【ラヴミリ展示】朝ぼらけ カーテンの隙間から差し込む白い光が瞼の上に乗って、覚醒を促すのを意識の底で感じた。目線だけでベッド脇の時計を確認すると、普段よりはずっと遅いにしろ、休日だということを考えればまだまだ起床には遠い時間。背中に感じる愛おしいぬくもりは未だ微睡みの底にいるらしく、ぷすぷすと世界で一番平和な寝息を立てていた。あぁ、なんて幸せな朝なんだろう。
お日さまのおかげで目は冴えてはいるものの、体はしたたかに重い。昨日は、その、まぁ……ふたりして夜更かしをしてしまったから、きっとその賜物だ。早起きさんな彼女が起きられない理由も……たぶん同じ。やっぱり昨夜は無理させてしまったかもしれない。なにぶん、今日は久し振りに揃ったオフだったから。
靄がかる頭のまま充電器に繋がっているスマホを手繰り寄せて、ソシャゲのログインボーナスをあらかた回収して、それからSNSのタイムラインを遡っていく。あ、このパンケーキ……マリオンさんが美味しいって言ってたやつだ。連れて行ってあげたら喜んでくれるかな。でもこういうおしゃれなお店はちょっと緊張してしまうかも……。……まぁ、一応、ブックマークには入れておこう。
上半身は彼女にしっかりと抱き留められてしまっているから、脚だけをぐぐ、と伸ばして血流を回す。ふたりぶんの体温で温められた掛け布団からつま先がはみ出た拍子に、ひやりとした外気が触れて体が強張った。春が近いとはいえ、やはり朝はまだ堪えるほどに冷え込んでいるらしかった。
すよすよと幸せそうに眠っている彼女を起こしてしまわないように、上半身に絡む彼女の細腕をそっと解いて、体を起こす。僕よりもあたたかな体温が離れると途端に寂しさが覆う。
「んん……グレイ……?」
立ち上がろうとしたとき、細い声が背中越しに届いた。ゆめうつつの隙間を彷徨うとろとろふにゃふにゃに蕩けた柔らかい声が僕を呼ぶと、どうしても昨夜のことを思い返してしまう。ベッドに投げ出されていた指先が僕の背中を甘く引っかくから、尚更のこと。本当は今すぐ食べてしまいたいくらいだけど、さすがに我慢です。
「起こしちゃった……?」
「んーん、うっすら目覚めてたよ……もう起きちゃうの?」
「お手洗いに行くだけだよ。すぐ戻るから」
「そっかぁ……いってらっしゃ~……い」
ひらりひらりと雪みたいに白い腕が僕を見送って、やはり寒かったらしくそそくさと布団の中に引っ込んでしまった。まだ寒い日だっていうのに彼女は相変わらずの薄着だ。居心地が悪いとかで、眠る時はもこもこになるのが好きではないらしい。僕としては少々目の遣りどころに困るというか、……正直言うと眼福というか。そんな調子でも不思議なことに彼女はそれでも風邪を引くことはないようだ。
早々に用を足して布団に戻れば彼女は『おかえり』と僕を迎えてくれるから遠慮なくそこに潜り込んで彼女の小さな体を腕に抱き留めれば、触れた肌越しにあたたかさがじわりと戻ってくる。腕の中で擽ったそうに笑う彼女をぎゅう、と強く抱き締めると、負けじと背中まで回った細腕に力が籠められた。大した反撃にもならない、あまりに弱い力。あまりに歴然とした力の差に思わずきゅんと来てしまって、脚まですっかり絡めてまるで体の一部のようにしてしまう。布団から出たことによって冷えてしまった脚だけれど、彼女は『つめた、』と、それでもくすくすと楽しそうに吐息を漏らすだけで嫌がる顔を少しも見せないでいてくれた。
「お布団出たら冷えちゃったね」
「ん……じゃあ、あっためて……」
「んふふ、はいはい。今日も外寒いのかなぁ」
「昼間からは気温も上がるみたい。春の陽気だって」
「やった。それなら今日は一緒にどっか行きたいな。せっかく一緒のお休みだしさ」
こうやって布団の中で他愛のない話をする瞬間が、僕は結構好きだったりする。誰にも邪魔されずに彼女を独り占めできる、唯一の時間だから。すごく近いところで眠気を帯びたままの彼女の甘ったるい声が聴けるのも、たぶん僕だけの特権……だと、思う。そうだといいな。
寝癖がついてふわふわになってしまった彼女の頭を梳くように撫でて、頬にかかる毛先を耳にかけてやる。このちょっとの戯れで体が余計温まったのか、まっちろな頬はしっとりと血色を帯びはじめていた。化粧をしないまっさらな肌を見られるのも、今は僕だけ。そういった些細な独占欲たちが満たされていくと、なんだか胸が空くような心地だ。
――もういっそのこと、今日はこのままここでこうやって触れ合っているだけでも良いような気もする。それを言ってしまったら『グレイのすけべ』なんて先回りで怒られてしまうんだろうな。……それを強く否定できない僕も僕だけど。
話題が今日の予定から『何を食べようか』に移り始める頃、同時にふたりのお腹がくるくると鳴って、つい噴き出すように笑ってしまった。