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    こまつ

    @thunbergii_

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    こまつ

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    ほゆぷち。展示作品
    前回ほゆおんで頒布した同人誌の書き下ろしです。
    お手に取ってくださった皆さま、誠にありがとうございました。

    You Will.「早めに遺言状を用意しておくほうがいいかもしれないな」
     シーソーコンビの一件の後、チャンピオンの引継ぎとして呼び出されたシュートスタジアムの事務室での出来事だった。ダンデさんはまだ十歳の子どもに言う話ではないがと前置きして話を続ける。
    「チャンピオンという職業はいろんなことを期待される。普段の興行やワイルドエリアの管理の総括、犯罪の絡んだ大きな事件に至るまで、だ」
     ブラックナイトのことが頭を過った。わたしはホップやザシアン、ザマゼンタと一緒だったから良かったものの、それまではダンデさんがひとりで対処しなければならなかった。その前道端でポケモンがダイマックスした時だってそうだった。
    「民間人を逃し、ひとりで戦わなければならないことだってある。シーソーコンビの時のジムリーダーはそうだっただろう。きっとこの先、大なり小なりキミもそういう時が来る」
    「……だから、遺言ですか?」
    「ああ。ただでさえこの立場は金やら広告やらが絡むのに、キミにはザマゼンタとムゲンダイナがいるだろう。もしもの時を考えるのは早い方がいい」
     カチリと身体が固まった。そうだ。ムゲンダイナもザマゼンタも、わたしよりずっと前から生きてきてずっと後に死ぬ。それをまた誰かに悪用なんてされたら、ブラックナイトのような災害が起こるだろう。
    「内容はなんでもいいんだ。自分の死後、財産はどうしてほしいか、残された仲間はどうしてほしいか、大事なものの処分はどうすれば良いか。オレはポケモンをソニアに託すように書いてるぜ」
     わたしの緊張を解くように笑って言うけれど、そこにある思いはきっと深い。ソニアさんの家のトロフィーが頭を過ぎった。
     ジムリーダーやトレーナーは皆書くようになっているから、いろいろ聞いて回ってみるといい。そういってダンデさんは話を締め括った。

     遺言。
     
     その言葉が頭から離れないまま、ふらふらとスタジアムを出た。ここから1番近いのはアラベスクタウンだけど、きっと同じ話をされたばかりだろう同期に聞くのも気が引けてキルクスジムへとアーマーガアを呼び出した。

