犬も食わぬ イソ弁でお世話になって、自分を大切にしない先生のやり方が見てられなくて袂を分かち、そんな自分に弁護士を依頼したあの人をどうしても救いたくて独立までした。それから秘めた想いを告白して、渋る先生に脳みそをフル回転させながらひとつひとつ断る選択肢を論破していったのだが、最終的にはストレートに好きだと、そう伝え続けるのが先生の弱いところを擽ったらしい。
晴れて恋人になった今、困りごとが増えてしまった。先生が可愛くて仕方がない、それに自分の嫉妬深さにも驚いている。もともと先生は職業柄もあるけれど常に冷静で、心情を顔に出すことも滅多にない人だ。
「九条先生、隣いいですか?」
「はい、どうぞ」
九条先生がテントを張って生活している屋上で、座ってブラサンに手遊びしている先生の隣へと、スーツが汚れるのも気にせずに両膝を立てて座りこんだ。膝が触れあう近さに九条先生はなにか言いたげな視線を…そっと逸らした。以前ならば適切な距離というものはもちろんあったが恋人になった関係性で、普段は多忙で恋人らしい時間を持つのすら難しいときたらここぞといったタイミングを逃すつもりはない。
「いい天気ですね」
「ブラサンも日向ぼっこができて嬉しそうです」
「ふむ…それも一因でしょうが、ブラサンは九条先生にそうやって遊んでもらえるのがなにより嬉しいのでは?顔が違います」
「そうでしょうか……うん、そうだと……いいですね」
ぱちくりと、常より丸くした瞳が瞬いて、それからすっと細くなると愛しさが滲んだ視線をブラサンに向けた。
「妬けますね」
「やけ……?」
「嫉妬、します。ブラサンに」
「……なるほど、嫉妬ですか」
「ブラサンだけじゃないですよ?先生は人気者ですからね」
「……それを言うならば、烏丸先生も人気があるじゃないですか」
「それは、つまり……九条先生も嫉妬をすると?」
「……今のはなかったことに」
「できませんよ、私の顔を見てください」
「……黙秘権を行使します」
そういって、九条先生は両手で顔を覆ってしまった。隠しきれない耳がほんのりと色づいていく様は表情こそ伺えないが逆に酷くそそられる。逆効果ですよ、と指摘するよりも今はもう先生をどうにかしたい。してやりたい。
「九条先生……今すぐ抱きたいです」
膝がぶつかり、密着する体。赤い耳に唇を寄せて、九条先生にだけ聞こえる声量でそっと囁く。
「っ……今はまだ真昼間です」
「ですね、けれど恋人を抱くのに夜じゃないといけないってことはありませんよ」
「相手の同意は必要かと」
「……嫌なんですか?」
ここでようやく覆っていた手を放して、一見するといつも通りな顔の九条先生。
「嫌ではないから、困るんですよ」
柔らかい笑みにカウンターを食らう。耳が熱くなりそうで、思わず両耳を手で塞いだ。
傍から見ればなにをいちゃついているのだと、指摘されたに違いない。
いい歳をした大人二人が互いに照れ合う、そんな雰囲気を知ったことじゃないと、短い尻尾をパタパタ振りながらワン!とひと吠え。二人がその後どうしたかはブラサンの瞳にだけ残っているが、それは誰にも証明できないのだ。