魔女パロその2 嵐のあとはよく晴れるものだ。
燦々と暖かな陽射しが嵐の森に降り注ぐ。あれほど厚かった雨雲はすっかり晴れ、晴れ渡る青空にぽっかりとまんまるの白い月がよく見えた。風は穏やかでさわさわと揺れる木陰の下、鳥たちがのどやかに春を歌う。気持ちの良い、洗濯物日和だった。
乾いた洗濯物は取り込んだし、掃除もした。朝から作っていた昼食もバスケットにしっかり準備した。赤いくせっ毛はばっちりまとめて、服だって前に都にいたときに買った可愛めのスカートを引っ張り出してきた。黴臭くならないように薔薇のポプリと一緒にしまっておいたから、ちゃんとまだ良い匂いがする。長く歩いても大丈夫なようにちゃんとしたブーツを履いて、持ち歩くバスケットだってよく干したから草とおひさまのいいにおいがする。魔法の道具も皮袋にしっかり入れた。ひとつひとつ確認しながら、スレッタはそわそわと訪れを待つ。リビングの時計の針はぐるりと回って、午前十一時。もうそろそろ来るはずだ。
ぴゅう、と風切り羽根が風を切る音が耳に届く。エアリアルにお願いして聞こえるようにしておいたのだ。間違いない。
気合いを入れ張り切って外に出ると、陽に艶めく大鴉が一羽、スレッタの家の軒にとまる。待ち人だ。
「エランさん! 時間ぴったりですね!」
「約束だからね」
ふわりと降りてきた少年は、以前と同じ白のシャツと黒いトラウザーズを身に着けている。向けられた無表情がなんだか優しく見えて、スレッタの胸は高鳴った。そわそわと横髪を整えながら、エランに向き直る。
「来てもらえて、うれしいです。呼び立てちゃって、すいません」
「構わないよ。依頼が終わるまで近くに滞留してるから」
スレッタのことを知りたいと言ってくれたエランと、どうすればより仲良くなれるのかをスレッタなりに考え、エランに素材集めの同行を提案したのだ。嵐の森は広く、都会にはない様々な景色を見ることができる。スレッタの庭である嵐の森を紹介して回ることは、スレッタを知ることにつながるのではないだろうか。そして、スレッタ自身も、一緒にいることで彼のことを知れたら。そんな下心付きの提案をエランは快諾してくれた。
「あの、今日行くお花畑なんですけど。妖精たちが住む、のどかで良い場所なんです。そこで、その」
これは勇気が出なくて伝えきれなかったことだ。もじもじと膝を擦り合わせながらずっしりとサンドイッチの詰まったバスケットを両腕で掲げる。
「お昼ご飯なんて、ど、どう……でしょう、か」
一緒にどうかとは誘ったものの、エランには依頼の品を取りに行くとしか伝えていない。依頼に必要のない浮ついた用事をエランがどう思うかわからなかったからだ。
スレッタは恐る恐る、少年の反応を仰ぎ見る。ぱちりと瞬きをしたエランの目に感情は伺い知れない。深く煌めく黄緑の瞳の奥にはちかちかと理知の光が輝いて、スレッタを見つめ返している。
エランが再び目を閉じて、ようやくスレッタは我に返った。少年は掲げられたバスケットをひょいと取り上げ、一歩外に歩み出てスレッタを見た。そわり、腕と気持ちが軽くなる。
「行こうか、ピクニック」
「! っはい!」
嵐のあとの見慣れた森はきらきらと輝いていた。青い空はどこまでも澄み切って、空気はひんやりと爽やかだ。木々の深い緑を朝露が真珠のように飾り、花々は己を誇って色とりどりに森にひしめいている。見慣れた光景の、はずなのに。
なぜだろう、花も空も、変わらぬ家の中ですら、いつもよりもずっと綺麗に見えるのだ。嵐がやってきて、エランと出会ってから。
きらきらして、ふわふわして、どきどきする。
