おにぎり屋設定で動物園俺、御幸一也は朝限定の「おにぎり屋ベース」をやっている。
いつもなら昼は事務的なことを済ませたり弁当の仕入れ先に顔を出したりしているんだけど。
何故か今俺は『動物園』にいた。
「仕事関係の人から割引券を貰ってな」
そう言うのは、店の常連様のクリスさんだ。
「平日暇、いや、空いてるのはお前くらいしか浮かばなくて」
今、暇って言った。
「暇じゃないんですけど」
「悪い悪い」
はは、と爽やかに笑われて俺は溜息を吐いた。
それにしても。
(私服のクリスさん素敵だな)
朝はわりとスーツやかっちり目の服装が多いクリスさんだけど、今日はラフな完全私服スタイル。
薄いグリーンのニットが良いとこのボンボン風だ。
よくよく考えたら、周りから見たら不思議な組み合わせじゃないか?
平日の日中に男性二人が動物園をウロウロと。
ちなみにクリスさんは有給らしい。
ほら、キリンも不思議そうにこちらを見てる。
(でかいな)
そういえば、動物園は久しぶりだ。
遠くからは子供の笑い声が聴こえてくる。
遠足かなにかだろうか。
緑も多くて気持ちが落ち着く。
動物たちもぽかぽか陽気に眠そうだ。
(わかるぞ……これは眠くなる)
後ろにある芝生に倒れ込んだら、秒で眠れる自信がある。
「お、御幸!見てみろ」
「え?」
楽しそうな声に顔を上げると、クリスさんが手招きしていた。
「どうしました?」
なんか珍しい動物かな。
「あのたぬき、『みゆき』て言うらしい」
「たぬき?」
クリスさんが指を指す先には、ふわふわしたたぬきが気持ちよさそうに寝ている。
説明の書かれた板を見ると、確かに『みゆき』というらしい。
わりと動物に『みゆき』という名前はありがちで珍しくもないので、ふーんと眺めるしかない。
「あのたぬき、お前に似てる」
「はあ!?」
似てないし、と反論しようと勢い良く振り返ると。
「かわいいな……」
クリスさんがあまりに慈愛に溢れた笑みを浮かべてたぬきを見ているので、なんだか言えなかった。
しかも、何故か恥ずかしくなってくる。
なんで俺が照れなきゃならないんだ。
(たぬき……)
でも、どこが俺と似ているかわからないな。
名前か?名前だけか?
そのとき、たぬきが欠伸をしてのそのそ起き上がった。
「ふわぁ……」
釣られて欠伸をすると、クリスさんが笑う。
「うう……」
「休憩するか?」
「大丈夫です!」
次はリスを見に行くって楽しそうに言ってたのはクリスさんだ。
「えっと、リス園の先にふれあい広場もありますよ」
入場口でもらったパンフを開く。
「大人でも良いんだろうか……」
「大丈夫って書いてありますから、遠慮なくモルモットやうさぎを鷲掴みしましょう」
「……」
「冗談です」
うさぎたちに餌をあげたら、俺達もご飯かな。
弁当作ろうか悩んだけど、朝も昼もうちのご飯じゃクリスさんも飽きてしまうだろうし。
なーんて、思っていたら。
『特別料金で弁当二つ頼む』
三日前に注文が入りました。
「御幸の弁当、楽しみだな」
「せっかくなので、サンドイッチにしてみました」
近所に美味しいパン屋さんが出来たのだ。
クリスさんの目が輝く。
「そういえば、サンドイッチも三角だな……ベースだ」
「本当だ」
たまにはサンドイッチを作ってみるのもいいかもしれない。
まあ、クリスさん限定ではあるけど。
「御幸、リスだぞ」
「クリスとリス似てますね」
「お前とたぬきほどじゃないがな」
「いや、だから似てません」
大人になったら、もう動物園に来ることなんてないと思っていた。
なのに、こんなにも簡単なことで。
(こんなにも楽しいなんて)
クリスさんのおかげだ。
クリスさんといると飽きることがないし。
クリスさんといると。
(……?)
なにか今、よくわからない感情が胸をよぎった。
なんだろう。
あまり深く考えないほうがいいような。
「御幸?」
「あ、なんでもないです!」
これはまだ、自分の中の『特別』に気付く前の話。