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    namidabara

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    5/24 進捗
    7日目/5/23の続きです。
    原作程度の鶴←宇佐要素含みます。やっぱ宇佐美はこうでなくっちゃな!
    甘やかされる尾は可愛い

    尾月原稿「知りたい? 百之助」
     なんでお前が知っているんだ。真っ先に頭に浮かんだ感想はそれだった。なんでお前なんぞが、そう思った理由を尾形自身が分からずに困惑する。情報通のゴシップ好きな宇佐美ならっば、知っていたとしてもおかしくはないだろう。だが尾形の心の奥底では、『なぜ俺が知らないあの人のことを、お前なんぞが知っているのだ』と、確かに何者かが喚いていた。
     普通のΩよりも太いベルトで覆われた幹のような太い首。その上質な黒革でさえ隠しきれない赤茶けた皮膚。そこにどんな痛みがあるというのだろう。尾形は、ただじっと目の前の真っ黒なコーヒーを見つめていた。
    「知りたいかって聞いてんの」
    「……別に」
    「素直じゃないね~。それともまだ自覚してない? アハッ、ウケる!」
    ロールケーキを大きく切って口に運び、宇佐美はケタケタと笑いながら言った。
    「ホンット面倒臭いね、お前は。仕方ないなあ、月島係長のことが知りたくて知りたくて堪らないって駄々こねる尾形百之助君には、特別に教えてあげる」
    「そんなこと一言も言ってねえだろ」
    「言ってます~。表情と態度が言ってんだよ」
     そろそろ貧乏揺すり、やめたらあ? そう言われてハッとする。尾形の膝は先ほどからせわしなく揺さぶられていた。全く、いちいち気づきすぎる男である。
    「月島さん、小さい頃に項を噛まれて番になった人が居たんだけど、色々事情があって離れ離れになったんだってさ。その人との番を解消したくないから、項はずーっとそのままなんだって」
     ——捨てられたΩ。尾形の脳裏にすぐにその文字列が浮かんだ。思い浮かぶのは壊れ切った母だ。『行きはよいよい帰りは怖い——』三味線を弾くフリをしながら、今日も帰ってくるはずのない男の為に唄を紡ぐ母。あの男もアレと同類ということか。あの、容易く手折れてしまえそうだった女の頸と、屈強で太い丸太のようなあの頸が、同じ。
     動揺しながらも、あることに思い至る。不定期のヒート。捨てられようが何だろうが、ヒートは定期的にΩの身を襲うはずだ。だが月島のそれはいつだって変則的だった。三日と開けずに来ることも、はたまた二か月程来ないときもあった。尾形はバース性について特別な知識があるわけではないが、それが異常なことであるということだけは理解している。
    「そうだとしたら、ヒートが不定期な理由はなんだ。説明がつかねえだろ」
    「不定期? 月島さんのヒートが? ってか、あの人にヒートなんて来たことあるの?」
      谷垣や野間が来てるのは見たことあるけど、そう言えば月島さんがヒートになってるところは見たことないや。心底きょとりとした顔で聞き返されて思わず舌打ちをする。そうだった、この男はβだ。ヒートが放つ特有のフェロモンの香りを知らないのだろう。βの男に悟らせない程に、月島は己の異常性を隠し通していたのだ。かくいう尾形も、実際に月島がヒートに襲われている状態を見たのは忘年会のあの日が初めてだった。
    「でもそれに関係あるのか知らないけど。月島さんの番って、もう——死んじゃってるらしいよ」
     宇佐美はわざとらしく声を潜めて身を乗り出して囁く。その声は随分と小さいはずなのに、静まり返った喫茶店によく響いた。もう、死んでいる? あの体は、もう肉すらない番の種を求めて狂うのか。
    「ま、あくまで僕が聞いた話だけど。信憑性は高いよ」
    「誰から聞いた」
    「篤四郎さん」
     恍惚の表情で返される言葉に尾形はげんなりしながらため息を吐いた。一番信憑性が低い男ではないか。人誑かしの笑みを浮かべる美麗な上司を思い浮かべる。信用ならない、を辞書で引いたらこの男の名前が真っ先に出てくるだろう、そういう男だ。まあ、二番目に出てくるのは自分の名前だろうと、尾形は自負しているが。
    「なんでお前なんかにそのことを話したんだよ」
    「知らない。篤四郎さんのお考えが、僕らごときに分かると思う? でも、僕がお前に話すのはお見通しだっただろうけどね。あの人、月島さんの事大好きだもん」
     どうしてそんなセリフに繋がるのか分からなかった。分からないことだらけで視界がぐらつく。どこまでが鶴見の嘘で、どこまでが宇佐美の嘘で、どこからが確かな真実だ?
     真っ黒なコーヒーの水面に移った己と目が合う。酷い顔をしていた。それが連日連夜のハードワークのせいだけではないことは明らかであった。
    「あっはは、ウケる! 百之助、マジじゃん! キモすぎでしょその顔~」
     静かな喫茶店に似合わぬほどの大きな声で笑った後、宇佐美は尾形の皿に残っていたシフォンケーキに勢いよくフォークを突き立て、一口で頬張った。尾形が手慰みに突いていたそれは、あっという間に宇佐美の胃の中へと消えていく。
    「さて、と。僕はそろそろ戻るけど、お前はしっかり二時間休んで来いよ」
    「は? 何言って」
    「もうお前の分の時間休は申請済みで~す」
     はっとして社用端末を見れば、鶴見から「ゆっくり休むように」と言う絵文字付きのメッセージと共に、時間休の申請が勝手に受理されていた。パチンとウインクをしてこちらに微笑む上司を思い出して、こいつらグルだったか、と宇佐美を睨みつけた。
    「そんなボロボロで仕事されても、こっちのやる気が下がるっての。あ、追加は自分で頼めよブス之助~」
     さっさと伝票を持って席を立った宇佐美は、後ろ手に手を振りながらレジへと歩いていく。喫茶店の中には、最早尾形一人しか残されていなかった。
     軽やかなドアベルの音と共に宇佐美が店を出て行く。漣のように満ちるささやかなクラシック、人通りが少ない光が差し込む窓際。その窓から見える空は塗り潰したような見事な青で、くっきりと浮いた雲とのコントラストに目が眩んだ。世界の彩度が高すぎる。青と白と光から逃げるように目を閉じた。そうして、尾形は腕を組んだまま、そっと夢の中に沈んだのだった。それは実に数日ぶりのまともな睡眠だった。





