冬のおにぎり屋。冬。
冬は美味しい食べ物がたくさんある。
夏のように、スープ類のネタにも困らない。
光熱費は高くなるけど、知り合いから冬野菜をもらったりお客様からも差し入れがあったり。
冬のおにぎり屋は大繁盛。
なのは、良いんだけど。
「み、御幸?」
「……」
「御幸!」
「……え?」
名前を呼ばれた気がして顔を上げると、見知った顔が心配そうに俺を見ていた。
「またぼんやりしてたぞ……」
クリスさんに言われて俺は苦笑いする。
「すいません……」
「包丁や火を使っているときは気をつけろよ」
「はい……」
悄然としながら、焼いていた鮭をひっくり返す。
よかった、焦げてない。
「まさか御幸がこんなに寒さに弱いとはな」
「人間誰でも寒さには弱いです」
寒いと動きが鈍るし判断力も低下する。
冬眠しないだけ偉い。
「早朝は特に寒いだろう」
「そうなんです」
店の暖房も直ぐには暖かくならないし。
熱々のおにぎりのおかげで少しは我慢できるけど。
「はい、鮭です」
「ありがとう」
クリスさんが鮭むすびを食べて、ほっと息を吐く。
「やっぱり鮭は美味いな」
大根の味噌汁も美味い、と笑う。
お客様が美味しいと言ってくれるこの瞬間が好きだ。
寒さなんて吹き飛んでしまう。
「俺、がんばれそうです」
「うん?」
寒さなんかに負けない。
少しでもお客様に暖かくなってもらうために。
そして、クリスさんの笑顔をまた見るために。
(なんてな……)
「はよーっす!」
そのとき、ドアが開いて沢村が寒そうにしながら入ってきた。
「さっむ!かった!」
「おう、いらっしゃい」
「おはよう……」
「師匠!おはようございます!」
あいかわらず朝から元気だけど、鼻が真っ赤だ。
余程寒かったらしい。
お茶をうまそうに啜る。
「これ、実家から送ってきた白菜」
「おっ、いつもわりいな」
「俺一人じゃ食いきれないから」
「これはまた、立派だな」
パンパンに太った白菜だ。
有り難い。
ちょうど漬物も切れそうだったし、チゲにも使いたいし。
クリーム煮もいいな。
「朝飯、食ってくだろ」
白菜のお礼、と言うと沢村は一気に笑顔になる。
「やった!」
釣られて俺もクリスさんも笑ってしまった。
素直だなあ。
「良し……」
次は沢村を腹一杯にさせる番だ。
味噌汁の鍋に火を付ける。
「俺はそろそろ時間か……」
時計を見てクリスさんが立ち上がった。
もうそんな時間なんだな。
この瞬間は少しだけ寂しい。
会計に向かうと、クリスさんはいつも通りお釣りがないように支払ってくれた。
そして、小さく咳払いをする。
「あー……」
「?」
「今度、暖かいところにでも出掛けよう」
「え?」
「連絡する」
「は、はい」
少しだけ頬を赤くして出て行くクリスさんを見送りながら、俺は何度も何度も反芻する。
うわあ。
今のは。
(デートのお誘い、だよな)
嬉しい。
思わずにやけてしまう顔をなんとか引き締めて、おにぎり屋モードに戻る。
「はい、味噌汁」
「ありがと……って」
沢村がまじまじと俺の顔を見て首を傾げた。
「顔真っ赤だけど、暑いのか?」
「えっ、い、いや……別に」
「?」
「はっはっはっ」
熱い。
クリスさんのおかげで顔が熱い。
冬なのに、こんなにも寒い毎日なのに。
一気に常夏気分だ。