Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    tohko_musica2

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 1

    tohko_musica2

    ☆quiet follow

    過去のサルベージ。
    種運命でフリーダムが撃たれたあたりをアスキラ寄りで。

    輪の花びら①高台に咲く白い花は海風に揺られ、さらさらと音を立てた。
    この場所にいつ、誰が種をまいたのかは分からない。
    そうせずにはいられなかった人は、この地で失われた命の鎮魂を願ったのかもしれない。或いは、己の弱さを覆い隠し、許しが欲しかったのかもしれない。
    西に傾いた陽は地平線の向こうへと沈もうとしながら、最後の灯火を与えるように緋に染まり、南海の青を黄金色に染め上げる。
    全面のオレンジの中、白い花は決して侵されることなくけれど可憐な姿を調和させた。
    キラがこの場所を訪れたのはこの時が初めてだった。
    コーディネーター、しかもただのコーディネーターではなく、この世界においてあまりにも過酷な性を生まれながらにして与えられてしまったキラは、当然ながら地球上で暮らせるはずもなく、オーブ国籍こそ持っていたものの、この年になるまで地球上で暮らしたことがなかった。
    地球に初めて降りたのはヘリオポリスの崩壊、更にはアークエンジェルに乗ってしまったという偶然の産物であり、戦争がキラを地球に呼び寄せたというのは皮肉でさえあった。
    第二次ヤキン=ドゥーエ攻防戦と停戦。ひとまず戦時から脱した地球・プラントの政治家達はその後、和平への道のりを歩み始めた。
    停戦の半年程後には正式な停戦協定である『ユニウス条約』が締結され、戦時は終わった。とは言え、本当の意味での戦争の終わりからは程遠く、そんな世界から逃げるように、戦後キラはオーブへと居場所を求めた。
    たどり着いたのはオノゴロから程近い小さな孤島だった。
    戦争に傷ついた子供達。キラだけではなく、アスラン、ラクスもまた、同様にこの場所に身を隠した。
    ひっそりとただ時の移ろいに流されながら、一つの戦争の終わりと新たな戦争の始まりを予感していた。
    停戦の日から一年がたった。
    世界は再び戦争を引き寄せようとしていた。連日のニュースが互いの陣営を罵り合い、勃発するブルーコスモスのテロを大西洋連邦はやむを得ないとしていた。
    この日、孤島の住人の食料調達を請け負ったアスランとキラは、日帰りの予定でオノゴロを訪れた。朝早くやってきたこともあって、昼過ぎには買い物の大半は終了し、既に出航を待つばかりの小船に積み込んである。すぐに帰るものとばかり思っていたアスランは、キラの意外な一言により操縦席に乗り込むのを中断した。
    慰霊碑に行きたいんだとキラは言った。
    それは一年と少し前、ジャスティスに乗ったアスランとフリーダムに乗ったキラが、地球軍を迎え撃った場所だった。
    他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入せず。
    それでも、国を閉じただ一国平和の中に在ることも出来なくなったオーブは、自らの平和のために世界の平和を願った。
    戦いを終わらせるための戦いを選び、キラもまた、それを選んだ。
    揺れ動いていたアスランもまた、選ばずにはいられなかった。
    多勢に無勢、苦戦を強いられるオーブ軍を見ていれば、それでも必死に地球軍をオーブ領内から追い払おうとするキラを見ていれば、止められなかった。
    母を奪ったブルーコスモスを憎みザフトに入隊し、『ザフトの敵』と戦い続けていたアスランは、母と喪失にも勝る恐怖を覚えた。
    キラが撃たれる。
    そう思った時、自らの立ち位置も、軍服の色も、父の名も、すべてがどうでもよくなっていた。
    一度は自らが奪おうとした命を、無二のものと知った。
    敵も味方も関係ない。
    ただ、失いたくなかった。
    「キラ…?」
    揺れる花々の間に膝までうずめたキラはただ一心に慰霊碑を見上げていた。眉を寄せ、見ている方が苦しくなるような耐えた表情にアスランは胸をつかれる。さりとて何と声をかけていいのか分からず、ただ立ち尽くすしかない。真っ直ぐに向けられる紫の双眸は真摯で、慰霊碑から感じ取る声なき悲鳴を、ただひらすらに自らの罪と受け入れているようにも見えた。
    罪、なのだろうか。
    悔やむ横顔を垣間見ながら、アスランの記憶もまたあの日のこの場所に立ち返る。
    あの日、感じたのは無力だった。ザフトが開発した最新の、核を搭載した禁断のモビルスーツを駆ってなお、太刀打ちしかねるほどに相手は多勢だった。最初から万に一つも勝てる可能性はなく、オーブ代表であるウズミが望んだのは民間人を逃がすだけの時間と、後は、悪あがきだった。
