secret sign 昼休み、一般教養棟の学生食堂で落ち合って昼食を食べていると、桑名が思い出したように言った。
「松井、こないだうちに文庫本忘れて帰ったでしょ。谷崎潤一郎の」
「ああ、あれもう読み終わったから、今度行くときまで置いといてよ。良かったらそれまでに桑名も読んで」
僕がそう答えると、桑名はちょっと困った顔をした。
「えぇー、僕そういうのあんまり読まんのやけど…」
本当は、彼があまり小説の類を読まないことは知っていた。桑名は読書家だけれど、読んでいる本は専門書か、学術系の新書が多い。翻訳ものの幻想文学やクラシックな推理小説が好きな僕の読書傾向とは正反対と言ってもいいくらいだ。でも、それを承知で僕は強引に続ける。
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