エランがスレッタに魔法でもかけたのだろうか。いいや、そんなかんじではない。魔女であるスレッタがエランに魔法をかけられて気付けないはずがない。なにより、悪い変化ではない、気がするのだ。
魔法ではないけれど、魔法のような、不思議な気持ち。
この気持ちがなんなのか、知りたい気もするし、知るのが怖い気持ちも、少しある。
静かな横顔に視線を移す。エランとはあれから何度か会話をしたが、彼のことは未だによくわからない。言葉数は少なで言葉も行動も飾らないが、スレッタが困っていたらいつも助けてくれる。スレッタのことを悪く思っているわけではない、と思う。ただ、自分のことはあまり話してくれない。知りたい、と言ってくれた彼のことを、スレッタももっと知りたい。
「魔獣除けのポプリ、よく効いてるね」
エランの声にハッとして顔を上げた。ポプリ。そうだ、スレッタの持ち物。この日のために作った、ミモザのポプリ。でも、それだけじゃない。
「え、エアリアルのおかげでもあるんですよ。エアリアルは強い精霊なので魔獣が怖がって寄ってこないんです」
「精霊……」
スレッタの言葉に少し、考えるそぶりを見せた。
「これから行く花畑には妖精がいるんだよね」
「そうですね……?」
エランが何を気にしているのかわからず、首を傾げる。
「精霊と妖精って、どう違うの?」
聞かれてから、はたと気が付いた。そういえば、魔女ではないひとはあまり詳しくない話かもしれない。魔女の知識をプロスペラ以外と話すのは初めてだから、そこまで気が回らなかった。慌てて説明を重ねる。
「えっと。妖精は目で見ることもできる生き物なんです。お花と悪戯と噂話が大好きな、子供みたいな種族です。魔法も使うんですけど、あんまり強くないです」
「精霊は? 見えない?」
「はい、精霊は見えません」
エランに褒めてもらいたくて、頭のなかで必死に教本をめくる。大丈夫。お母さんみたいな魔女になろうと、たくさん勉強したのだ、ちゃんと基礎は身についている。
「精霊は魔女に力を貸してくれる最も身近な存在で、妖精よりも原始的な存在……なんです。意識は人間に近くて、でももっと自由で純粋です。あ、力を持った魔女が死後精霊になることもあるんだとか」
「そうなんだ。……エアリアルも?」
「エアリアルはもともとお母さんと一緒にいた精霊だったんですけど、今は私についてくれてるんです。生まれたときから一緒で、友達で、家族です」
「……家族?」
エランがまた、考えるそぶりを見せた。なにか、変なことを言っただろうか。
「あの……?」
「ピクニック、よくするの?」
「よく、はしないです。この森には普通の人は入ってこれないので。昔はお母さんと一緒に色んなところに行ったんですけど、ひとりでする気にはならなくて。だから、久しぶりで、うれしいです!」
きらきらと、世界が輝く、そのなかに、スレッタがいて、エランがいる。鮮やかなエランの目がじっとスレッタを見つめている。楽しくて、嬉しくて、幸せだ。舞い上がる気持ちに箒なしでもふわふわと身体が浮いてしまいそうだった。
「……そう、なら良かった」
エランがピクニックに好意的なことが嬉しくて、また、えへ、と笑った。
不思議な形の岩。美味しい木の実の鳴る木。動物たちの水飲み場。
森の中をエランに紹介しながらしばらく歩いて、開けた場所に出た。
「もうすぐ着きますよ! 妖精のお花畑」
「そこにあるんだったね。眠りの棘」
「はい。妖精たちが育てているので、少し譲ってもらって……あれ?」
そこで、スレッタはようやく異変に気付く。花が咲いていないのだ。目に華やかな花畑は未だ春を待ったまま、足元に生える色とりどりの花は蕾のまま固く閉ざしている。紫の蕾に触れ、よく見てみると、花に眠りの魔法がかけられているようだった。
