付き合ってないけど周りにはそうだと思われているnakiモブ視点
ミュンヘンの街には魚の噴水という定番の待ち合わせ場所がある。
日曜日ということもあり、ごった返している広場の噴水には幾人もの人が立って待ち合わせ相手を待っていた。
「ん……?」
ベンチに座ってその噴水の周辺に立っている人々をふと眺めていたら、特徴的な青が見えた気がして目を凝らす。
まてまて、そんなはずはない。
自分を嗜めるかのように言い聞かせていたそれは、その人物を確かに視認した瞬間に手のひらを返した。
そんなはずがあったのだから。
黒のキャップに黒のマスク、紺のパーカーのフードで首元を隠したその男。
特徴的な髪型をキャップで隠していようとも、華やかな顔立ちをマスクで覆っていようとも。大衆に晒されたその雰囲気は彼を彼だと確信するには十分だった。
なぜ、一体なぜ、ここにミヒャエル・カイザーが!?
頭の中は大混乱に陥っている。ミュンヘンに越してきたばかりのバスタード・ミュンヘンファンには信じがたい光景だった。
まさか、こんなところでバスタード・ミュンヘンの選手を見ることができようとは露ほども思っていなかったためか、いまだに咀嚼しきれない情報に翻弄される。
それに自分はトップチームのみ見ていて、最近になってユースを見始めたのはミヒャエル・カイザーのスーパーゴールを見てからだった。思い入れのある選手の登場に頭がよく回らない。
しかし、それに更なる衝撃が加わろうとはまだ知らなかった。
澄ました顔でスマホを眺める姿さえ絵になるミヒャエル・カイザーを眺め続けて数分後。
そこにノエル・ノアが現れたものだから、卒倒しなかった自分を褒めて欲しいくらいだった。
なんで?なんでノアがここに??カイザーと待ち合わせ?なぜあの二人が?
少し離れたところにいるから会話は聞こえないが、ノアがカイザーに声をかけるのは見える。
その体躯に、遠くからでも分かる切れ長の目はノエル・ノアに違いなかった。世界一の風格を感じさせる雰囲気さえ感じられるようだった。
スマホから顔を上げたカイザーは、顔をむっと顰めてノアに一言二言返事をする。
それが、ただ怒っていますよ、という意思表示ではなく拗ねたような表情だったから驚いた。
ミヒャエル・カイザーといえば、バスタード・ミュンヘン下部組織のエースで、試合中でも常に澄ました顔でいるイメージだったからだ。
それが子供らしい表情をノアに向けている。あの二人、全然関わりないと思ってきたけれども違うのかもしれない。
そう思わされるほどには二人の間に親密そうな雰囲気が漂っていた。
そこまでは仲の良い先輩後輩、という感じだったのだが、歩き出した時の距離に目を見張る。
近い。とにかく近い。明らかに隙間がない。
手と手が触れ合う距離で歩いている彼らに絶句し、視界から消えるまでただそれを眺めていた。絶対先輩後輩の距離感じゃない。
どういう関係?という疑問で頭がいっぱいだった。
「お待たせ」
しばらくして後ろから自身の待ち合わせ相手が肩を叩く。
今あったことを話したくてたまらなくて、勢いよく振り向いて話し出した。
「ちょっと、聞いてよ今さ……」
先程見たことをあらかた説明し終えると、そいつは納得したように頷いた。
「ああ、君はミュンヘンに来たばかりだから知らないのか」
どういうことだ?と思って尋ねると、どうやらミュンヘンではたまにあることらしい。
「あの二人ってどういう関係?」
一番気になっていたことを聞いてみると、神妙な顔で唸られる。
「うーん……」
「ただの先輩後輩って感じじゃなさそうだったけど」
「ミュンヘンの市民は何年もあの二人のことを見てる、恋人なんじゃないかって噂はあるよ」
「何年も!?仲良し通り越して付き合ってるだろもう」
まあ、そろそろ行こうか。と立ち上がって向かった先のレストランに、ノアとカイザーが居てまた仰天した。
それだけならよかったのだが、カイザーがノアに向かってぱかりと口を開けて当然のように料理を貰っているのを目撃してしまい、これ、絶対付き合ってるだろ!と顔を見合わせる。今日だけで何回驚けばいいのだろうか。
後日周りにこの日のことを話したところ、やっぱり?という反応が返ってきた。
とりあえず、ノアとカイザーのことを今まで以上に追うようになったのは言うまでもない。