没ネタ「殺害予告? フェレス卿に? また酔狂な……、殺しても死なないのに」
「へぇー、まぁお前あちこちから恨み買ってそうだしな!」
「ちょっと! 心配する素振りくらいしたらどうですか、お二人とも!」
執務室に呼ばれた奥村兄弟の前には、正十字騎士團日本支部長であるメフィスト・フェレスへ宛てられた殺害予告の脅迫状が広げられている。ゆうに五十は届きそうな数の封書が小さなコーヒーテーブルの上を覆ってしまい、茶を出す隙間さえない。上司の殺害予告を前にして、この双子はと嘆息してしまいそうになるところをぐっと堪え、本題はここからですとメフィストは封筒の一つを手に取った。
「こーんな子どもの悪ふざけのような殺害予告など、いつもの私であれば破り捨てて山羊にでも食べさせますが、今回だけはそうもいきません」
「おい、山羊は紙食ったら本当は腹壊すんだぞ、可哀想だろが。お前が自分で食って腹壊せよ」
「兄さん、今そういうのいいから」
「まったく、山羊の腹は心配するのに何で私の生き死にはそんな無関心なんですかねぇ……」
先程堪えた溜め息を今度はしっかりと吐き出した。そんな燐とは対照的に、早々気持ちを仕事モードに切り替えた雪男はメフィストの話を促す。
「今回だけは?というのは……」
「面倒臭いのですが、今週末、教育関係者や支援者を集めたパーティーの主催を予定しています。参加者は全員人間、私も今回ばかりは正十字学園理事長たるヨハン・ファウスト五世として動かなければならない」
「つまり殺害予告がフェレス卿宛てなら、卿が主催するそのパーティーには犯人がやってくる可能性が高いと?」
メフィストの言葉を受けて至たった結論に、雪男の向かい座る悪魔はパンと高らかに手を叩いた。
「wunderbar! 流石は奥村先生、理解が早くて助かります」
燐だけは雪男とメフィストの顔をいったりきたりで眺めていたが、早々に飽きたのか殺害予告の書かれた脅迫状を手に取り矯めつ眇めつ眺めている。
「大体よぉ、お前の〜ケッカイ?なら強い悪魔は入って来れないんじゃねーの?」
「ええ、相手が悪魔であれば私一人でどうとでも……。貴方達を呼ぶことさえしませんよ」
その勿体ぶった言い回しに燐はパッと顔を上げた。正面に座るメフィストは口角を上げ嗤っている。燐からは、まるでチェス盤を眺めてゲームに興じるように、メフィスト自身がこの状況を愉しんでいる気がした。
「兄さんおそらく脅迫状を送ってきたのは人間だよ」
「え……」
「大昔からいるんですよねぇ、反悪魔主義組織。そして、その信奉者たち」
雪男の言葉に同意を示すようにメフィストはうんざりした様子で肩を竦める。反悪魔主義組織、と言われても一体どういうものなのか燐には分からない。そんな兄の様子はお見通しだとばかりに、雪男は小さく嘆息をして兄にも分かるよう難しい表現は避けた説明を付け加えた。何より説明責任のあるはずのメフィスト本人がその任を放棄して、宙に浮かせたティーポットから悠々とお茶を注ぎ始めているのだから雪男がする他ない。
「悪魔を嫌う人たちだよ。悪魔を嫌って、またそれを教義として信奉している団体。悪魔を嫌うという意味では祓魔する僕らと近いように思えるけれど、僕らと違って彼らは悪魔に繋がるすべてを忌み嫌う。正十字騎士團は悪魔を祓魔するけれど、手騎士であれば悪魔を使役するし、なんなら日本支部長であるフェレス卿は名の知れた悪魔だしね。彼らの教義に照らせばとてもではないが迎合できない……協力しようなんて思わないだろうね」
「我ら悪魔と同じように、人間もまた一枚岩ではないということですよ」
紅茶にボトボト角砂糖を落とし入れ、スプーンでカップの中をかき回しながらメフィストが呆れたように肩を竦める。基準以上の砂糖の量に燐も雪男も思わず顔を顰めた。
「それでフェレス卿を狙う犯人がパーティーに来る可能性があることは理解しました。それで僕らは何を?」
気を取り直すように眼鏡の位置を直しながら、雪男が問えばメフィストはニイッと口角を上げて嗤う。
「お二人には当日私の護衛をお願いします」
「護衛……なんかかっけーな!」
「……護衛ですか、僕らよりも他に適任がいるように思えますが」
護衛の響きに目をキラキラさせて喜ぶ燐とは対照的に、ある程度予想していたのか雪男はメフィストからの指名に難色を示す。
これからメイド服を着た奥村兄弟がドンパチするアクションだったんですが、私が書きたいのこれじゃなくて!導入長すぎんだろ!ということで没……