明快であれ「スグリくんの事が好きです、付き合ってください!!!」
顔を真っ赤にして、大きな声ではきはきと。誠実、実直、真摯。頭を下げ、差し出された右手。ドラマチックな告白劇。
「お前、ついに言ったのかよ!」
「ヒュー! がんばれ〜!」
それが、部員の沢山いる部室のど真ん中で行われた。
「えっ、あ、えっと……」
「急に言われても困るよね、ごめん……! でも、我慢できなくなって……」
お互い真っ赤になって向き合うその部員とスグリ。それを囃し立てるまわりの他の部員たち。
「スグリ、こいつマジでずっとお前の事好きだったんだよ」
「ほんとほんと、お前がチャンピオンの時も退部させられかけたりしたくせに、それでも好きだって泣いたりしてたんだぜ?」
「こいつほんっとにいいヤツだからさ〜」
「や、やめてって、スグリくん困ってるから……!」
人望は厚いらしく、加勢がすごい。確かにオイラもそいつは真面目で優しくていいやつだとは思う。
「今言う気、じゃなかったんだ。でも、スグリくんに、褒められて……すごく嬉しくて……つい、言っちゃって……」
最近意欲的に活動し、部内のランキングもどんどん上がって行ってるそいつを、みんな凄いと褒めていた。そしてスグリもそのうちの一人だった。今だってただまた上がったランキングに「すごいね」と言っただけ。それでもこいつにとってはつい告白してしまう程嬉しかったらしい。もしかすると、スグリに近付きたい、相応しくなりたいみたいな気持ちがモチベーションだったのかも知れない。
「……ごめん。俺、そういうの、よく分かんなくて…… 」
「そうだよね、えっと、ごめんね……」
明らかにお断りする、という流れだったのに。
「びっくりしたんだよな? 返事今じゃなくていいし、ちょっと考えてやってよ。こいつ本気だから」
周りの熱烈なアシストが入り、考える時間として、スグリに対する物凄いアピールが始まった。
「あいつと付き合うのかぃ」
割と遅い時間。たまたま、スグリと部室に二人きりになった。
「え……わ、わかんね……」
あれから三日。あいつが以前よりも積極的にスグリに話しかけたり、何か手伝ったり、そういうのを見かけるようになった。それでもスグリの負担にならないようにしつこ過ぎないよう気遣われているのが見ていても分かる。どう考えたってめちゃくちゃいいヤツ。むしろ周りのやつらの方がアシストでしつこいぐらいあいつのいい所プレゼンをしていて、それでスグリがちょっと疲れてそうに見えたら「嬉しいけど、自分の力でスグリくんに好きになって貰わなきゃ意味がないから」とやんわりと止めるような。そんなやつ。
「そういう気持ち、全然分かんねぇのに付き合うのも失礼だし」
「そうだねぃ、オイラもそう思う」
「でも、分かんないって言って、ちゃんと歩み寄ろうとしないのも失礼って、言われて」
「……そーかぁ? そんなこたねぇと思うけど」
「確かに、俺からも知ろうとしなきゃだめだなって思って」
やばい、と冷や汗が出てくる。頼む、付き合うな。やっぱりわかんないからごめんなさいしろ。そんな事を考えながらも、笑顔で何事もなく話を聞いてるフリをする。
「だから、今度一緒に出かけようって言われたの、行ってみようと思って……」
「デートするのかぃ」
「……デート、なのかな。でも学校の外なら……そうなのかも……」
そりゃ向こうはそのつもりだろ。というかどこ行く気だ。
「……もっと、校内から初めてみてもいいんじゃ? 食堂とか」
「学校の中だとまわりの友達たちが心配して様子見に来るから、ふたりでゆっくり話したいって……」
「あー……そうでやんすか……」
もしかしてあいついいヤツそうに見えて結構スケベなんじゃ。
「そこで、返事しようかと思って」
「付き合う気なのかぃ!?」
「いやだからそれを決めたくて……」
スグリは不思議そうに首を傾げる。これはオイラが悪い。
「告白されてから、多少なりとも好感度あるなら付き合ってみたら? って色んな人に言われたけど、多少なりの好感度がどんなもんか分かんなかったから、一日外で一緒に過ごしたら何か、分かるかもなって」
そんなの、あいつは普通にいいヤツなんだから、一日くらいじゃただ好感度上がって終わっちまうだろ。そしたら、付き合うのか。お前は、あいつと。
「多少なりとも好感度、ねぇ……」
「基準がわかんねぇ」
「……オイラは?」
「え?」
スグリは驚いた顔でオイラを見る。
「好感度がオイラ以下のやつなんかやめちまえよ」
「好感度がカキツバタ以下……?」
そう言って、スグリは目を閉じて悩み出す。それはどういう意味なんだ。内容によっちゃオイラ大ダメージだけど?
