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    本編後のカ.ブルー+ライの話。
    そのうち書き直します。

    土に染みた血の跡、掘り返された畑と周囲にまき散らされた野菜屑、建物の外壁に残された爪痕。まだ発生から幾何も経っていない生々しい惨状に、思わず顔を顰めた。
    カブルーが自然迷宮から出てきたという魔物に襲われた村を訪問することになったのは、偶然のことだ。
    隣国へ公務の一環で訪れた際、会合の途中で首長へ連絡が入ったことで場は緊迫した。
    幸いにも魔物は討伐され死者は出なかったというが、早急に迷宮の閉鎖について検討しなければならないだろう。
    カブルーはこの状況では今回の議題に対する結論は先延ばしになるだろう、と考え帰路の道筋について考えていた。
    今回襲われた村は行き道に通った場所の近くにある。安全を取って帰りはその道を避けた方がいいだろう。
    何せメリニは新興国であり、今回の会合へ参加した者も数人しかおらず人員の層が薄い。
    魔物との戦闘経験があるのは自分くらいのもので、可能な限り危険は避けた方がいい。
    カブルーは向かいで行われる会話を聞きながらも思考に耽っていた。
    「そうだ、メリニの方は魔物にお詳しいでしょう。どうかご意見をいただけませんか」
    突然の問いにカブルーは面食らうが、どうにか平静を装う。
    「・・・・・・私共ではお役に立てるかどうか。ここには魔物に詳しい者は残念ながらいないのです」
    「ご謙遜を。あなたはかつて冒険者であったと伺っています。何か気が付くことがあるのでは?」
    「いえ、しかし」
    「ご帰国されてから専門の方にお口添えしていただくだけでも良いのです」
    カブルーは他の者たちと顔を見合わせると、頷いた。
    「分かりました。ちょうど帰路の途中ですから、様子を見ましょう」
    こういったことは実績を提示できなくとも、やったという事実が心情的に重要なのだ。
    カブルーは内心乗り気ではなかったが、深く頷くと首長と強く握手を交わした。

    「カブルー?どうしたんだい?」
    「顔色が悪い。少し休んでいたらどうだ」
    「・・・・・・なんでもありません」
    共に視察に来ていた同僚たちに声を掛けられ、カブルーは我に返った。
    「それより、早く状況を確認しましょう」爪痕の残された建物の外壁に近寄ると、その跡を指でなぞる。「細かくて浅い傷だ。小型の魔物でしょうか?」
    「さあ、私にはなんとも」
    村人に話を聞ければよかったが、前日の被害を受けてほとんどの者は近隣の村々へ一時避難したらしく姿は見えなかった。
    残った者も、王が魔物を従えていると噂のある異国から突然やって来た不審な男たちに警戒しているのか、話を聞ける状況でもない。首長が前日に使いを遣っていなければ、村に入ることも叶わなかっただろう。
    カブルーが点々と残る魔物の跡を追うと、畑のすぐ傍に血痕が散らされていた。
    その先には鍬が落ちている。柄には血で指の跡が残っており、土には多量の血を吸ったであろう黒い染みがあった。
    村人が畑を守ろうとしたのだろうか。馬鹿なことを、生きていることが奇跡だと言っても過言ではない。
    カブルーはその場にしゃがみ込み、落ちていたおおよそ家畜のものとは思えない大きな羽を手に取る。
    「どの魔物のものだろうな」
    同僚二人も倣ってしゃがみ込むと、カブルーが持っている羽をしげしげと観察し始める。
    「何か資料を持ってくるべきだったか」
    「こんな状況になるとは思わなかったんだ。仕方ないさ」
    「やはり俺たちに魔物の特性はわからないか」一人が立ち上がると周囲を見回して言う。「被害状況だけ記録して帰らせてもらおう」
    「魔物の被害にあった土地について研究を進めていけば、魔力の停滞しやすい場所の特徴が分かるかもしれないな。自然迷宮は気付かないうちに出来上がっていることも多い。今回はたまたま見つかったが、探すのは困難だろう」
    「それより結界の効率の良い運用について研究した方がいいんじゃないか?」
    同僚たちの話声が膜を張ったようにぼんやりと聞こえる。
    二人がその場から離れていっても、カブルーは血の跡と羽からしばらくの間目が逸らせなかった。
    耳の奥では確かにあの日ウタヤで聞いた人々の悲鳴が劈いていた。

