車を降りて数分経っても目が眩むような感覚が続いていた。
左手を額にやり、庇をつくるようにしながらマンションのエントランスを抜け、エレベーターに乗り込む。
普段安心感を与える煌々とした灯りも今や毒のようだ。
エレベーターを降り、部屋の前に立つと良い香りがした。
家を出る前に今晩はビーフシチューだと言っていたことを思い出し、機嫌が直りかけた自分に気が付いて思わず苦笑する。
「ただいま」
外廊下と違い、ドアの先の玄関は灯りも点いておらず存外暗い。
光源はリビングから漏れ出る僅かな灯りだけだ。
無駄を許さない、いつも通りの彼の行動に安心感を覚える。
「おかえり」
「おいしそうな匂いがするね」
「自慢じゃないが、今日のは出来がいいぞ」
チルチャックは得意げに笑った。
「いいね、温かいうちに食べよう」
「ああ。・・・・・・うん?」
「なに?」
「眉間に皺が寄ってる」
「暗いのによく分かるな」
「分かるさ。どうした?」
「・・・・・・あれは多分ハイビームかな。いやにライトの眩しい対向車がいて、ずっと目がちかちかしているような気がする」
ふーん、と息を吐くように呟くと、チルチャックは玄関のライトを点けた。
「あっ、なんてことを!」
「眩しいか?」
「分かっててやってるだろ」
ライオスは両手で視界を覆うと、指の間の僅かな隙間からチルチャックを覗き見る。
「小説に出てくるドラキュラは、まさに今のお前みたいな感じかもな」
「やめてくれ」
「そう、そんな感じ」
呻くライオスを見て、チルチャックはからからと声を上げて笑った。
少ししてようやく目が慣れはじめると、非難するようにチルチャックを一睨する。
「お前は本当に眩しいのがダメな」
「・・・・・・どうにかならないものかな」
「サングラスでも掛けたらどうだ」
「夜に?」
「一度やってみろ」
チルチャックは玄関横のシェルフの上からサングラスを取って渡す。
随分前から置かれていたそれは、薄っすらと埃を被っていた。
ライオスは埃を軽く払うと、サングラスを掛け、扉を開けて一歩外へ出る。
外廊下の灯りで多少は見えるが、予想通り外は塗りつぶしたような黒色だ。
「真っ暗で何も見えない」
「そりゃそうだ」
「君なぁ」
「ハイビームに対抗する手段、教えてやろうか」
「・・・・・・なに?」
「ハイビーム」
「目には目をみたいに言わないでくれ」
「ぴったり同じだろ?原典通りだ」
チルチャックは意地が悪そうににやにや笑った。
「もし今度そんな車がいたら、俺が手本見せてやるよ」
「やめなよ」
口ではそういいながらも、時折見せる子供っぽいところがライオスは嫌いではなかった。