    「遺言状の内容?」
     アポも取らずに飛び込んだのに、メロンさんは快く応接間に案内してくれた。
    「まぁ、この仕事もシビアだからねぇ。あたしに聞いても参考にはならないと思うけど」
    「もう、どうしたらいいか全然分からなくて……」
    「まぁそうさね、良いトレーナーでもまだまだ子どもだから仕方ないわ。……あたしが書いたのはポケモンの処遇、遺産の管理、ジムの運営、あとはまぁ細々したものね。権利は全部息子に押し付けたわ」
     うちは極端な例だけど、と笑ってメロンさんは続ける。
    「シビアな世界だからこそ、息子にしか託せないと思ったのさ。あんたにも、そういう人がきっといるでしょ」
     バシンと背中を叩かれて背筋が伸びた。
     全てを託せるひと。浮かぶ顔はあったけれど、「シビアな世界」の重荷を背負わせる罪悪感がすぐにそれを掻き消した。
    「あたしよりもっと歳の近いトレーナーに聞くのがいいよ。いろんな人に話を聞いてゆっくり考えてきなさい」
     メロンさんに見送られてアーマーガアとともに飛び立つ。次に近いのはナックルジムだ。
    「遺言状の内容ですか?……あぁ、キバナさまも書いておられますよ。もちろん自分も」
     シーズンオフだからかナックルジムも閑散としていて、お兄さん――名前をどわすれした――は快くキバナさんがいるという宝物庫へ案内してくれた。
     久々に見るタペストリーはその真実が分かってからだとますます壮大に見えた。自分が同じ体験をしたからかもしれない。
    「お客様がいらっしゃいました」
    「アポもなくごめんなさい」
     会釈するとキバナさんは目尻を下げて手を上げて、トレーナーのお兄さんはそれを見届けてくるりと踵を返した。ありがとうございましたと声を上げると、振り返って手を振ってくれる。ジムの時はそれはもう容赦なくて酷い目にあったけれど、優しい人だ。
    「で、大忙しのチャンピオンが直々にどうしたんだ?」
    「実は、遺言状を書くように言われて……」
     その先を濁しても、流石ダンデさんのライバルだ。彼は静かにああ、なるほどと頷いた。
    「……そうだな。チャンピオンになったんだもんな」
    「それで、皆さんは書くようにされているから、聞いてみればいいとダンデさんに」
    「なるほどな。俺のは事情が特殊だから参考になるか分からないけど。金回りは家族とジムに、モノは家族に任せて、ポケモンとジムはリョウタに任せることにしてるぜ」
     キバナさんは順々に指を立てて話をしてくれた。
    「この街は城が核になってるだろ?街の造りそのものも、文化財も、他の街よりもジムの持つ意味が重いんだ」
     だからジムそのものに遺すのか。少しでも遺されたジムの運営が上手くいくように。
     納得したわたしにキバナさんは頷く。
    「そう。だからウチはちょっと特殊なんだ。……オマエの実家ってウールー飼ってるんだっけか」
    「?はい。そうですけど……」
    「じゃあ俺よりもルリナの方が参考になると思うぜ。漁師の娘だったろ? それにポケモンを誰に託すかはもう決めてるんだろうしな」
     完全に近所の子どもを揶揄う顔だ。
    「……メロンさんも断定口調でした」
    「まぁオマエは分かりやすいからな。エキシビションだってアイツが相手の時だけ明らかに違うだろ」
    「そんなにですか?」
     そんなに、と頷かれて顔を覆った。頭の遥か上からカラカラと笑い声がする。
    「……でも、わたしが任せたくても、ホップは嫌かもしれないので……」
    「そんなこと――」
    「そんなことありませんよ」
     振り向くとさっき案内をしてくれたリョウタさんがダンボールを抱えて立っていた。
    「キバナさまの宝を任される重圧はもちろんありますが、それはキバナさまの信頼で、ジムの信頼です。責任を感じこそすれ、嫌だなんて思うことはありませんよ」
     その言葉にキバナさんは大きく頷く。
    「まぁ、そういうことだ。ユウリが宝を任せるに値する男だと思うなら、きっとそれが正解なんだよ」

