「セックスしないと出られない部屋?」
「ちょっとラスティカ……!」
ラスティカの上品な口からさらっとセッ……とかいう単語が出てきたからあまりに動揺して声が裏返った。見た感じ普通の部屋……というよりは、かなり良い宿屋くらいの良い部屋で、この変な制約がなければきっと居心地はいいんだと思う。どうしていきなりこんなところに? なんでラスティカと俺が? 本当に、しないと出られないの?
「とりあえず、お茶会の続きをしようか」
「ええ……俺、ラスティカのそういうところ本当にすごいと思う」
「クロエに褒められるのは何度だって嬉しいね、ありがとう」
「うん、ええっと、俺こそ……ありがとう?」
勧められるまま席につくと、いつもどおりラスティカが紅茶を淹れてくれる。魔法は普通に使えるみたいだった。りんごみたいな紅茶の香りをかいでいたら、うん、まあ、たしかに焦っても何もいいことないもんね、と気持ちが落ち着いてきた。だから、
「ねえラスティカ見て! こっち、ビリヤード台がある」
「わあ、いいね。クロエはやったことがあったかな?」
「ないない、あんたはあるだろ? 教えてよ!」
普通に遊んで、
「このオーブン、無限にグラタンが出てくる!」
「あはは、無限にフルコースが出てくる!」
「「おもしろ~いっ!」」
普通に食事をして、
「小さいクロエがみんな入れそうなくらい大きいバスタブだね」
「小さい俺、何人いたの? ……泡でいっぱいにしよう!」
「花もたくさん浮かべてしまおう!」
普通にお風呂に入った。
「なんかすっごい楽しかったよね。出られなくても問題ないかも、なんて……」
「ねえ、クロエ。こっちを向いて?」
ふかふかのベッドの上、微笑みながら優しく頭を撫でられて、ああ、どうしよう――、思い切ってぎゅっと瞑ったまぶたに、ラスティカがキスをする。
楽しかったのは本当。だけど、それだけじゃなかった。
ビリヤードを教わりながら、背中に熱を感じて緊張してた。食事をしながら、カトラリーを器用にあつかう指先をずっと見てた。お風呂でふいに触れた肌の感触が、忘れられない。今日もしかしたら俺は、ラスティカとそういうことしちゃうのかもしれないって思って。一日中どきどきしっぱなしだった。
「ラスティカ……、本当に、するの?」
「ふふ、クロエはどうしたい? この部屋から出たい?」
恥ずかしくて言い淀んでいるうちに手を握られて、こんなに近い距離にいて。ラスティカ、もうかっこよすぎるじゃん。顔が熱くて、視界が潤んできた。
「心臓、はやいね。可愛いクロエ。でも、ここではしないことにするよ」
……え!? 嘘みたいにがっかりしてる、期待してたの、俺だけ?
固まる俺に、ラスティカは続ける。
「違うよ、クロエ。聞いて? こんな部屋があるくらいだから、誰かが今もきっと僕たちを見ているだろうね。けれど僕は、特別に可愛いクロエを他の誰にも見せたくないから……、ね? そちらの素敵なご婦人」
「そこに誰がいるの!? でも、それじゃ出られないままじゃない?」
「出られると思うよ」
ラスティカが呪文を唱えたら、ドゴン!と音をたててドアが一瞬で砕け散った。
「うそお……、えっ、今日いちにちなんだったの……?」
「楽しかったね?」
「そうだね??」
さて、と起き上がったラスティカに軽々と横抱きにされる。
「僕はいつまでもここにいたってよかったんだけれど……、きみがあんまり魅力的だから、今すぐここを出たくなってしまった」
「ど、どういうこと?」
「ここではしない、って僕は言ったよ。だからクロエを……今度は僕の部屋に閉じこめてしまおうかな?」
いたずらっぽくとろんと笑う。そんなラスティカに俺はやっぱりどきどきしっぱなしで、こんなの、もう……好きで、好きすぎて、本当に困る!