シュレースヴィヒ神聖ローマと暮らしてた時間よりもダン兄さん🇩🇰との生活が長く、独州の中で変わった在り方で編入したシュレースヴィヒは自分を「異端者」とか「はぐれ者」とかしばしば使ったりしてある程度線引をしたり、独州に属してはいるけど、独州の誰にも伝えずにデンマークへの出入りをしてたりする。ダン兄さん🇩🇰には連絡入れるし会えるなら会う。今はホルシュタインと一緒に住んでるけど個人的なお家が交易の町であるフレンスブルクにあってそこに何日か居たりもする。フレンスブルク周辺で過ごすときはもっぱらデンマーク語で生活。シュレースヴィヒ自体、自分達から争いを起こしたりするのに否定的で国民が苦なく過ごせれば誰の統治下でも自分個人としては構わないと思ってる。けど国民が戦うならその意思を汲んであげたい。大火災や戦争被害、軍事基地等で国が衰退してその度に持ち直す位辛抱強い。被害があった場所にはシュレースヴィヒ自ら復興に赴く。プロイセン統治時代に戦い方は教わったけど、社交場の華になる方が合っていると感じている。シュレースヴィヒ公国軍って持ったこと無いもん。弟同様に交易や商売の話は得意で船乗りと仲良くなるのが早い。
外見
身長は高くデンマーク人が住んでいる影響が大きい。個人的にGER48の中で一番背が高いと良い。
シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争が起こるまでは髪を伸ばしていたけど、戦わないといけないとなった時に決意として髪を切って保管していたが、ドイツ再統一時に燃やした。髪の長い時はセンター分けで両側に垂らしていたけど今は左耳に髪をかけるスタイルで落ち着いた。ザクセンに似ていたらしい。
以前はデンマークと似た軍服や年代に合わせた民族的衣服だったり貴族衣装だったり。現在の軍服はプロイセンと暮らすようになった時からでプルシアンブルーを着ている。サッシュは左肩から右腰にかけてネクタイ結びで黄色なのは公国時代からの国章から。サッシュは基本右肩からだけどホルシュタインと並んだ時にシンメトリーにしたくて探していたらデンマークに左肩からかけるサッシュがあったのでこうなった。コートは閉める派でズボンはストレートなもの。ブーツはセンターリボンとリボンなしの二種類持っている。武器はデンマーク仕込の大斧。一緒に暮らしてた頃はデンマーク領の証でダンの大斧とお揃いの王冠のチャームが付いたがドイツ帰属時にお返しした…が、後日「友人の証」として同じチャームを貰っただと俺が喜ぶ(?)
関係性
(絵での会話が難しいのでキャラが話してると思って下さい。)
ホルシュタイン
簡潔に言えば兄弟兼旦那。
生まれは一緒だけど育て親が違う感覚。
元々ダン統治の関係でダン兄さんと夫婦に限りなく近い関係だった所にホルシュが加わってさらにホルシュタイン公に統治権が承認されたから弟と実質的な結婚になったんだっけ。更に俺ら兄弟とダン兄さんの所が同君連合になったからもんだから重婚状態になったよ。兄弟喧嘩はした事ない筈。ホルシュがダン兄さんに喧嘩売りに行った事はあるらしいけど。今は仲良く同居中。家の事は俺、外交的な事はホルシュと兼任したりする。でもダン兄さんとか北欧の人達との外交は俺がライヒ(ドイツ)と一緒に向かったりする事が多いかな?
俺が長くお嫁側なので後はお察し下さい。笑
神聖ローマ
発足当初と解体前くらいでしかちゃんと一緒に住んでいなかったから何となく気まずかったけど、解体寸前はデンマークでの話をよく話した。神聖ローマは結構俺に相談…というか思ってる事を話してくれて話しやすい相手の一人と思ってくれたのかな。
プロイセン
小さかったマリアが大きくなってまぁ…とは思った。性に合った生き方だったから必然ではあるか。ブランと同君連合になった時はちょっと驚いたかな?プロイセンの統治時代は一緒に暮らすっていうより同胞って認識。おしどり夫婦の所に入っていくの申し訳ないよ…マリア呼びは正直ロマーノさんから移った呼び名だけど、確かにマリアなんだよね。
デンマーク
元上司で元旦那
今は義兄弟に近い感じでチェスや船、戦闘その他諸々を教えてもらった同居歴が一番長い人。
コペンハーゲンでチェスでもすっぺ!は健在。
ダン兄さんに最初の頃は女の子かと思われてた。
WW2後デンマークへの帰属の話を蹴ったダン兄さんには感謝していてこれからも仲良くありたい。
ノルウェー
元上司
ノル兄さんと暮らしていた時期もあったから妖精とかが見えるのはその影響もあると思う。俺達は基本的に穏やかだと思うよ。言語的に近いのでちゃんと勉強すれば言語習得も出来そう。雰囲気はノル兄さんよりになってるってダン兄さんに言われる。
イタリア=ロマーノ
ロマーノさんとは修道会繋がりなんだ。ロマーノの所が総本山で俺の所は、あーっと派生に近い修道会が置かれてるんだ。堅苦しいから敬語は止めろって言われるけどこればかりはね。バカンス以外でもロマーノさんの所に時々行ってるよ。