    ただ食い止めたいだけだ。
    そう念じながら必死に機体を駆った。ウズミの思惑とは関係なく、わずかな可能性をひたすらに希求した。
    オーブを守りたい。
    オーブの理念を守りたい。
    そんな願いの宿る場所がここであり、あの日守れなかったものの象徴がこの慰霊碑だった。
    理念だけを携えて、国土を捨てた。おそらくあの戦いで命を落とした民間人もいるだろう。失われた命のすべてを背負うというのならば、確かにここは罪を突きつける場所だった。
    一人で背負うべき罪ではないと声をかけてやることも出来ただろうが、アスランはそれを躊躇った。キラの背中はそれを望んでいるようには見えなかったし、キラの出生を知った今、容易く言うのははばかられた。
    最高のコーディネーター。おそらくこの世界で最も優れた『人』であり、人の欲望の因果の果てであり、戦争の始まりである終わりでもある存在、それがキラだった。キラはキラだと言ってやればいい。言葉通り、アスランにとってキラの出生など関係ない。最初こそ驚いたものの、だからといってキラに対する想いが変わるわけではない。
    が、キラの心に影が落ちる。
    停戦後、キラが世界から逃げるように孤島行きを望んだのも、もしかしたらそれが関係しているのかもしれない。
    キラは、クルーゼを撃った。撃った先に戦争の終わりがあった。
    クルーゼはキラを生み出す過程の悲劇の一つだった。
    彼は人の生の終わりを望んだ。キラは人の生の存続を望んだ。今日の日の平和はこの慰霊碑の下に眠る者達の上にあり、クルーゼの死の上にあった。キラが守れなかったものとキラが断じたものの一つの具現だった。
    葛藤する。
    『化け物』か『英雄』か。クルーゼの死によってしか得られなかった戦争の終わりは、望んだものだったのか。戦争の終わりは人殺しの罪を赦すのか。
    戦後、キラが孤島に引きこもったのは、恐怖からだった。
    再び戦うこと、殺すことへの恐怖。容赦のない戦争の足音はキラの耳を手で覆わせ、わなわなと全身をふるわせるのに十分なものだったが、あまりに穏やかな孤島の日々と不安定な停戦状態が、恐怖からの逃避を許した。
    引きこもり、世界を閉ざした。時折オノゴロを訪れることがあったものの、今日のこの日までこの場所に足を向けることはなかった。
    何故今、キラはここに立つのか。アスランはキラの真意を推し量るようにうかがい見る。が、紫の双眸は苦しげに寄せられるばかりで、思わず抱きしめたい感情に駆られる。
    ただ風に揺らされる白い花と同様に、細いキラの身体もまた、風に揺られ、崩れ落ちてしまいそうな気さえした。
    「キラ」
    一度目呼んだ時よりも少し強い口調で名を呼んだ。驚いたように顔を上げたキラは、一瞬アスランの方を向こうと首を動かしかけ、けれどアスランではなく別の物へと視線は向けられた。
    一際大きな風が吹き、茎が折れてしまうのではないかと思うほどに花々が揺れ、花びらは地面にひれ伏す。同じ方向へと倒されていく中でキラとアスランの立つ場所だけが風よけとなる。
    キラの膝に花びらが押し付けられる。キラは哀れむように花をみつめ、再び慰霊碑へと視線を戻した。
    「僕は、たくさんのものを失った」
    ぽつりと呟く。
    「そして、たくさんのものを奪い、殺した」
    「キラ?」
    ほんとは、戦いたくなんてないけれど、撃ちたくなんてないけれど、最高のコーディネーターなんて名前、いらないけれど。
    けれどと、キラは一度言葉を区切る。切なる色彩を帯びる紫はアスランの方へと向けられる。アスランは思わず手をのばしてしまいそうになって、指先を拳の内に押し込む。どうしようもなくアスランの心を揺らすキラの双眸は痛ましくて、けれどきれいだった。
    亜麻色の髪が夕焼けの空と調和しながら揺れる。横の髪に邪魔をされて思わず閉じてしまった双眸が再び開いた時、アスランは息を飲んだ。
    「でも、守りたいものがあった。そのために戦わなければならないと思った。撃たなければ守れなかった」
    風の音が支配する場所に、すっと声が落ちる。
    キラは真っ直ぐにアスランの方を向いた。
    「迷ってる。でも、きっとまた僕は、力を欲するのだと思う。あの、人を殺すための力を」
    「キラ」
    「どうして同じ『力』なんだろうね」
    僕達は何をやっているんだろうね。そう言ってふっと緩んだ唇と、細められた紫に泣きたくなった。
    キラは世界から逃げ出した。
    けれど、再び力を手にするという選択を突きつけられた時、ただ拒むだけではないのだろうと思い知らされているようだった。
    キラは力を手にし戦うだろう。
    人を、世界を、失わないために。