    これまでライオスの執務室には大抵ヤアドがいたが、部屋の主が仕事に慣れてきたからか、はたまたカブルーの仕事振りを信用しているからか二人きりになる日も時折あった。
    カブルーはライオスの執務机の向かいに適当な椅子を持ってくると、各地から届いた報告書や今度の会合の資料を確認し、必要な情報をまとめ始めた。
    先ほど目の前に置かれた書類の束を見て、ライオスはげんなりとした様子で黙り込むと、紙束の一番上の一枚を恐る恐る手に取る。それは、今度メリニで開かれる会合の前口上の原稿だった。
    然程長くも難しくもない内容に、ライオスはほっとしたように息を吐く。
    その様子に、カブルーもまた胸を撫で下ろした。昨夜碌に働かない頭で書いた原稿の第一稿は、彼が読み上げるにしては堅苦しく、難解だった。
    カブルーが今朝ようやくそのことに気が付き、急いで書き直した原稿は、午前の内にヤアドの確認まで済んでいる。
    ライオスはペンを取ると、原稿に書き込みを入れていく。彼は人前で話すことはそこまで苦手ではないが、お堅い場は苦手だ。
    割に真面目なこの男は苦手な場でも話せるように、どこで言葉を区切るのか、どこを強調するのかを考えて、いつも原稿に線を入れていく。
    カブルーは細い線が増えていく紙面を眺めて、あれこれ口を出しかけたがやめた。
    執務室はペンを走らせる音と、紙の擦れる音で支配されている。
    カブルーはそれらの不規則な音を聞きながら、いつの間にかどうしようもなく物思いに耽っていた。
    先ほどから手は意味もなく紙を幾度も捲るばかりで、仕事の進みはよくない。
    元々不眠気味だが、いつになく頭が働かない。連日の寝不足がたたっているのは分かりきっていた。
    先日の視察から帰ってきて以降、眠れない夜が続いていた。誤魔化すように仕事を部屋に持ち帰り、酒を飲んでソファーで浅い眠りにつく。
    ベッドに入って、何時かの光景を夢に見たくはなかった。
    気を抜くと、耳の奥で悲鳴が反響する。
    紙を捲る音、ペンを走らせる音、脚を組み替えた時の衣擦れ。その上の、日常に重なる悲鳴。
    どうにも落ち着かず、カブルーは机の上に持っていた資料を投げだした。
    「もしかして体調が悪いのか?」
    ライオスは真っすぐこちらを見ていた。居心地が悪くて、その視線から逃れるように席を立とうとすると、腕を掴まれる。
    机を挟んだ向かいから腕を引っ張られたことで、カブルーは前のめりになって机に手をついた。
    「急になんですか」呆気に取られると同時に、自分があっさりと腕を取られたことに驚く。「・・・・・・飲み物を取りに行こうとしただけですよ」
    ライオスは黙ったまま、腕を掴んでいた手を手首まで移動させた。
    「顔色がいつもより悪いし、脈がやけに速い。眠れていないのか?」
    「・・・・・・あなたは俺の主治医かなにかですか」
    「カブルー」
    咎めるように名前を呼ばれ、仕方なくカブルーが椅子に座り直すと、ようやくライオスは腕を離した。
    ライオスはカブルーが話始めるのを待っていた。部屋はどこまでも静かで落ち着かない。
    「・・・・・・少し、嫌なことがあって眠れないんです」
    先日見た魔物に襲われた村とウタヤの光景が脳裏で重なる。
    彼に打ち明けて、話せば楽になるかと数瞬考えたがやはりやめた。
    「だからここ最近いつにも増して仕事に精を出していたわけか」
    なるほど、と呟くとライオスは席を立ち、すぐ後ろの窓辺に寄った。窓枠に浅く腰掛けると、外を一目見る。
    彼が窓の前に移動したことで日は遮られ、手元は暗くなった。
    読む気もないというのに、これでは資料が読み辛いな、と頭の片隅で考える。
    「君は、もっと上手く生きているのかと思ってた」
    「・・・・・・」
    「案外生きるのが下手なんだな」
    「・・・・・・馬鹿にしてるんですか」
    「いや」ライオスは笑いを堪えようとして失敗したのか、口元を歪める。「俺と同じだ」
    「自覚、あったんですね」
    「散々言われれば気が付くよ。実際、自分でそう思ったこともある。もっと上手く生きられるんじゃないかって」
    言った後、ライオスはしばらく黙っていた。
    カブルーも落ち着かず、俯いたまま机の上で何度も指を組み直す。
    やがてライオスは大きく息を吐くと、意を決したように話し出した。
    「君は、気を張りすぎなんだと思う。ここには今、俺と君しかいない訳で・・・・・・。ええっと、つまり、たまには気を抜いたっていいんじゃないか」
    カブルーは顔を上げ、彼を見た。ライオスは顔を背けて、窓の外を一心に見ている。
    外は快晴で、眩いまでの青空が広がっている。
    ライオスの榛色の瞳に空が反射して、青みがかっていた。
    自分の瞳に似た色。気が付いていなかっただけで自分たちは案外似ているのかもしれない、と胸に落ちるように突然に思った。
    一時は好きでなかったその色が、彼の瞳に映るときらきらと輝いて見えた。
    「・・・・・・あなたは、いつも気を抜きすぎだと思いますが」
    「酷いな」ライオスはむっとした顔をする。
    カブルーはあまりにも馬鹿馬鹿しく感じて、思わず笑ってしまった。
    過去と、今回の出来事は別物で、同一視すべきではない。
    この男も自分も、全然違うようで似ているところがある。
    きっとそういうものがそこら中に転がっている。
    カブルーは立ち上がり、ライオスの横に立つと窓を開け放った。
    風が吹き込んで、机の上の書類が数枚巻き上がった。ライオスが「あ」と驚きの声を上げて、宙に浮いた紙を掴む。
    「少し外を歩きませんか」
    「・・・・・・君は部屋に戻って眠るべきなんじゃないか」
    「いえ、今は気分がいいんです」
    カブルーは扉へ向かうと、振り返った。
    珍しい様子のカブルーに唖然としながらライオスは窓を閉めると、机に残った書類を見ながら言う。
    「大丈夫かな」
    「大丈夫ですよ。何せ、仕事に精を出していた昨日までの俺が随分進めたので」
    「やけに仕事が多いと思った」ライオスは書類の山を整えながらため息を吐いた。「けど、ヤアドがいいと言うかな」
    「きっと大丈夫ですよ」
    「どうして?」
    「俺が上手く言うので」
    「・・・・・・さっきの言葉は撤回だな。君は俺より余程上手く生きてるよ」
    ライオスが肩を竦めるのを見て声を上げて笑うと、執務机に近寄り彼の手を引いた。
    「早く行きましょう!」
    カブルーは戸惑うライオスの手を引いて歩き出すと、二人一緒に扉を通った。
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