子供の小さな声が遠くでくすくすと笑っている。
「あの! ようせ、わっ……」
後ろから誰かに強く突き飛ばされた。けれど、衝撃はない。目を開けてエランに抱き留められていることに気づき、慌てて飛び退いた。
「ご、ごめんな、さい!」
運ばれたときにも感じたことだが、儚そうに見える腕も身体も自分よりもずっと大きくしっかりしていて、ことさらに異性を感じた。ほのかに残る温もりに、またどきどきする。エランは迷惑がるでも呆れるでもなく、スレッタに短く問い返す。
「大丈夫。妖精?」
「は、はい。たぶん……」
妖精の悪戯、だろう。けれど、こんなことは初めてだ。彼らは悪戯とひとの困った姿が大好きだけれど、スレッタやプロスペラには悪戯をしかけてこなかった。妖精たちは力ある魔女を恐れ親しみ敬うのだから。いったい、なにがあったのだろうか。
『来た』『来たよ』『来たね』
こそこそと小さな声が聞こえる。意外にも、すぐ近くのようだ。探し人の魔法を使おうとスレッタが皮袋に手を添えると、腰、胸、頭に順に何かが跳ねるように触れた。
「わっひゃっ……!」
「きみ、髪が」
エランの言葉に頭に手をやると、あんなに気を遣って結わえた髪に棘付きの草の実がくっつけられていた。遊ばれている。カチンときたスレッタは、今度こそ魔法を使った。
「もう、いいかげんにしてくだ、さいっ!!」
使ったのは声を耳に届ける魔法。小さな妖精たち相手なら、大声を出せばささやかな反撃の手段にもなる。感じた確かな手ごたえを裏付けるように場は静まり返った。
「あの……」
『ねえ、知ってる?』
その一言を皮切りに妖精たちが話し始めた。
『ねえ知ってる?』『知ってる?』『知ってる?』『スレッタ』『スレッタ』『魔女の娘』『悲しい子』『哀れな子』『魔女は嫌われてるんだよ』『彼女はもう戻ってこないよ』『空と地の底は繋がってるんだよ』『世界は変わってしまった』『禁は破られた』『彼女に会うために彼女が変えた』『ゆりかごを作った』『彼女は歌うよ』『呪われてるからね』『呪われてる』『呪われてるね』『呪われてるよ』『カラス』『混ざりもの』『お人形だ』『怖いね』『愚かだね』『悲しいね』
口々に多くのことを言われ、何がなんだかわからない。妖精たちはいつもこうだ。おしゃべりでいじわる。物知りで嘘つき。彼らの言葉に惑わされれば、どんな知恵者でも自分がどちらを向いて何のために立っているのだかわからなくなってしまう。だから、妖精と話すときはあまり相手にしないことが肝心なのだと、プロスペラはスレッタに教えた。小さな声の波に負けないように、声を張り上げる。
「あの、わたし、スレッタです。あなたたちが育ててる、眠りの棘を。分けてほしいんです」
途端に、しん、と花畑は静まり返る。花のつぼみがさわさわと揺れる。
『ダメ』『ダメだよスレッタ』『ダメダメ』『ゆりかごが空にあるかぎり』『月が母と眠るかぎり』『月が大地に沈まぬかぎり』『彼女の寝息は花には毒だ』『森は彼女に染まってしまった』『月に雲を』『花に風を』『ふたたび嵐が来なければ、花を咲かせてあげられない』
「ど、どうしても……ですか?」
ちらり、隣にたたずむ少年の表情を盗み見る。彼の真っ直ぐな視線はなぜだか妖精ではなくスレッタに注がれていた。吸い込まれそうな黄緑の輝きにしばし見惚れ、息を呑む。図らずも見つめあう形であることに気づき、スレッタは熱くなった頬を抑えながら妖精に視線を戻した。