「カキツバタの好感度も、よくわかんね」
「オマエは何なら分かんだ」
スグリはうんうん唸って悩んでいる。本当に好きとか付き合うとか考えたことも無く今まで生きてきたのか。
「じゃあ、逆にスグリの好感度高いのって?」
「え……えっ、えー……ポケモンっこ……?」
今なんの話してた。いや、でもそれでいいか。
「じゃあ、あいつとポケモンバトルしてみるってのは?」
「なんで……?」
適当な事言ってんな、みたいな顔されるけど、オイラは真剣そのものなんだよなぁ。
「それで『俺に勝てたら付き合ってやる』って言ってやりゃあいいんだよ」
「……そんな偉そうな事言えねぇべ」
「勝ちたいやつが居るから今は付き合うとかやってる場合じゃ〜ってキョーダイの名前でも出して一旦断って、それでも自分に勝てたら付き合ってやるって言っときゃ、あいつも最近どんどん強くなってんだから更に頑張るだろ。んで、あいつがオマエのとこ来るまでゆっくり考えりゃいいって」
スグリは腑に落ちないと言わんばかりの顔で、うーんと唸る。
「なんか……失礼じゃ……?」
「大丈夫大丈夫。なんだったらオイラが代わりに宣言してやるよ」
「それこそ意味わかんねぇべ……」
「はい、というわけで、スグリと付き合いたい奴ァスグリにバトルで勝つって事に決まりました〜〜!!!」
翌日の部室。人が集まって来たところで後ろからスグリの両腕を持ち上げてそう声を張り上げた。
「なっ、冗談じゃなかったの……!?」
スグリは驚いた顔で、オイラの手を振りほどこうとバタバタしている。
「スグリがあんまりに悩んでるからなぁ、こういうのは宣言しちまった方がいいって。あいつ以外にもお前の事好きなやつ居るかもだろ? それが一気に捌ける」
「そんなのいない! というか離せ!」
周りの部員たちはまた何か騒ぎ始めたな、みたいな顔をしてこちらを見ているが、スグリに告白したあいつだけは苦い顔でオイラを見ていた。
「グダグダ悩んでるより分かりやすくていいだろぃ。付き合いたきゃ勝つ。それだけ」
いやいやスグリに勝つって……という声が聞こえてくる。そりゃそうなるよな。でも、オイラはそうでもしなきゃ困る。
「とりあえず決定な〜。そんでもってスグリ、オイラとバトルしようぜ」
「……なんで?」
スグリは全然意味が分かってない顔でさっきから好き放題だなお前、みたいな目でオイラを見てくる。まあ、これで伝わらねぇとは思ってた。
「カキツバタさん、まーたスグリにちょっかい出してる」
スグリと同じく意味も分からずただじゃれてるだけだと思って笑ってるやつ。
「えっ、ツバっさんてもしかしてスグリの事……?」
流石に話の流れで気付いたやつ。
「おい、どうすんだよ……」
気付いてスグリに告白したあいつの心配をしだすやつ。
「…………」
そして告白した本人は、何とも言えない苦しそうな、傷付いたみたいな顔で黙ってオイラ達を見ている。あいつがオイラの事を普通に尊敬して慕ってくれているのは分かっていた。そんな先輩が、好きなにやつに手ぇだそうとしてんの、どうしていいか分かんねぇよなぁ。
「はいはい、じゃあオイラ達はちょーっとバトルしてくるぜぃ。歴史的瞬間になるかもなぁ〜」
部室内が色んな感情でざわついている。
「スグリ、そんな騙し討ちみたいな事しようとしてるやつやめといた方がいいって……」
「えっ……?」
オイラに腕を掴まれたまま部室の外に連れ出されようとしているスグリに部員の一人が声をかける。スグリは相変わらず全く分かっていない顔で頭にハテナを浮かべている。それにしてもあいつが告白した時は周りから熱烈なブースト入ったのにオイラの時は止めるやつが出てくんの笑えるな。
「カキツバタ、さっきから何……? みんな何言ってんの?」
「とりあえずお前は勝ったやつと付き合うってのはオーケー?」
「いやそれは分かったけど、カキツバタが何考えてんのか全然わかんなくて……」