    「もしもし、篤四郎さん? お疲れ様です、宇佐美です。え? ……ふふっ、会社の外だからいいじゃないですか。わあ! 篤四郎さんは駄目ですよ、まだオフィスの中でしょう? 照れちゃうな。……そうそう、百之助に教えておきましたよ。えーっと、『番とは諸事情あって離れ離れ。番を解消したくないから項はそのまま。その番はもう死んでるかも』、的なニュアンスで伝えましたよ。ええ~、僕嘘は言ってないですよぉ。番を解消したくないっていうことは、月島さん自身も言ってましたし。——ま、『出来ない』の意味の方が大きいでしょうけど」
     男は足取り軽やかに炎天下のオフィス街を泳ぐように進む。射干玉の瞳を大きく見開いて固まるあの男を思い出してくすくすと笑った。あんな表情、滅多に拝めるものではない。明日は槍でも降りそうだ。
    「いいえ、とんでもない! 篤四郎さんのお願いならなんだって聞きますよ。それに僕もうんざりしてたんですよ。逃げ続ける月島さんも、何にも見ようとしない百之助にもね。篤四郎さんだってそうでしょう?」
     まさかあの二人が、とは思ったものの、案外欠けたもの同士お似合いかもしれない。じわじわとしか進まない二人の距離感に、段々イライラし始めているのは宇佐美だけではないだろう。まともな恋をしたことがない不器用な野郎どもめ、なんて宇佐美は心の中で毒づく。
    「楽しみですねえ、百之助はどう動くかな。月島さんに真正面で切り込めるわけないだろうし、色々コソコソ嗅ぎまわりそう。月島さんはどう受け止めますかね」
     己の過去を一等嫌う月島にとって、その過去を暴こうとする尾形は危険分子にしかならないだろう。だがその詮索の理由が、面白半分で突っついていた頃とは違うと分かった時、どんな表情をするのだろうか。
     宇佐美はニコニコと笑いながら続ける。どう転ぼうと、それはきっと鶴見が望んだ通りの筋書きなのだろう。それさえ分かっているならばやることは変わらない。ただ鶴見が望むように、鶴見が喜ぶように。それだけだ。
    「まあ、どうなるかは分からないですけど。僕は篤四郎さんが望むように動きますよ。だって僕は、貴方の駒ですから」
     それが自分が貴方に捧げられるたった一つの役割なのだから。健気な兎は心底嬉しそうにそう言いながら、主人が待つオフィスへとご機嫌なまま足を進めた。
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