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    怒涛の犬、ド犬

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    怒涛の犬、ド犬

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    下書きっちゃ下書きだし出来たっちゃ出来てるぐれぶきぐれの短〜い小説
    現実は冬に向かいつつあるのにめちゃくちゃ春の小説

    春時雨に君想う桜が咲いている。薄桃の花弁から透明な雫が伝う。それは山吹の手のひらを濡らした。桜が泣いている。そんな情緒ある言葉がふと脳に浮かんで、柄じゃないと一人笑う。せっかくの花見に雨に降られたが、不思議と悪い気はしなかった。時雨が言っていた言葉を思い出したから。

    春時雨。立春から花が咲くまでの季節に降るにわか雨。俺の誕生日に時雨が教えてくれた。俺の誕生日の季節に、時雨の名前が入っているという単純な理由で好きになった言葉だった。

    お誕生日おめでとうございます。千晴くん。今日は春時雨ですね。お出かけはやめて、家でゆっくりしませんか。君が好きな焼き芋は時期外れなのでありませんが、君、ピザとかも好きだったでしょう。家に届けてもらって、食べながら一緒に映画でも見ませんか。千晴くんが好きそうな映画を借りてありますよ。

    一言一句違わずに思い出せる。幸せな記憶。俺の誕生日に二人っきりで過ごせただけで充分なのに、俺の好きな物を俺の好きな人が用意して、俺を喜ばせようと頑張ってくれた。それが一番嬉しくて。こんな最高の愛情があるかよって、そう思ったっけ。

    いつまで覚えていられるだろうか。

    きっとこれから時雨の全てが薄れていく。人が一番最初に忘れるのは声なんだと。俺、時雨の声好きだったから、忘れたくねえなあ。冷淡で芯が通っているその声の中の、俺の名前を呼ぶ時にだけ変わる温度が好きだった。きっと愛だった。
    その次にふとした日常の会話を忘れて、時雨の体温を忘れて、時雨の匂いすら忘れてしまうのだろう。それがいつまで、どの程度忘れてしまうのか全く分からないが、俺がジジイになってボケるまでは覚えていたい。俺が一体いつまで生きれるのかも定かじゃないけど。

    桜並木の向こうに時雨がいた気がした。姿は見えない。気配だ。懐かしい、俺の左隣が定位置だったそれ。俺の左肩が寂しいと感じるのはお前のせいだぞ。お前が隣にずっといるのが当たり前だったから。おれに幸福を教えといていなくなるなんて、ずるいじゃんか。俺が時雨を殺したのに、そう思ってしまう。もっと時雨と一緒にいたかった。仕事で悪人を追い詰めて、飲みに行って、笑い合う。それだけで良かったのに。
    そんな生活が幸せだった。人は傲慢だ。十分満たされているのに、欲をかく。俺たちは散々悪人を見てそれを知っていたのに、どうしてか自分たちに限ってそれはないと驕り高ぶっていた。失ってから幸福に気付く。幸せな記憶が人を不幸せにする。俺の人生が続く限り、ずっと。
    なあ時雨、どうせなら目一杯不幸せにしてくれよ。俺の人生に傷を付けてめちゃくちゃにして。お前がいない人生でお前を感じるには、これしかないから。

    「好きだったなあ、」

    桜の花弁が舞っている。もう春時雨の季節は過ぎてしまった。時雨は隣にいない。何もかもが噛み合わない。何もかも噛み合わないこの世界で、俺はこれからも生きなければならない。時雨が教えてくれたことを胸に抱いて。
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