荷物執政補佐官の執務室。
雑多に置かれた書類の束を前に机に突っ伏したインパは、その膨大な量の書類から1枚を抜き取り、盛大にため息を吐いた。
「はぁ…また退魔の騎士への配属希望者ですよー…」
厄災復活を前に選ばれた各部族の英傑達。
ハイラル王は英傑達の就任の際、任務に赴く際に指揮できるようハイラルの部隊作り率いることを許した。
つまり各英傑直属の部隊を作るということだ。
本来であるなら部隊の編成は実力や素行家柄などで決められる。
しかしハイラル王は特別な部隊ゆえに英傑への信頼も大切だと言い、まずは兵士たちにどの部隊につきたいかを申請するように言い渡した。
結果その膨大な申請書類を前に執政補佐官殿は頭を抱えているのだが…。
「申請偏りすぎです!今のところリンク4ウルボザ2ミファー2ダルケル2くらいの割合でリーバル0ですよ!」
あり得ない!と頭を抱える前で、同じく書類を見ていたゼルダは困ったように首を捻った。
「リーバル以外の英傑達は英傑になる前から各部族での名声や実力もしめされていますから憧れられるとして、リーバルに人が集まらないのはなぜでしょう…リトの槍使いを倒した時の歓声はたしかにリーバルの実力を認めたように思えましたが…」
「あそこにいた兵士たちしか見ていないからじゃないでしょうか。実力もわからない無名の弓使い。それにリーバルは……。兵士としては盲目の弓使いが隊を率いると言われれば嫌厭してもしかたがないのかもしれません」
リーバルの実力はゼルダもインパも知っている。しかし肝心の兵士たちがそれを知らないせいでリーバルという存在を誰もが見くびっているのだ。
「いっその事討伐任務に兵士達をあててリーバルに同行してもらいますか?」
「それはいいと思いますが、しかしそれだと結局同行した兵士達だけがわかるだけですし…リーバルが表立って活躍するとも限りませんよ?」
何かいい案はないかと2人して頭を抱えていると、控えめなノックの音が響き話題の1人であったリンクが大量の追加書類を持って部屋に入って来た。
「纏まりそうですか?」
置き場所のない書類をとりあえず椅子に置いたリンクはインパに尋ねたが、インパは疲れた顔で髪をかきあげただけだった。
その様子で状況を察したリンクはお疲れ様です。といたわりの言葉をひとつかけた。
「リンク。兵士としての意見を聞きたいのですが…どのような形でリーバルの実力を知れば兵士たちの心を動かせると思いますか?」
ゼルダとしてはお手上げ状態を少しでも打開したかった。リンクならわかるだろうというよりは、少しでも違うアプローチが欲しいのだ。
リンクはしばらく考え込むと、インパの横に避けられていた数枚の申請書類を手に取った。
「一介の兵士の意見が参考になるかは分かりませんが、模擬戦はどうでしょうか。現在リーバルの部隊を希望しているこの4名と俺を希望する部隊員全員との模擬戦」
「は、はああ!?本気ですか!?現在あなたを希望してる人1000人以上いるんですよ!?」
「結局その後選抜して50人に減らすんですよね?ならその選抜試験も兼ねてという事でどうですか?」
「いや…1000人をリーバル含めて5人でどうしろっていうんですか…」
「リーバル側の部隊は2日間生き延びること。指定されたポイントに伝令をはしらせ救援を呼べたら勝ち。俺の部隊はリーバルの部隊を逃さないように2日以内に仕留める事。もちろん、俺かリーバルの首をねらってもよし。平等とはいいませんが、戦場で孤立してしまった場合は1人だろうが5人だろうが関係ありません。これもれっきとした模擬戦ですよ」
リンクの言うことは一理ある。戦場でもし逸れたら、任務で1人取り残されたら。
生き残らなければならない。
魔物や敵が命を狙いに来る場所で逃げ延びなければならないのだ。
もしリンクが提示したこの模擬戦が成功したら、リーバルを支持するものは格段に増えるだろう。
しかしもし失敗したら、リーバルの評判は下がり誰もリーバルの言葉を聞かなくなるかもしれない。
下手したら王命で操り手を下ろされる可能性もある。
「…お付き合いされていると聞きましたが、ずいぶんと酷な提案をしますね」
「それとこれとは別と言いたいところですが、大切な人だからこそちゃんとした部隊を率いてもらいたいんですよ」
