「もお、起きてるの?」
「う~ん?」
「起きてるなら離して?」
「う~ん」
こんなとぼけた声だけど、腕の力はそこそこ強くてそこからまったく動けない。最近肌寒くなったから、朝のベッドから抜け出すのはただでさえ大変なのに、甘く微睡むラスティカの雰囲気にのまれたりなんかしたらさらに大変だ。
やりたいことはたくさんあった。
あったかい紅茶を飲みたいし、買ったばっかりのジャムも食べたい。天気が良さそうだから思いっきりカーテンをあけたいし、買い物にも行きたいかも。
一緒にくるまってた毛布を少しめくったら、ラスティカが不満げにうなってさらに強く抱きついてくる。
「ううん……クロエが冷えたら大変だ」
「しれっと毛布戻さないの。あんたは寝てていいから、離してよ」
「……どうして? さっき、あんなに言っていたのに」
「なに?」
「もっとして、って?」
「ばかっ!」
さっきじゃなくて昨日の夜じゃん。じゃなくて!
とか狼狽えてたら、耳にご機嫌とりみたいなキスをされて、あ、これ、なんかいやな予感がする……。
すり、とふれてきた爪先はあったかくて、じんわりと熱が伝わってくる。気持ちいい。気持ちいいのはいいけど……この先、絶対よくないっ!
「僕のクロエは、まだ足りないの?」
「足りてる! 足りた! すごい足りたから大丈夫……ッ!」
「あ。さっきの僕と同じところに口づけてしまったね」
俺の耳の裏から首へキスをする途中、キスマークかなんかを見つけたらしいラスティカの笑う吐息がくすぐったくて、頭がぐるぐるしてくる。
「紅茶! 俺、ラスティカの淹れた紅茶飲みたい!」
「もちろん。それから?」
「花のジャム! パンにのせて食べたくない!?」
「素敵だね。終わったら食べよう」
何が始まって何が終わるの!?
野暮なことを言おうとした俺の口はすぐ塞がれてしまう。楽しみにしていた頭の中の紅茶とジャムにぼんやり、もやがかかっていく。
これだけ話してても、なんやかんやしてても、ラスティカはまだ完全に目覚めてない。ラスティカは寝ぼけているのにも関わらず、その色男っぷりを遠慮なくたっぷりと発揮して、あっという間に俺をどろどろにしてしまう。
……そんな厄介なことってある?
ふたりっきりで暮らすようになって、ひとつのベッドで眠るようになってから、よくこういうことになってしまう。そして俺は、それがあんまり嫌じゃない……のがいちばんの問題だってことは、とりあえず置いとこう。
ラスティカのはねた髪に指を通して寝癖を直すと、少しくすぐったそうに目を細めて笑う、その顔が好き。毛布の中でくっつけた身体をやさしく撫でられると、それだけで俺って世界でいちばん幸せだなって思っちゃう。
そうして俺がすっかりその気になったころに、
「……おや。まだ夢の中かと思った。きみはいつでも素敵だけれど、こんなにも可愛いクロエは、現実なのかい?」
やっと本当に目覚めたラスティカが、ぱちぱちと何度かまばたきをする。
「おはよう…………」
「おはよう、クロエ。すばらしい目覚めだね」
「あのさ?」
「うん?」
「もっとして。はやく……」
閉めっぱなしのカーテンの隙間から、やわらかい冬の朝の気配がする。
ラスティカはふんわりと笑って、すっかり待ち焦がれた俺にキスをした。