     キバナさんに見送られてアーマーガアに飛び乗る。太陽は随分と高くなって、気づけば随分と遺言のことを考えていたんだとぼんやり思った。バウタウンジムに降り立つと、直ぐにルリナさんと鉢合わせた。
    「キバナから聞いてるわ。ほら、事務所においでなさいな」
     そう言って歩き始めたルリナさんについていくと、広い応接間に通された。
    「まだあんなことがあったばっかりなのに自分が死んだ時のことを考えるなんてしんどいでしょう。お昼ご飯はもう?」
    「あ、……忘れてました」
    「お腹が空いてるとろくな考えにならないわ。嫌いなものは?」
    「……ピーマンが、ちょっと」
     ルリナさんは苦笑して、ピザでも頼みましょうかとスマホを手に取った。
    「この前のアレ、大変だったわね」
    「でもザシアンは助かりましたし、ホップも元気になったみたいで良かったです」
     あの森でのバトルを思い出す。
     ――違う道を進むけど……これからもライバルでいてくれよな!
     悩みの吹っ切れた爽やかな笑顔に安心と心からの喜びを感じたのを覚えている。
    「ふーん。そっかそっか」
     ルリナさんはにこにこしてオレンの実のフレーバーウォーターを飲んだ。水を飲むことすらきれいで思わず見惚れると、グラスを置いて美しい所作で脚を組む。
    「あなた、彼に任せたいんでしょう」
     好きか、と聞かれなかったのは子どもに対する手加減かもしれない。ドキッとして背筋が伸びたわたしに、ルリナさんはそんなに警戒しないでと笑った。
    「だってそうじゃない。彼と戦う時が一番生き生きしてたもの。そこそこ以上のトレーナーなら誰だって分かるわ」
     ドアがノックされて、向こうから女性の声がした。
    「来たわね。とりあえずお昼にしましょうか」
     机に置かれた箱にはピザのロゴがついている。がばりと開いたそこにはサラダのように野菜が盛り付けられたピザがあった。
    「これを食べるのは初めて?」
    「はい。サラダ……ですか?」
    「そうそう。プリマヴェーラって言ってね、生地にオリーブオイルだけ掛けて焼いて、サラダや生ハム、チーズを乗せてるの。普通のピザよりは幾分かカロリーもマシだから、将来わたしみたいな仕事をするなら覚えとくといいわ」
     カロリー制限があってもピザぐらい食べたいじゃない?と悪戯っぽく笑ってルリナさんはピザカッターを取り出した。
    「あ、わたしが」
    「いいのいいの。まだまだ子どもなんだから甘えときなさいな」
     取り皿に乗せてくれたものをありがたくいただく。
    「口に合ったかしら」
    「はい! すっごくおいしいです」
    「なら良かった。この店のカードあとで渡すわね」
    「この世界は他の仕事よりも大人と子どもが平等でしょう。わたしがここのトレーナーになった時もそうだった。ジムチャレンジが終わったばかりの頃にスカウトされて、まだ十年しか生きていないのに大人として誰かのために命をかける瞬間なんて考えられなかったの」
     きっとこれまで相談した人たちがわたしを子どもだと事あるごとに言ったのはそういう意味だったのだろう。誰もがそのギャップに苦しんだからこそ、こんなにも親身になって相談を聞いてくれたのだ。
    「さっき、任せていいかわからないって言ったでしょう。あなたが背負うものを任せられる人ってそうそういないし、もちろん相手の重荷になるに決まってるわ。でもね、あなたの好きな人は相談を無碍にするような人じゃない。もしできなくても、きっと代替を見つけてくれるでしょう」
     それでも無理ならお姉さんが責任とってあげる。
     ルリナさんはきれいに笑って水を飲み干した。
     お腹の底から何かがこみ上げてくる。そのまま目から涙が流れた。
    「ああもう、……いや、いいわ。ゆっくり泣きなさい」
     隣に座ったルリナさんにそっと背中を摩られる。どうして涙が出るのかもわからないまま、その手に甘えて顔を覆った。
    「……ごめんなさい。もう大丈夫です」
     ようやく涙が止まって顔を上げた。
    「ひどい顔。……グソクムシャ、ちょっとこれ凍らせてちょうだい」
     机に積まれた袋からおしぼりを取り出すと、ぽんと出てきたグソクムシャがそれを凍らせる。さらに新しいおしぼりで包むと、目に押し当てられた。
    「グソクムシャ、ありがとう。ユウリ、腫れが治るまではここで休んでなさい。その間に……馴れ初めでも聞こうかしらね」
     手加減してくれたのだとばかり思っていたけれど、全然そんなことなかった。ぐったりと項垂れると、ルリナさんはくすくすと笑った。

    「……まだ少し腫れぼったいけど、まぁ大丈夫でしょう。この後は?」
    「ママに相談してから、ホップにお願いしにいこうと思ってます」
    「そう。何かあったら頼っていいからね」
     スタジアムの入り口まで見送ってもらうと、タクシーが呼ばれていた。
    「さ、頑張ってらっしゃい」
     これが大人か。わたしは頭を下げてからタクシーに飛び乗った。