    その切なる願いのために、人を殺してしまうという矛盾を背負い続けなければならない肩は細く、アスランは一度は耐えた手を、のばしてしまった。
    右手で肩をつかみ、抱き寄せる。さして力を入れずとも傾いた身体は、容易くアスランの胸の内に収まってしまう。
    「アスラン?」
    「お前は、戦わなくてもいい」
    万感の想いとともに告げれば、キラの身体は哀れなほどに揺れる。あたためてやるかのように抱きしめる手に更に力を込めようとした時、アスランは驚きに顔を上げる。
    風に吹かれれば手折られてしまうかのようなキラの身体は、一本の芯が通ったかのように真っ直ぐにのばされ、アスランを見つめていた。
    「キラ」
    「アスラン」
    キラは自身の足で立ち、アスランの腕からのがれようとすることもなく、ただ顔だけをアスランの方へと向ける。
    澄んだ紫に碧が重なる。
    キラが動くことがなければ自分はなんと言っていたのだろうとアスランは省みる。
    お前は俺が守るから、だろうか。
    だから、お前は戦わなくてもいい、お前が再びあの機体に乗ることはない。きっとそんな言葉だったのだろう。が、豹変したキラがアスランから言葉を奪う。
    「守りたいよ、僕も」
    「キラ」
    「この世界も、皆も。…君を」
    「」
    紫の瞳は一度閉じられ、再び開く。閉じる前と同じ色彩がアスランの視線を釘付けにする。
    「君を、失いたくはないよ」
    この手を、放したくない。
    一度は別れ、戦い、殺そうとさえしたけれど。
    これから何度武器を手にしても、何度人の死に立ち会うことになっても、この手を、汚してしまっても。
    望みは変わらないだろう。
    どうか戦争のない世界を。
    アスランと戦うことのない世界を。
    「アス…」
    そっと細い指先がのびて、アスランの藍の髪をすくいあげる。
    つっとふれる指先にアスランの肩が揺れる。
    「僕達は、何をやってるんだろうね」
    吐息のようにこぼれ落ちた言葉が重く圧し掛かる。そのままふっと動いた唇が、アスランのそれをねだるように閉じられる。うっすらと細められていく双眸に視線を奪われながら、アスランはキラの唇をふさぐ。
    本当に、何をやっているのだろう。
    慰霊碑を無垢な花が覆い、その花を吹き飛ばすように風は吹く。眩しいほどの金色が全身を包む。
    何故、こんなにも不安になるのだろう。
    白々しいと思いながらも自問し、アスランはキラの唇をむさぼり、痛い程に抱きしめる。
    それ以上言葉はなかった。
    分かっていることは少なかった。
    この不安定な世界で、今にも戦争が始まってしまいそうな世界で、互いに同じ願いを抱え、互いを失うことばかりを恐れているということ。それ以上の哀しみなど知らないということ。
    互いが互いと生きているこの場所を、この場所に生きる人を、守りたいということ。
    そのためならば、悲鳴を上げる心さえも押さえつけ、再びモビルスーツを駆り、戦場にも立つだろうということ。
    「世界は…」
    「キラ」
    「アスラン」
    唇が離れ、透明な糸が互いの唇をつなぐ。やがてそれが途切れ、一つ息をついた後、キラははっきりとした口調で告げた。
    「君が、好きだよ。とても」
    アスランは言葉を失い、ただ、込み上げてくる想いに捕らわれる。それを言うなら俺の方だ、そう心の内で告げながら、背に回していた手で亜麻色の髪をすくってやる。
    そうしながらアスランは視線を慰霊碑へと向けた。
    夕陽に照らされて立つ慰霊碑は無機質で、何も語ることはない。
    戦争が始まればきっと、キラは戦うだろう。
    それは分かっている。けれど、出来ることならば、戦わせたくない。
    戦争などもう二度とごめんだと思った。思いながら、慰霊碑に名が刻まれる人々の死を想った。
    死は哀しみを誘った。
    が、その時アスランの心を占めたのは、キラへの想いばかりだった。
    どうか、キラに撃たせないでください、殺させないでください。キラを哀しませないでください。そう、願いながら失われた命に想いをはせ、あの日、モビルスーツに乗り戦っていた自身を思い出す。
    白い花が風に乗った。



    後にブレイク・ザ・ワールドと呼ばれる惨事、かつての悲劇の地、ユニウスセブンが破壊され、地上へと降り注ぎ、多くの罪なき命を奪っていったのはそれからしばらくのことだった。
    始まってしまった戦争を止めるため、アスランはザフトへと戻った。
    そして、キラは。
    ぎりぎりの場所で一つの選択をし。
    フリーダムは目を覚ました。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works