猫の日ハスエンだよ!「ねぇ~~~ハスクってば、ねえーーー」
ぼやけていた視界が段々はっきりしてくる。どうやら少し微睡んでしまっていたようだ。
声の主を見やると、彼─エンジェル─は俺に覆い被さって、揺さぶろうとしていた。
『あーー、エンジェル、起きた、起きたから揺さぶるのは止めてくれ』
「やっとおきたぁ~~~」
そのまま抱きつかれる。この癖のある匂い…これは……
『おい、お前酒呑んだだろ』
「あはっ♪せいか~~~い!さすがだねぇ仔猫ちゃん♪お鼻賢いにゃんね~~~♪」
『っおい、からかうな、』
「んぇ~~~、ハスク、ノリ悪いよぉ、、
まぁいっか、今日は何の日か知ってる!?」
『はあ、今日……?』
コイツに起こされなければ俺は平穏なまま"今日"を迎えられたんだがな、と内心悪態をつきながら、俺はベッドの傍に置いてある置時計を見る。
『…2/22か』
「そう~~~!大正解だよ俺のキティ♪」
『なんだ、今日はやけに甘えただな』
「だって今日は一年に一度、合法的ににゃんにゃん♡出来ちゃう日なんだよぉ!?」
『にゃんにゃんってお前、隠語か何かか』
「え~~~ハスクってば猫なのに知らないの?にゃんにゃんっていうのはね……」
『あ~~~わかったわかった、わかったからよしてくれ、、、それで、ここに来た理由は…なんだ?俺が猫だからか?』
「んー、それもあるけどね、やっぱり1番は…」
エンジェルは俺の耳元で囁く。
「ハスクに俺の可愛い姿、たくさん見て欲しくて♡」
……あー、そういう流れか、これ
乗せられそうになるが、少し異変に気づく。
異変その1。酒を呑んで、しかも悪酔いして俺の部屋にやってきたこと。エンジェルがそういうことをする時は大抵何かを忘れたい時だ。
異変その2。エンジェルの瞳が…なんというか穏やかでない。不安?動揺?少し歪んだ感情が渦巻いているように見える。こころなしか汗ばんでいるし……。今のところ興奮による発汗なのか、冷や汗なのかは不明だ。
そしてその3。俺が1番怪しいと思った部分、それは……
『今日のオマエの誘い文句、なんだか芝居くせぇぞ』
途端、エンジェルの表情が崩れる。
「え?いやぁそんなことな、ないけど、ハスクったらやだな、あは、AVの見すぎじゃない、?」
目が泳いでる。これは…、どうやらビンゴのようだ。
俺はエンジェルを引き剥がし、上半身を起こした。
『どうした、今回は。どうせボスの件だろ』
エンジェルは身体を強ばらせ、今度はさっき誘った時とは違う抱きつき方で俺に体重を預けた。
「……ほんと、敵わないなぁハスクには」
「そうだよ……。俺もさ、ハスクみたいに最初は今日何の日か分かんなかったんだよ?なのにボスのやつ、メール送ってきて、嫌でも何の日か分かっちゃった、」
エンジェルの少し震えた声と内容で、なんとなく状況は掴めた。大方、"今日は猫の日だからオマエにはネコのコスプレを着て撮影に臨んでもらう"とかなんとか書いてあったんだろう。…もしかしたら既に台本やらなんやらも送られてきているかもしれない。想像するだけで吐き気がする。
『なるほどな』
「今日の午前中からなんだ、撮影」
エンジェルはちら、と置時計を見た後、不安そうな顔で俺を見た。
「俺、今日は猫の日だからハスクにいっぱい甘えよ~~~とか色々計画立ててたのにさぁ、こんなのってないよね…まぁ予想出来てたことだけどさ」
エンジェルの持て余す腕がシーツを掴んだり離したりしている。
…なにかコイツにしてやれることはないか。
俺はバーテンダーとは名ばかりの呑んだくれで、ホテルのフロントを任されてはいるが来客はほとんどなく、結局毎日カウンターで酒を呑んでいる。
…比べてコイツはどうだ、契約とはいえ身体を売っている。精神的にも肉体的にもかなり消耗する仕事だろう。事実、エンジェルが仕事から帰ってきた時はいつも死んだ目をしているし、半ば崩れ込むように俺のバーへ来る。
今日もそうなるのか、と思うとなんだか俺まで嫌な気分になってきた。
猫なりにコイツにしてやれることを考える。そして1つ閃いた俺は、エンジェルに提案する。
『じゃあ、オマエが仕事から帰ってきたら、俺がオマエをたくさん可愛がってやる、ってのはどうだ?メシも酒もとことん付き合う。……もちろんそれ以上でも』
「……ほんと、?」
エンジェルの瞳に少し輝きが戻る。
『ああ、本当だ。だってそうだろ?"俺たちが一緒にいれば、何か変わるかも"』
「……うん!ハスク…ありがとう!明日に備えて今日はもう寝るね♡」
『おう、……っておい、ここで寝る気か!?』
「だぁって、ハスクの匂い落ち着くし……」
『っ…まぁ、邪魔しないならいいが……。言っておくが遅刻するなよ、俺は朝弱いから』
「だいじょーぶ!俺朝は強い方だし!逆にハスクのこと、起こしてあげるよ」
『はは、そりゃ楽しみだな』
「じゃあ、おやすみ、Darling?」
『あぁ、おやすみ。Sweet Dreams、エンジェル……』
そうして俺らは眠りについた。
「ハスク~~~?仔猫ちゃーん?おはよー朝だよ~~~♪♪」
エンジェルのご機嫌な声で目覚める。
意外と一緒に眠っていて害は無かったし、なんなら朝起こしてもらえて、正直満更でもなかった。
…それを言うのは恥ずかしいので、俺は上がった尻尾を隠すようにしながら答えた。
『おはよう、Darling』