「人を殺したことってある?」
雨粒が窓にぶつかるようにして、こつこつと音を立てる。まだ昼なのに空はすっかり灰色で、少し肌寒い。ココアをいれたマグカップから立ち上る湯気を見ながら、指先をぎゅっと暖めるようにする。
「魔法使いを殺して、その石を食べたこと、ある?」
風が強くなってくる。こんな日じゃ、あおられてうまく飛べないだろうな。ふう、ふう、息を吹きかけると、底の見えないココアの表面が、丸く揺れて小さく波打った。ベッドに寝っ転がりながら、本を読んでいるラスティカは、けれど、俺が話しかけてからページを捲る音がしないから、ちゃんと話を聞いてくれている。わかっていて、返事をしない。ラスティカがゆっくりと起き上がったから、ベッドが少し軋んだ。後ろから腕が伸びてきて、マグカップは奪われてしまってチェストに置かれた。
「やっと飲めるくらいのあったかさになったのに」
「またいれなおせばいいよ。何回でも」
「ラスティカがいれてよね」
そのまま抱きしめられて、首筋にラスティカの吐息がくすぐる。耳をやわらかく噛んで、ラスティカが小さく笑ったのがわかった。
「じゃあ、クロエを石にして食べてしまおう」
「こわい魔法使いだ、絵本で読んだことある」
「どこから食べようかな」
「わ。やだやだ!」
押し倒されてしまったら、もう全部ラスティカの思う壺。シャツのボタンが並んでいるところを指でなぞられただけで、ボタンは簡単に全部はずれてしまう。あんた、本当に魔法使いで良かったよね。ボタン、苦手だもんね。……ううん、魔法使いだったせいで、いろんなことができたし、できなくなったんだ。
「こんなに雨が降ったら、せっかく咲いた花が散っちゃうかも」
いつも笑顔でおしゃべりなラスティカが、真顔で黙るとすごい迫力がある。ちょっと、こわいかも。ラスティカの言いたいことは手にとるみたいにわかる。こっちに集中しろって言いたいんだ。でもね、そんな誰にも見せないラスティカのこと、もう少し見ていたい、今日はそんな気分なんだ。
別にいいのにね。人とか、魔法使いとか、殺したことがあっても。そんなことは、俺にとってはどうでもいいことだから。ゆっくり時間が過ぎていく。大荒れの外を眺めながら、この部屋だけが浮かび上がって、世界にふたりきりみたい。それで、いいんじゃないの。
「また咲くから、そのとき見たらいいよ。……何回でも」
口を塞ぐみたいな強引なキスが、逃げないようにかけられる体重が、愛おしくて、苦しくて、安心する。