そう、そうだ。エランの依頼なのだ。彼と、彼の主人が困っているのなら助けたい。それが魔女であるスレッタにできること、するべきことで、したいこと。妖精たちにも事情があるようだが、ここで引くわけにはいかない。
スレッタが決意にぎゅっとこぶしを握りしめていると、花のつぼみの影からひとりの妖精がおずおずと姿を現した。妖精の大きな複眼がスレッタをそっと見上げる。
『そんなにほしい?』
「ほしい、です。お願いします」
しっかりと頷く。それが引き金だった。
ケタ。愛らしい妖精はその小さな口を大きく裂いて甲高い声で笑い出した。ケタケタ、ケタケタ、ケタケタ。まるでそういう玩具のようだ。けれどそれを呼び水に子供の笑い声があちこちから響き、重なり、何百もの声が波となってスレッタたちを呑み込む。そうだ、これが妖精だ。人ではないもの。惑わすもの。当たり前のはずの光景に足がすくんだ。頼りになるプロスペラは、もういない。
『じゃあ勝負』『勝負だね』『勝負だ』『負けたらおもちゃ』『負けたら笑いもの』『負けたら終わり』『終わり終わり!』『人生の終わり』『世界の終わり』『何が終わるの?』『何かな?』『人生』『幸せ』『不幸』『喜び』『悲しみ』『孤独』『希望』『絶望!』『それってなんて幸せだろう!』『おめでとう』『おめでとう!』『おめでとう!』
圧倒されるスレッタの袖を誰かが引く。振り向くと、エランがどこか心配そうにスレッタを見つめていた。
「……スレッタ・マーキュリー」
名を呼ばれる。じっと目を見る。それだけで、ぶわりと恐怖に泡立った心が静まった。
「大丈夫、ですよ」
そう、大丈夫。大丈夫だ。根拠のない自信が震える足を支える。スレッタはこの森のことは精通している。そのスレッタが頼りない姿でエランを不安がらせるわけにはいかない。スレッタ・マーキュリーはプロスペラから一通りのことを叩きこまれた、一人前の魔女なのだから。
笑いかけると、エランはじっとスレッタの目を覗き込んだあと長い睫毛を伏せて何も言わず袖を離した。優しい、ひと。
周りの音が少しだけ遠のいた矢先、ふたりの目の前を青いものが横切った。遠く小さな星だって捉えるスレッタの目には、妖精が青い花を抱えているのが一瞬見えた。
『青いお花を捕まえたら勝ち』
スピード勝負。けれど、それなら。
背負った箒を前に構え、飛び乗った。
「望むところ、ですっ!」
ぐん、と。不可思議の力に引かれ、風をまき散らして勢いよく箒は飛ぶ。加速し、加速し、加速する。地面から遠く離れて、青い空、白い雲の中へ。目の前を駆ける青い花は、目と鼻の先。これなら、いける。
『おいで、おいでよ』
「ぐぅっ……っ」
箒の上から身を乗り出し、前に飛ぶ妖精めがけて手を伸ばす。あと少し、もう少し。スピードをさらに上げる。勢いをつけて伸ばした手は、けれど妖精が急旋回を行ったことにより空を切った。
「わっ!」
空振りの勢いのままぐるんと回り、一瞬どちらが地面かわからなくなる。なんとか体勢を立て直すがまた空間の裏にでも隠れたのか妖精の姿は見失った。ただくすくすと笑い声があちらこちらから聞こえる。スレッタをからかって周りを飛び回っているのだろう。
黒い柄をぎゅっと握る。この箒はプロスペラから譲り受け、彼に助けてもらったもの。エアリアルが頬を撫で、さあ、やっちゃおう。そんな風にスレッタを勇気づける。
風が吹く。嵐がくる。花の咲かない野に春を運ぶ、魔女の嵐だ。
ぶわりと周りを巻き込んで、大きな風を起こす。その中の、空気の流れのわずかな違和感。
そこに、妖精はいる。
誰よりも速く、誰よりも高く。飛ぶことなら、スレッタとエアリアルが負けることはない。鳥にも、妖精にも。お母さんにだって!
