭を振った。こんなΩでやっとの思いで生活しているギチギチの男に寄りつく相手なんか居る訳が無い。
    「だよな、お前処女だったし」
    「いや、そういうのやめて貰っていいかな?」
    こんな完璧なαが俺の運命で良いんだろうか。高級マンションに住んでてきっと仕事だって立派な役職に就いているだろうな。イケメンだし、周りが黙っていないはずだ。
    それなのにたかが『運命』と言うだけでこんなにも求めてくれるのはどうしてなのか。
    「ところで」
    「ん?」
    「えっと、お名前…なに、はじめさん?」
    「何だよ、思い出せねぇの?」
    覚えてる訳ない、『はじめ』っていうのも朧気な記憶からやっと引き出せたって言うのに。
    「九井、九井一だよ」
    「九井さん」
    「はじめ」
    「う、…はじめさん…?」
    「他人行儀で嫌だな」
    「は、はじめくん」
    「ん、まぁいい。じゃあ、俺も武道って呼ぶな」
    「あ、うん…」
    「なぁ、覚えてない?」
    「え?」
    「むかーし、昔をだよ」
    はじめくんの言葉の意味が分からず、首を傾げる。
    昔とは一体?
    「…ん、まーいいや。そのうち思い出してくれれば。
    朝メシ作るから、そこ座ってろ」
    と、ダイニングの椅子を指さして言われて腰を下ろす。
    「簡単なものしか作れねーけど」
    日頃、朝ご飯は抜く生活だったからあるだけで有難いです。ありがとうございます。
    「飯食ったら、出掛ける」
    「何処に」
    「役所」
    「は?」
    「婚姻届を出しに行くんだよ」
    「えっ!」
    じゅーじゅーと何かを焼きながら、はじめくんは続ける。
    「お互い二十歳超えてるし、親の承認も要らねぇ。ましてや運命だ。何より、俺は一日でも早くお前を嫁にしたい」
    ひゅっ、と喉が鳴る。
    ちゃんと薬を飲んだのに頬が熱い。
    何でそんなに俺の事を求めてくれるの。たまたま、出会って、運命ってだけでそんな直ぐに結婚って出来るものなのか?俺もだけどはじめくんだって俺の事を何も知らないって言うのに。
    「嫌か」
    「あ、あの…その、出来ればもう少し、はじめくんの事知ってからがいいかなーとか思ったり?」
    「そうか、それも一理あるかもな」
    よしっ、乗ってくれたとばかりに胸をなでおろしたけど続いた言葉にガックリと肩を落とした。
    「次のヒートで項噛んでからでも遅くはねぇか」
    「えっ」
    絶対に結婚するんかよ。
    そんな思いが漏れてたのかスクランブルエッグとトーストが乗ったプレートを机の上に置いたはじめくんが「嫌か」と、呟いた。
    「嫌って言うか烏滸がましいと言うか」
    「お前、随分と自分を卑下するんだな。Ωだからか?」
    「はじめくんだって、俺がΩで運命だからそうやって結婚だとか言ってくるんすよね?君みたいな完璧なα、素敵な女の人が放っとくわけが無いし」
    「武道」
    「は、っう?!」
    はじめくんに名を呼ばれて顔を上げた途端、むちゅっと唇を塞がれた。無防備だった口内ににゅるんと舌が入り込んでくる。
    舌先が擽るように我がものヅラで動き回ってコレきっと俺の弱い所知ってるんだと思った。腰が碎け、脚が震える。
    きもち、いい。
    つい、舌を伸ばしてしまう。そうすれば愛撫するみたいに絡み付いてきた。
    「ぁ、んぅ」
    「俺が、…ん、女んとこ行くわけ、ねーだろ…ぢゅっ」
    舌を吸われて、子犬みたいな悲鳴をあげてしまった。
    身体がカッと熱を上げていく。安全な薬とは言えこんなにも今まで飲んできた試薬の効力に差があるなんて思わなかった。あっさりとはじめくんのフェロモンに充てられている。
    それを感じ取った身体中の細胞の一つ一つがそれを喜びへと変換し、全身に伝えてくる。