     ここ数日忙しさに目を回していたせいで、自分の家のはずなのに随分と久しぶりな気すらする。タクシーから見下ろす家はまるで別物みたいだった。ドアを開けると、パタパタと足音がしてママが迎えてくれる。
    「おかえりなさい」
    「ママ、ただいま」
    「……今日はユウリが元気マイナスなのね。何かあったの?」
     わたしの一言だけで分かってしまうなんて、ママには全部おみとおしみたいだ。わたしに席を促すと牛乳の入ったマグカップを電子レンジに入れた。
    「……あのね、ダンデさんに遺言を書いた方がいいって言われたの」
     ダンデさん、メロンさん、キバナさんにジムトレーナーさん、そしてルリナさん。今日聞いたことを全て話した。もしものために色んな人が覚悟をしていること、わたしもそうあらねばならないこと、わたしに「もしも」があった時のこと。
     全て話し終えた後、ママは電子レンジからふたつのマグカップを取り出して黙ったまま差し出した。その意図が分からなくてただただマグカップを持ったまま俯くと、しばらくしてママがぽつりと呟いた。
    「ママはね、ブラックナイトの時に最強のチャンピオンがなんとかしてくれるって思ってたの。きっと、ガラルの誰もがそう思ってた」
     あの日、まどろみの森の前で話したママは確かにそんなことを言っていた。ローズ委員長もブラックナイトの最後をダンデさんにさせるつもりだったし、きっとあの場にいた誰もがチャンピオンならと思っていたはずだ。
    「ユウリは、これからそういう期待を背負っていくのよね」
    「……うん」
     それがどれだけ重たいものか、今日だけで痛いほど理解した。誰もが当たり前のように覚悟を決めて、自分が死んだあとのことをきちんと決めている。きっとそのなかで一番重いものを背負っていたのがダンデさんであり、あとを任されたソニアさんなのだ。
    「でも、ママはユウリがそんなに無理しなくてもいいんじゃないかって思うの」
     ママは手のひらでマグカップを挟んで、まるで暗い空気を吹き飛ばすみたいに言った。思わず顔を上げたわたしにママは笑って続ける。
    「ユウリがチャンピオンになったのは、ユウリができることを頑張ったからよね。頑張ったから、ブラックナイトを鎮められて、ダンデさんにだって勝った。だからね、」
     テーブルを回ったままが膝に置いたままのわたしの手をぎゅうと握った。ママの手は少し乾いていて、薄く血管が浮いている。その上にぼたぼたと涙が落ちて、苦笑したママがわたしの目にハンカチを押し当てた。
    「立派なチャンピオンじゃなくていいの。あなたができることをすることが一番なの」
     誰もがわたしに背負う前提の話をした。それはわたしがチャンピオンだからで、きっとただのユウリじゃ足りないものなんだと思い込んでいた。
    「ね、ユウリ。今のあなたが一番しなきゃならないこと、言える?」
    「……ホップに、おねがいしにいくこと」
    「できる?」
    「……うん」
     顔はぐちゃぐちゃで、こんなのでホップにお願いだなんてできるはずがないのに。ママはわたしを抱きしめてから、そっと背中を押した。
    「よし、行ってらっしゃい! 晩御飯はハンバーグカレーね」
     ママに見送られてブラッシータウンへの道を歩く。初めてのポケモンを貰ったあのあと通ったこの道に昼寝をするウールーがいたのをふと思い出した。

     研究所に入ると、丁度二人はテーブルで書類を囲んで、何事か話しているようだった。開かれたドアへ四つの目が向いて、それからすぐに大きく見開かれる。
    「ユウリ? ……その顔、どうしたんだよ」
     驚いた顔がみるみるうちに険しくなっていく。ガタリと音を立てて立ち上がったホップがずずっと近寄ってきたので、慌てて手を振った。
    「これは違くて! 誰かに泣かされたとかじゃないの」
    「じゃあなんでこんなに……」
     眉根の寄ったホップが目の下をそっと撫でてくれる。今日たくさんの人に言われたことを思い出して、背筋がきゅうっと伸びた。
    「あー、ユウリ、今日はどうしたの? ほら、深呼吸してから教えて?」
     言葉に詰まるわたしを心配したのか、ソニアさんが助け舟を出してくれた。一つ息を吐いてからホップに向き直る。
    「……ちょっと相談したいことがあって、特にホップに」
     そう言うと、まだちょっとだけ眉を寄せたホップがしずしずと席を促した。