「そうですか…姫様、どうされますか?」
リンクの提案は理にかなっていて1番リスクもあるが効果的な作戦だ。
他に方法がないのなら進めてもいいだろう。
ゼルダは引き出しから一枚の紙を取り出すと、サラサラと書き込み最後に自分のサインを書き込んだ。
「許可します。場所日時は追って知らせますが、まずはリーバルの部隊を希望したもの達に通達をしてください。御父様にも私が話をします」
「はっ!」
こうしてリンクが率いる大部隊と、リーバルが率いる5人とのサバイバル模擬戦の話題が城中に噂されることになった。
規模の違いや知名度からリーバルの部隊を応援するものはおらず、どこをいってもリンクの部隊の勝利を確信する声が聞こえた。
しかしそんな噂話など気にも止めていない話題の人物リーバルは、耳障りな雑音から耳を閉ざし
ある日自分の率いることになった4人を訓練所に呼び出した。
時間外のため人は5人しかいない。
「急に呼び出したりして悪いね。でも急に君たちを率いて模擬戦なんてものをさせられることになったから、事前に少し話しておきたくてね」
リーバルの元に集った4人は所属も武器もバラバラのハイラル兵だった。
1人はリーバルがリトの村で槍使いを倒した際に姫の護衛として来ていた騎士の1人。長い槍を片手に立つ姿は凛々しく4人の中で1番歳は上だろう。
2人目は兵士の服がよく入ったなというほど縦よりも横に大きな体つきをした大剣使い。朗らかな雰囲気でリーバルに敬礼する姿はどこか愛嬌があるとも思えた。
3人目は2人目とは違い背は高いがひょろひょろとした印象の青年で、ハイリアの兜が大きいのか目の上にまでずれて慌てて何度も被り直していた。
片手剣を背負ってはいるが、まともに触れるのか不安である。
4人目はハイラルの兵士ではないらしくシーカー族の服に無理やり鎧を纏った不思議な出立ちをした青年だった。
リーバルと同じく弓を背負っており、異様なほど気配の薄い青年だった。
「さて。君たちがなんで僕なんかの部隊に志願したのかは正直興味ない。ただ僕の下につくっていうのなら覚えておいてほしい。僕は兵士でもなければ騎士でもない。ハイラル王国の模範たる騎士の訓示なんか微塵も知らない。僕が君たちに教えられるのはただひとつ。…生き残り方だけだ」
リーバルの言葉に皆は反応しなかった。しかしあるものは視線は彷徨わせ、あるものは訝しんだ。
その中でふくよかな大剣使いがおずおずと手を挙げて訪ねた。
「あの、生き残るとは戦い方でしょうか」
「戦い方はみんな自分の中にあるだろ?その能力の使い方だよ」
「僕でも…能力なんかあるんでしょうか」
ヒョロヒョロの青年は自信なさげに目線を彷徨わせ、震える手をもじもじと擦り合わせた。
兵士らしくない態度と体型だと馬鹿にされてきた青年。リーバルはフンと鼻を鳴らし青年の腕を掴みペタペタと触れていった。
「木の枝みたいだね」
「みんなから言われます…」
「素晴らしい呼び名じゃないか。僕もよくここの兵士からお荷物って言われてるよ」
「それは、馬鹿にされて…」
「そうだね、馬鹿にされてる。でもその馬鹿にしている奴らは僕らのような荷物の使い方も知らない愚か者なんだよ」
リーバルは歌うようにして声を高らかに、けれど穏やかに兵士達に伝えた。
「木の枝は工夫したら何になる?束にして火をつければ焚き火になる。布を巻けば松明に。振り回せばボコブリンだって倒せる」
「君はなんて言われてる?なるほどタルね…その樽はなんのためにある?水をためる、食材を詰め込める、君たちが好きな酒だって樽に入ってる」
「君は?へえ、存在すら忘れられる。つまり君はまだその存在の価値に気づかれてないってことだ」
初めて言われた言葉の数々に皆が目を丸くしていると、リーバルは一人一人の方に触れていき最後に槍使いの前で立ち止まった。
「君はきっと今まで培ってきたものが変化する時。その変化を受け入れれば君はまだまだ強くなれる」
「君達はまだ自分自身の能力に気づいていない。使い方を教えられていない立派な武器だ。だからそれを活かすための生き残り方を僕が教える。僕らをただの邪魔な荷物だって思ってる奴らに一泡ふかせてやろうじゃないか」