「お誕生日おめでとうございます!」
晴れやかな声と共にプチケーキが配膳された。店内の人々が店員の囃し立てる歌声に乗せられて疎らに手拍子を始める。歌そのものは日本でよく聞くものと変わりなく、歌詞のみがハワイ語に変わっている。ハウオリラーハナウ、イヤーオエ、とゆったりとしたリズムで何度も節が回る。気が付けば和やかな祝いの空気に包囲されていた。
観光客向けのサービスなのだろう、ホールスタッフの一人が飾られていたウクレレを手に取り弾いている。いつの間に出身時代データを握られていたのか。知られていればシライよりも優先的に襲撃されていてもおかしくはない。だが、それもまたクロックハンズの企みのうちなのかもしれず、本部の状況が気にかかる。敵の真意には触れられぬままだ。マイ=ラッセルハートと同じく、ハイドも黙秘を貫いている。
異国情緒に満ちた宣戦布告に、ゴローは驚愕を敵意で覆い隠し、眼前の男を周りにはわからぬよう睨め付けた。
「はは、お気に召さなかったかね」
「回りくどい真似をする。おれなどいつでも消せると?」
「…………おや」
今度はハイドが目を丸くした。その途端、囃す声が騒がしさを増し、ピーピュイと高らかな指笛まで乱入してきた。観衆の視線が集まっている。仕方なくゴローは殺気を抑えて、沈めた感情を込めた吐息でロウソクの火を一気に吹き消した。あちらこちらから祝いの言葉が飛んでくるのに、柔らかな笑みを装って残った片手と英語で応える。わあっと拍手の勢いは最高潮を迎え、スタッフの撤収を期に周囲の目はそれぞれのテーブルへと戻ったようだ。
「なんのつもりだ」
「いやなに、……5月6日生まれでゴローとは、存外に単純な名付けだと思ってね」
周囲の善性を利用した卑劣な精神攻撃について尋ねれば、含み笑いでもって明後日の回答を返される。が、その内容を精査すればなんてことはない己のミスであると気が付いてしまい、今度こそ深々と溜息を零した。
「奇術を捨ててビジネスの世で身を立てただけはある」
「酷い言様だ。詐術に劣る魔術にかかって、きみの幻肢痛は成されたのだがね」
小器用にチップを挟んだ指先を動かし、スタッフの目を惹きながらハイドは笑う。右手の人差し指と中指に挟まれていた紙幣はスナップを効かせて手を振るたびに増えていき、バースデーイベントに参加したホールスタッフ全員分に足りる数になって止まった。これ見よがしな動作に、もう存在しない右の手首がずくりと疼痛を発した。
「毎日代わり映えのない質問ばかりで退屈してたんだ。きみの部下のシライくんみたいに言葉遊びをしてみたわけだが、まさか当たってしまうとは」
「………………」
「見透かされたかと思って警戒し、虚勢を張るきみの顔は中々に無聊を慰めてくれたよ」
くつくつと喉を鳴らすように笑いながらも顔は人当たりのよい朗らかさを保っている。その目元にはゾッとするような深い影が落ちていたが、今更そんなもので臆するゴローではない。ただただ不覚を取った自身への不甲斐なさへの自戒と、面倒な老人へどう対応すべきかのシミュレーションが脳裏を占めている。
「……こちらも頑なさに飽き飽きしていたところだ」
「虚勢のバリエーションは豊富だな。互いに急拵えのハワイ生活だ。用意もなくわたしを尋問などできまい」
打てば響くとばかり、生き生きとしてゴローの不備を詰る。ハイドからすれば不倶戴天の敵たる巻戻士、その首魁たるゴローとの共同生活ともなれば不満しかないだろう。話を聞きながら片手でナイフを動かし、なんとか切り分けられた。ガス抜きは必要だ。相手にも、自分にも。
「ノルマだ」
半分に切り分けたケーキにフォークを突き刺してどさりと取り分け、自分の側へと寄せる。元の皿に乗っていた比較的きれいな方のケーキを目の前に配膳してやれば、ハイドはこの日初めて嫌そうに眉根を寄せた。
「品のない……それに、わたしはもう結構な歳なのだが」
「隻腕の男にも可能なマナーがあれば教えてくれ。そして、おれも若くはない。これこそ、おまえたちの大好きな〝平等〟だろう」
ゴローには心底想定外のサプライズバースデーだったのだ。ケーキ分の胃の容量が空いているわけがない。それは自分は食べるつもりのなかったハイドとて同じこと。まだ40代のゴローでさえ甘いクリームに胸焼けを覚えるのだ、70に近いハイドにはより一層辛かろう。
「何が平等だ。年齢を考慮しろ、若造」
「砂糖菓子やチョコプレートは引き受けているが」
「口の減らんやつだ」
ハイドは今度こそ顔を顰めさせ、コーヒーを追加するべくウェイターを呼びつけた。
はあっはあっゴロー隊長が咄嗟に英語圏の人に対応するときにピジン訛りが出て、それに当人が苦い顔してたらどうしよう…!!ハワイで過ごした濃密な年月を匂わせるのやめてください!!!
誕生日おめでとうございます 早くトキネちゃんとの関係もキリキリ吐いてください
キリキリキリキリ……