    「遺言!?」
     仰け反ってびっくりする彼とは対照的に、ソニアさんはなるほどねという顔で頷いた。
    「わたしも初めて言われた時はびっくりしたなぁ。ソニア以外に頼める人なんていない!って言われてさ」
    「それ、アニキの話か? ……全然知らなかったぞ」
    「まぁ、あんたにそういうところ見せないようにってしてたからね。で、ユウリもその相談?」
     頷く。ホップが今知ったばかりのそれを承諾してくれるかはわからないけれど、やっぱりホップにしか頼めないのだ。腹を括った。
    「あのね、わたしにもしものことがあったら、ポケモンのことをホップにお願いしたいの」
     目が見開かれる。ちょっと諦めたくなる気持ちを抑えて言葉を続けた。
    「特にザマゼンタやムゲンダイナがシーソーコンビみたいなのに利用されるかもしれないのが怖いの」
     今日言われた数々ものを思い出して声が上擦る。泣いちゃ駄目だ。泣き落としなんて卑怯だ。そう思っているのに、言葉は勝手に吐き出されて勝手に滲んでいく。
    「ホップのところならザシアンもいるし、なによりわたしがホップにお願いしたいの。もちろん迷惑なら――」
    「迷惑なわけないだろ!」
     強く遮られて息を呑んだ。少し滲んだ視界の先でホップの目がぐらぐらと煮えたぎっているのが分かった。
    「ユウリはオレを誰だと思ってるんだ? ユウリのライバルで、将来は博士になるホップ様だぞ。オレがユウリの頼みを聞かないはずがないだろ?」
     ひとつひとつ区切るように言葉を繋いで、ホップはわたしの手を握った。がっちりと握り込む手はわたしのそれよりずっと大きくて、甘えたくなってしまう。委ねたくなってしまう。
    「……いいの?」
    「オレが断るって思われてた方がショックだぞ。むしろ他に出来ることはないのか?」
     まさかこんなにすんなりと受け入れてもらえるなんて思っていなかったから、これ以上なんて言葉も出てこない。必死に首を振るとホップは訝しげに首を傾げた。
    「本当か? 今日だってこんなにいっぱいいっぱいなのに、」
    「十分、十分すぎるよ」
     無理やり絞り出した声はやっぱり震えて、ホップが眉根を寄せるのがわかる。わたしがどれだけ必死の思いで言ったかなんて知りもしないでそんなことを言ってしまうホップに、わたしがこれ以上望むことなんてなんにもないのだ。
    「……じゃあ、約束だぞ! ユウリはちゃんとオレを頼ること!」
     握ったままの手にさらに力が込められる。ホップの言うことの意味がわからなくて呆然とするわたしに、ホップは笑顔で言ってみせた。
    「もしものことがなくたってオレはユウリの力になるぞ! 頼りたくなったらでいいからさ、もしもの時なんて寂しいこと言わないでくれよ」
    「……ホップはユウリにもしもなんて考えて欲しくないんだよ。分かってあげて」
     黙って話を聞いていたソニアさんがそう言ってこつりとティーカップを置いた。ふんわりと漂う香りはなにかのハーブだろうか。ホップがひと口飲んだのでそれに倣うと、立ち上る蒸気で目元が熱くなった。
    「ダンデくんなんて最初は深刻な顔して遺言差し出したのに、最強のポケモンを教えてくれとかカレーを作ってくれとかすっかりそんなばっかりになっちゃったし? ユウリもそのぐらいでいいんだよ」
     もう蒸気なんて言い訳できなかった。熱を帯びたままのそこからぼろぼろ涙が落ちて、慌てて手のひらで拭った。
     きっとこの先誰かのために命をかけることも、もしかしたら死ぬことだってあるかもしれない。けれど、いつかのための覚悟と、わたしがわたしであることはきっと矛盾しないのだ。
    「ほ、ホップ、」
    「どうした?」
    「あ、あのね、」
     口篭るわたしを待ってくれるホップの目は優しい。
    「今日の晩御飯がね、ママのハンバーグカレーなの。……一緒に、食べてくれる?」
     今、ただのユウリができる精一杯に、ホップは輝かしい笑みで応えてくれた。
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