    幸せ。

    下唇にちゅと吸い付かれ離れていく唇を視線で追う。
    「分かったか、武道」
    「ふ、ぁ…ぃ」
    「可愛い〜な、武道」
    「はぁぃ…」
    「スる?」
    「しません」
    「チッ」
    危ねぇ…思わず心地良さに朝っぱらからベッドの住人になる所だった。
    って言うか、なんでそんなえっちぃちゅうするんだよ!
    「くっ、口ん中っ!舐めるの禁止」
    「無理」
    べっ、と舌を出して言われはじめくんはキッチンに戻っていく。珈琲の良い香りが漂う。うわぁ、喫茶店みたい。
    「ほら、珈琲。ミルクと砂糖も要るか?」
    「あっ、はい!」
    出された朝食を食べながら思わず涙が溢れ出た。朝ごはんとか何年ぶりだろう。朝も昼も水だけで一日一食なんて事はざらにあった。ポロポロ涙をこぼす俺にはじめくんはぽんと頭に手を置いて柔らかく撫でた。
    「一緒に暮らそう、そして…いずれ家族に」
    住む家も私物も全部処分されて、仕事もクビになってこの運命と暮らす以外の選択肢は無い。
    珈琲を一くち口に含み、あぁ…砂糖もミルクも要らなかったなぁと思いながら。
    はじめくんが与えてくれる優しい雰囲気に俺は小さく頷いた。


    ◇◇◇


    午後。
    はじめくんに手を引かれてやってきた煌びやかなお店を前に俺は立ち竦んだ。
    「何してんだよ、入れって」
    「いっ、いや…すいません」
    ビシィッときまったスーツを着た店員さんがペコッと頭を下げて出迎えてくれる。床、ツルツル…店内のライトが反射してキラキラ輝いてる。
    「あの、新しい靴下持ってくればよかったですね?」
    「引越し業者か」
    「土足禁止では?」
    「その、使い古されたスニーカーでも大丈夫」
    グイとはじめくんに手を引かれてキラキラの床に足を着いてしまった。
    ひぃん、御免なさい!まともな靴を持ってなくって。
    「ほら、お前のチョーカー買いに来たんだ。どれがいい?
    好きなものなんでも選べ」
    ショーケースに並ぶソレ(え?チョーカーってショーケースに並ぶものだったか?)を見詰めて目を丸くした。
    表示されたお値段。
    思わず目を擦って見る。俺、視力だけは良いはずなんだけど。
    値札の数字の数。

    いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃ…

    「いや、待って、おかしい」
    「えっ?何かおもしれぇチョーカーある?」
    それ、わざとかぁー!
    「要らない!」
    「え?何?今から番なる?この場で直ぐ!」
    「いや、ならんし!何言ってんすか!」
    「お前、項晒してチョロチョロする気か?正気か?」
    大体、はじめくんが俺のチョーカー捨てたんが悪いんでしょうが!バカーっ!
    俺はアレで全然平気だったのに。
    「選択肢はひとつだ、武道。よく考えろ。
    大人しく頑丈で素敵なチョーカーを選ぶかこの場で剥かれて番セッ…」
    「どれにしようかな!」
    素早く、ショーケースに張り付いた。ううっ、選択肢が最悪だ。
    考えたところで、答えは決まってるじゃないか。この男の金銭感覚は一体どうなってるんだ。
    「このお店で一番安い、チョーカー下さい」
    店員さんにそう告げれば。
    「一番たけぇのな」
    と、覆された。

    もう、好きにして。

    結局、俺が選んだものではなくはじめくんの「お前の瞳に似た色、これにけってーい」と言われて。濃い青色のチョーカーによって俺の項は護られる事となった。
    なんか、小さなキラキラした石もくっついてるけど見なかった事にしたのは言うまでもない。


    こうして、俺とはじめくんの(同棲?)生活が始まった。
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