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    EBIFLY_72

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    EBIFLY_72

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    鉄斎メイン
    螢サブ

    割り切った男 バインダーに挟んだカルテをパラパラ捲る。昨日一人減ったはずが、今日は二人分増えた資料に、鉄斎はなんとも言えない気持ちになった。

     鉄斎が請け負うのは、怪我を負った刀遣いたちの中でも、後遺症を抱えることになった者たちのサポートだ。つまり、生き残った者の補助である。
     それほどの怪我を負ったことを嘆けば良いのか、命だけは助かったことを喜べば良いのか。これからを生きねばならない患者のことを思うと、どちらに傾くわけにもいかない。

    「つってもオッサンは〝助かった側〟だろ?」

     真っ赤な髪と赤いパーカーと白衣が特徴的な甥っ子、五十鈴螢に、呆れたと言わんばかりの声でそんなことを言われる。
     以前あまりにも煙草の臭いが強かった為に苦言を呈したところ、今回は来る前に風呂と睡眠を取ったようだ。普段よりも幾分かマシになった煙草の臭いと目の下の隈が見える。

    「確かにそうだけどね。僕だって割り切るのに数年かかったんだよ」
    「マァ〜確かにあの頃のオッサン荒れてたわな。『努力が全部無駄になった!』って言ってたの憶えてる」
    「忘れてくれ、早急に」
    「ヤダ。こちとら、あの頃のアンタも天照就職キッカケの一つなんだからな」

     物を直すことに執着を見せる変わり者。今では誰もが匙を投げた修繕に手をつけているとも聞いている。
     そんな優秀な甥の進路に大きく関わっていることを喜びたいが、黒歴史が故に素直には喜べない。

    「オッサンはどっちだったんだ?つっても、大体察せるけど」
    「じゃあ聞かないでよ。情けない過去を暴かれるの恥ずかしい」
    「察せてもわっかんねェから聞いてンだよ。惜しんだなら補助具でも使えば良かったのに、結局すぐ凪鞘に移籍したんだろ?オッサンなら下緒でもやれたのに」

     螢が背もたれに思いきり体を預け、パイプ椅子がキィと軋む。
     確かに鉄斎の符と式神の練度は高く、天照からの信頼も厚い。それこそ当時、戦えないから伍段へ降格をと望んでも、教官資格を理由に参段に留められ、今でも月に二度教官として教鞭をとる程に。

    「符や式神の技術が優れていても、妖魔を倒せるのは結局妖刀だけだからね。満足に剣を振るえないってなると、下緒院に行ってもね」
    「補助具は?」
    「壊れたら動くこともままならないんじゃ困るだろう?」
    「へー。直しゃいい話じゃね?」
    「現場で壊れたら流石に無理だよ。螢が付き添ってくれるなら今からでも考えるけど」
    「俺修繕専門だからムリ」

     そんなことを話していると、部屋の外が俄かに騒がしくなる。
     病棟で騒ぎが起きる理由は大きく分けて三つ。一つは患者の容体の急変。一つは急患の登場。そしてもう一つは──

    「千葉さん、また脱走者が…!」

     職員が血相を変えるコレ、患者の脱走だ。
     元々怪我を負う頻度が高い刀遣いだ。ある程度の痛みには慣れている者が多く、気付かぬうちに無理をして傷が開いた、という話はしょっちゅう聞く。
     医療従事者としては、医者が安静にしろと言うのに何故動くのか、治りを遅くしたいのか、後遺症を負いたいのか、もしかしていっそ死にたいのか?と問いたくなる。

    「全く、今度の悪い子は誰だい?」
    「参段の方です。足が速くて追いつけず…」
    「あらら、もしかして僕が担当になった人かな。わかったよ。もうすぐここを通るだろうから、君は扉の内側で待っていて。危ないからね」

     伝えてくれた職員を部屋に入れ、複数の擬人式神を放つ。逃げる患者を誘導するよう命じて見送った後、ほどなくして病衣姿の男がスリッパも履かず全力疾走で向かってきた。

    「っ、邪魔だオッサンどけ」
    「退かないよ」

     がばりと両腕を広げた鉄斎を前に、上を飛び越えるか下を潜るかと考えた次の瞬間、男は胸部に強い衝撃を受け後ろに吹っ飛んだ。
     一瞬で間合いを詰めた鉄斎による、綺麗なラリアットである。

    「ガハッ……な、にすんだ、このオッサン」
    「うんうん、元気があって大変よろしい。じゃあ今日のリハビリ頑張ろうか」
    「ハァッ必要ねぇよ!」
    「今の僕の動き、見えていたのかい?」

     その問いに何も答えられず、男は押し黙ってしまう。
     鉄斎は消えた訳でも、目にも止まらぬ程に素早く動いた訳でもない。ただ身を屈め男の視界から一瞬外れ、突っ込んでくる男に合わせて腕を伸ばしていただけだ。男側に勢いがついていたために衝撃は強かったが、傷に響く程ではない。
     それすら見えていなかったのだから、無理に退院したところでまた凪鞘班(ここ)に戻ってくるだけだろう。

    「怪我もきちんと治さずまた前線に立つのかい?それは早死への近道にしかならないよ」
    「だから、怪我は治ってんだ!リハビリなんかやってられるか」
    「まだ治りきってないんだよ。事実動きに違和感があるようだし。それとも、もっと酷い状態にして戦うことすら出来なくなりたいのかい?」

     そこまで言って、漸く抵抗をやめた男の肩にポンと手を置く。

    「どうしてもと言うのなら、納得できる条件付きでリハビリ免除を考えてもいい」
    「はっ…?」
    「あれだけ動けるなら最悪逃げるぐらいどうってことないだろう?だけど、言いつけを守ってリハビリを受けてくれるのなら、最良の結果を約束するよ」

     尻餅をついた男に手を差し伸べながら言った鉄斎の言葉は力強く、今まで通り動けなくなるかもしれないと心の隅で怯えていた男は、強張らせていた表情を緩めた。

     遅れて到着した他職員に男を預け、午後からのリハビリで会おうと約束した鉄斎は部屋に戻る。
     すると、勝手に冷蔵庫から拝借したのだろう麦茶を啜る螢が「オッサンってさァ」と切り出した。

    「ただの市販サポーターであンだけ動けるなら、ちゃんとしたやつ使えば普通に戦えるンじゃねェの?」
    「まさか。せいぜいが自衛できる程度だよ」

     信じていない様子の螢に苦笑を漏らす。
     今更刀を握ったとして、出せる実力は全盛期の五割以下だろう。新人の打ち合いの相手になることはあっても、生死を分けた戦いの記憶は遠い過去のものとなりつつある。年も重ねて、衰えは否めない。今更で戻っても足を引っ張るだけだ。
     それに、敵と戦う力がなくとも、今は別のやり方を取れる。

    「僕は〝割り切った〟からね。現状には満足しているよ」
    「…そーかよ。ま、気が変わったら言えよ。そのケツ引っ叩いてやっから」
    「それ、螢が僕のおしり引っ叩きたいだけでしょ!」
    「良いだろケツドラムぐらい!減るもんじゃなし!」
    「減らないけど高校生までに卒業してほしかったなぁその趣味」
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