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    岡田.

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    岡田.

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    カキ→スグ
    花吐き病

    伝染る病 部屋でひとりで咳き込めば、そのままえずいて名前も知らない花を一輪吐き出した。
    「あーあ……」
     手のひらの中の花びらが大きめの紫色の花。外側が濃い紫で、内側に行くに連れて明るくグラデーションがかかったようなその花を見つめて最悪だねぃとため息をつけば、また喉の奥に違和感を感じて嫌になる。
     これ以上吐き出したくないし飲み物でこの不快感を誤魔化すしかないとケトルに水を入れ火にかけ、その間にマグカップを出して何を飲むかと迷っていた時だった。
    「カキツバタ、いる?」
     よく知った、スグリの声。何でよりによって今なんだと内心舌打ちしながら、誤魔化すように笑顔を作って扉をあける。
    「これはこれは、元チャンピオンさまがわざわざオイラの部屋に、」
    「だから、そういうの、もういいって!」
     扉を開けた先に居たスグリは、何故かびしょ濡れだった。そのせいで寒いのか少し震えているようにも見える。
    「……どうした、それ」
    「ここ来る途中にバトルしてたからちょっとだけ見学してた。したら丁度あまごいのタイミングで……でも、濡らしちゃいけないと思ってとりあえずこれは守れたから」
     そう言って上着の中に入れ濡れないよう守っていたらしいファイルに挟まった数枚の紙をこちらに差し出した。
    「今タロの仕事手伝ってて、それでこれカキツバタのチェックが絶対必要なやつって」
    「うーん、じゃあ雨に降られてびしょ濡れなのもオイラのせいって事かねぃ」
    「いや、タロが忙しいのはカキツバタのせいだけどこれはべつに……カキツバタがその仕事やってる間に俺一回自分の部屋戻って着替えてくるから」
    「まあとりあえず入んな」
    「えっ」
     ぐっと腕を掴んで強制的に部屋の中へと引き入れて椅子に座らせる。タオルを頭に被せれば小さくありがとうと返された。
    「しかも丁度あったかいの飲もうとしてたから、優しいツバっさんが寒そうな元チャンピオンにも紅茶でも入れてやろうかね」
    「カキツバタいっつも紅茶とか飲んでんの?」
     誰かにお土産か何かで貰ったまま手付かずだった紅茶のちいさい箱を開け、ティーバッグふたつを取り出し棚から出したカップにいれる。ちらりと見えた文字によるとガラルの紅茶らしい。
    「いや、ちょうどここにあったの目に入ったから」
    「これ、結構前に部員の子が旅行のお土産で配ってたやつだべ……」
     まだ残ってるんだと言いながらこちらの方へと歩いてきて、オイラのすぐ隣に立つ。急に近付かれ何かと思ったが、寒いからケトルに暖を取りに来たらしい。危ない、驚いて咳き込みそうになった。
    「俺は紅茶とかぜんぜん分かんねえけど、貰った時にねーちゃんが入れてくれて。これ美味しかった」
     箱のイラストを指でなぞりながら笑っている。そりゃあ楽しみだと返せば、スグリはその箱の横にぽつんと置かれた、さっきオイラが吐き出した花に気付いたらしく、不思議そうに指さした。
    「なに? この花」
     しまったさっさと捨てておけばよかった。内心焦りつつ、なんでもない顔をして「ツバっさんモテるからねぃ、さっきポケモンからプレゼントされたんだわ」なんて言えば、スグリは微塵も疑うことなく目をキラキラとさせる。
    「それはわやめんこいな……!」
     羨ましげにその花を見つめているが、残念ながら嘘だしオマエの事考えてオイラが吐き出したものだから、そのめんこいポケモンは存在しない。勿論言えないけど。
    「……ところでスグリ、お前さん好きな人はいるかい」
    「えっ、なに、急に? 居ないけど……」
    「じゃあいっか」
    「何……?」
     不思議そうに首を傾げてこちらを見つめてくるが、今目を合わすと咳き込んで花を吐き出しかねないから無視してその花をそっと持ち上げる。
     そしてぷちぷちと紫色の花びらをちぎって数枚ずつ紅茶の上に浮かべた。
    「せっかく貰ったのに枯れるだけは勿体ないからねぃ」
    「なんかおしゃれだ……!!」
     オイラの気持ちなんか知りもしないで、相変わらずキラキラした目で花びらの浮かんだ紅茶を見つめている。
     花吐き病は、吐いた花に触れれば感染する。だけど、スグリは好きな人が居ないから、オイラはこれをうつす事すらできない。気持ちを伝えるつもりは無いから治らないし、うつせもしない。どうすりゃいいんだろうねぃ。
    「でもそのポケモンっこ、本当にカキツバタの事好きなんだなぁ」
    「え?」
     紅茶を眺めながら、ふにゃりとした笑顔をこちらに向ける。ああ、嫌な予感がする。
    「だって、カキツバタに紫色のイメージあるから。ちゃんとそれ選んでプレゼントしてくれるなんて、相当好かれてるべ」
     我慢できずにスグリの顔を見れば、屈託の無い純粋で真っ直ぐな目と視線がぶつかる。あ、やばい。
    「……ああ、ツバっさんも、紫色、好き、だから……っぐ」
     途端に喉が詰まる感じがして、急いでトイレへと駆け込む。後ろからスグリが心配そうに名前を呼ぶ声が聞こえている。
    「うぇ……はは、あー……最悪」
     便器の中に、紫色の無数の花。オイラの好きな紫色。オイラのではなく、スグリの紫色。なのに、あいつは自分の色だなんて全くそんな発想すらなくて。
    「カキツバタ……大丈夫? もしかして体調悪かった? 先生とか、呼んでこようか……?」
     扉の外にスグリが居る。どうにか、ごまかさないと。
    「大丈夫大丈夫、ちょっと気管のへんなとこ入っただけだから」
    「……ほんとに?」
    「すぐ出るから待っててくれぃ」
     直ぐに吐いた花を流して、深呼吸して何でもない顔を作る。大丈夫、バレない。上手くやれ。
     気合を入れて扉を開けば、心配そうにオイラを見上げるスグリの顔。
    「……カキツバタ、顔色悪いべ。頼りないかもだけど、何か俺に出来ることあったら言って」
     本当に心配して、誤魔化させないぞという真っ直ぐな視線。
     じゃあ、オイラの事好きになってくれよ。言えもしない事を考えながら、笑みを浮かべて「元チャンピオンさまは優しいでやんすねぃ」とふざけて返すことしかできなかった。
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