「つまり『勝ったやつと付き合う』には了承って事でいいんだな」
扉前まで歩いてきて、後ろにいる部員達の中の分かってるやつらから「あーあ……」という声が上がる。今聞いてたやつら全員証人だからしっかり覚えといてくれよ。
「今からオイラとバトルして、オイラが勝ったらオマエはオイラと付き合うって事」
そこまで言って、また気付いたやつらがざわつき出す。それでもスグリは何言ってんだの顔のまま。
「え?」
「オイラ今オマエに告白してんの、分かる?」
部室内で「うわー!」だの「えー!?」だの色んな声が上がる。そして、数秒遅れてスグリの顔がみるみるうちに赤くなっていく。あれ、もしかして脈ある? と思ったが、そういえばあいつに告白された時も顔赤くしてたか、こういうの慣れてないだけか、と思い直す。
「そ、そういう冗談って絶対言っちゃいけないやつだべ……!」
「冗談じゃなく本気でーす」
ひぇ……という声の後、混乱して誰かに助けを求めるようにスグリが振り向けば、あいつがモンスターボールを握って立っていた。
「……スグリくん、カキツバタ先輩とのバトルが終わったら……僕ともバトル、してほしいんだ」
当然のようにオイラがスグリに負ける前提だねぃ、と思っていたら部員達が「何か熱い展開になってきたな!?」「スグリを巡るバトルじゃん!!」「もう二人がバトルしたら!?」と歓声を上げどんどん大騒ぎになっていく。
「やっば、スグリお前どうすんだよこれ!!」
面白がった部員が近付いて来て笑いながらそう問いかけると、スグリは完全に混乱状態だった。
「わ、わや……もうやだ分かんねぇ……」
「二人とも真剣なんだからちゃんと向き合ってやんなきゃだろ〜」
ちゃかされ、目を回すスグリ。そしてそんな中、部室の扉が開いた。
「うるさいけど、なんの騒ぎ……?」
ゼイユが、ネリネと一緒に首を傾げながら部室へと入ってきて、あんなにうるさかったのに一瞬にして全員が黙り込んだ。
「なんなのよ……てか、スグ、あんたどうしたの」
様子が明らかにおかしいスグリ。そしてすぐ近くにいた部員が怯えながら「えっと……スグリの事好きなこの二人が……バトルでスグリに勝ったら付き合えるってバトル申し込んで、スグリが困惑してるところです……」と説明すればまた部室内に沈黙が訪れた。怖い沈黙。
「……スグ」
「……ねーちゃん、」
助けてくれと言わんばかりの視線。オイラもあいつも、面白がってた部員達も、ビビりながら言葉を待つ。オイラ達は勿論、ちゃかしてた奴らもブチギレられそうだよなぁ。
「全部、絶対に勝ちなさい」
「え……」
「そんなやつらボコボコにしてやればいいのよ」
ゼイユの目は本気だった。殺してやれ、みたいな目。
「……っ、うん!」
とにかくこの場が恥ずかしくてどうしたらいいか分からなかったスグリは、この現状から逃げられるならと「早くバトルやるべ……!」と部室を飛び出していく。
「オイラ本気で勝ちにいくぜ?」
「スグは絶対勝つし、万が一あの子に勝てたとしても二次試験があたしの面接だってよーく覚えときなさい」
殺意全開の物凄い目で睨みつけられる。スグリと付き合う最難関ってもしかしてこの姉の面接なんじゃ? てか姉の面接ってなに?
とにかく、勝つぞと意気込みバトルコートへと向かう。面白がって部室に居た部員も殆どが見学しようとついて来る。そして大人数の移動に何だ何だ何かあるのかと他の生徒も注目し、どんどん生徒達が集まっていく。これまた更に恥ずかしがってテンパるかもな、スグリのやつ。
結局、オイラがバトル前に言った「本気で好きだぜぃ」なんて告白とそれに大盛り上がりする歓声に照れていっぱいいっぱいで混乱してるスグリにボコボコにされ、あいつも勿論ボコボコにされ、バトルを終えたコートには「お前らこれ一回で諦めんなよ!」「がんばれ!」なんて観客たちの応援と、ゼイユの「よくやったわ!」という笑い声が響いていた。