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    前に呟いたライオスとカブルーが話してるだけの短いの

    執務室は夕陽で赤く染まっていた。じきに日が沈んでたちまち帳が下りる。
    そろそろ灯りの準備をした方がいいだろう。
    この日、カブルーはライオスの補佐として書類仕事を共にこなした後だった。
    もうじき夕飯の連絡が来るだろうが、その前に休憩を入れようと、お茶を入れて執務机から窓辺に置かれた丸テーブルに移動する。
    この場所はちょっとした休憩や彼の仲間が訪れた際によく使用する場所だ。
    窓からは城下町と海がよく見えて、心地よい風が吹いていた。
    長時間書類や資料に向き合っていて、目の疲労が甚だしく、二人は目を閉じると指で眉間と瞼を軽く揉んだ。
    身体に蓄積された疲労を追い出すように、どちらからともなく息を吐く。
    カブルーはヤアドに政治や国の運営に係る業務を教わりながら、最近では王の補佐として働いていた。自分の努力がようやく周りに認められたのだろう。
    しかし、いくら自分に向いていて得意なことだといっても、慣れない仕事ばかりでは疲労も溜まる。
    いつもだったら正面に座る男に業務の事などをあれこれ言い募る自分が、珍しく黙っていることが何よりの証拠だった。
    「随分疲れているようだけど、大丈夫か?」
    「え、ああ。大丈夫ですよ。・・・・・・少し疲れているだけです」
    「少しには見えないけれど」
    カブルーはいつものように受け答えをしようとして、しかし開きかけた口を一度閉じてしまう。
    時間にすれば数秒にも満たないかもしれないが、次の言葉が中々出てこなかった。
    「大丈夫です。それより、来週の来賓の情報は覚えたんですか?」
    「まだ、暫く時間はあるだろう」ライオスはばつが悪そうに目線を逸らした。「間に合うよ」
    「来週なんてあっという間ですよ。いいですか。あの国の特産品は・・・・・・」
    カブルーは誤りのないように何度も繰り返し記憶した情報を話して聞かせる。これも今週二度目のことだった。
    「それから、あちらの国は寡黙で気難しい人が多いですから、例え冷たい反応や言葉を返されてもあまり気にしないでください」
    「どうして?」
    「仲良くなる前の通過儀礼みたいなものですよ」
    「それは俺達には判断できないだろう?目に見えるものでもないし」
    「・・・・・・そういうものなんです」
    「そうかな」
    ライオスは得心がいかないといった様子でうーん、と唸った。
    「君はどうにも、なんでも言葉に直しすぎじゃないかな」
    「・・・・・・どういうことですか?」
    カブルーは意図が分からずに首を傾げると聞く。
    「誰かの感情も思いも、その誰かだけのもので型にはめられるものではないと思うんだ」
    ライオスは先ほどまで逸らしていた視線を戻し、カブルーの目を見て告げる。
    「君の感情もまた、君だけのもので、何かに置き換える必要はないんだよ。それらしい形にする必要なんてないんだ」
    「何を言いたいのか分かりませんが」
    ライオスが不意に見せた年長者らしい面持ちと言葉に、カブルーは面食らった。
    「ええっと、そうだなぁ」
    ライオスは視線を窓の外に遣った。カブルーも釣られてそちらを見る。
    「君は、あの空を見て何を思う?」
    「空?そうですね」
    カブルーは雲の様子や風の条件から、これからの天気を予測して話した。
    それを聞いて、ライオスは可笑しそうに笑う。
    「まあ、それも間違いではないけど」
    「なんですか」
    煮え切らない返事にカブルーは分かりやすく険のある言い方をしてしまった。
    「不機嫌にならないでくれ」
    「あなたが笑ってる理由を早く教えてくれたら、すぐに良くなりますよ」
    その言葉にライオスはまた笑うと続けた。
    「夕焼けがきれいだろう?」
    「・・・・・・そうですね」
    「ただ見たものをその通りに受け取るだけでいいときもあるんだよ。言葉に直すとき置き去りになっているものはない?」
    「なんですか、それ」
    「君の感情とか」
    カブルーは黙り込んだ。もう一度目の前の男の意図を考えたが、結局分からなかった。
    「見て」ライオスはまた窓の外を見る。「きれいだ」
    「・・・・・・はい」
    「だろう」
    二人は揃って窓の外を見る。
    丁度日が沈むところで、雲は紫がかった美しい色をしていた。
    そのことを正面に座る男に伝えたいと思ったが、カブルーは口を閉ざした。
    同じものを共有していること以上にできることなどなかった。
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