「わたしの、勝ち、です!」
手の中に捕まえた妖精が抱えた青い花を見て笑う。錘のように巻いた真っ青な花の蕾、その中心に眠っている蕊が依頼の品、『眠りの棘』の原料である。これで、彼を助けることができる。エランは喜んでくれるだろうか。
少年の笑顔を思い浮かべてふにゃりと相好を崩したスレッタを見て、手の中の妖精がしたり顔で口を出した。
『スレッタ、あの子のこと好きなの?』
「えっ!?」
好き。好きとは、好意だ。ここで言う好意が友愛や親愛ではないことは、田舎者のスレッタでもわかる。妖精が言う好きと言えば、恋愛の『好き』に間違いない。恋愛。こい。
「そっ、そんなこと……」
『好きじゃない? 本当に?』
「それは……」
視線が合うとうれしい。話しかけてもらえたらうれしい。知れたらうれしい。手が触れたら電流が走ったようにどきどきして、些細な動きから目が離せなくて、一緒に居られる時間がしびれるように甘くて。もし、エランが笑ってくれたら、笑いかけてくれたら、きっと。
『なら、恋だね』
「え……?」
花畑にスレッタが降り立つと、妖精は少女に笑いかけながら飛び立った。妖精の羽根から鱗粉がきらきらと降り注ぐ。
『愚かだね』『醜いね』『美しいよ』『悲しいね』『可愛いね』『本当はどっち?』『どっちかな』『どちらでもある』『どちらでもない』『けれど門出だ』『蛮勇だ』『お祝いしなきゃ』『勝利と始まり』『敗北と終わり』『世界は歌うよ』『彼女も歌うよ』『歌おう』『踊ろう』『花と一緒に』『花になって!』
ひときわ強い、風が吹いた。風を受け、花が目を覚ましたように開いていく。赤、青、黄。本当なら順繰りに咲くはずの花が、時間を取り戻すように花畑を満たしていく。
咲いた花の影から小さな妖精たちがわらわらと集まって跳ね回っている。楽しげだ。妖精は、楽しいことが大好きなのだ。小さな妖精たちが葉っぱの楽器を弾くと空気が震わせて音が鳴る。鳴る。鳴る。歌う。叩く。たくさんの音を重ね合わせ、大きな音のうねりになる。それは膨らみ、次第に纏まり、美しい旋律の形になっていく。
青空の下で、花々の中で、木陰で。妖精たちが歌い、踊る。花びらが舞う。歌声が降る。
妖精たちがスレッタの袖や髪を引いて花畑を進む。その先にはエランがいる。妖精たちに。ふわりと浮いていた視線が惹かれるようにスレッタに留まり、強く射貫く。
『歌おう』『踊ろう』『踊ろう、スレッタ』『恋のために』『きみのために』『あの子のために』『今日という日を喜ぼう』『祝おう』『昨日を泣かないために』『明日も笑えるように』
妖精たちは踊る。踊る。踊る。くるくると。楽しげに。彼らの目配せに、スレッタはきゅっと口を引き締めた。
「あの……」
「スレッタ・マーキュリー」
「は、はいっ!」
「勝ってたね。おめでとう」
低く抑揚の少ない声。なんてことない一言が、心の深くにじわりと沁みた。軋むように痛くて、むずがゆくて、泣きたいほどに嬉しかった。ずっとずっと、この言葉が欲しかった気がする。
震える喉に力を入れる。ここが勇気の出しどころ。進めば、ふたつ。
「えっ、エラン、さんっ!」
花びらの雨の中、少年がきょとんと口を小さく開けている。目は、スレッタに留まったまま。
「わたしたちも、踊りませんか……?」
少しだけ震えた声に、おずおずと広げた手のひらを添える。
踊ったことなんて、ない。村の祭りは参加させてもらえなかったし、都のお祭りも見る前に森に越してきてしまった。忙しいお母さんに教えてなんて頼めなかった。ただ村祭りの踊りを茂みからこっそりと眺めたことがあるだけ。そんなのじゃ、ダメだろうか。
自信のなさに目線が下がり、広げた手のひらは丸まっていく。けれど、その手を白い手がとった。
「うん。踊ろう」
そろり、踏み出したステップにエランの足が付いてくる。えっと。村のひとたちはどうやって踊ってたっけ。音楽に合わせてたどたどしく足を出すスレッタにエランが身を寄せると、少しだけ踊りやすくなった。いち、にい、さんっ。くるりと回って景色が広がる。引っ張って、引っ張られて。きらきら、ふわふわ、どきどき。
妖精が魔法をかけて、翻るスレッタのスカートが様々な色に変わっていく。赤。ピンク。黄色。白。くるくる、くるくると。
世界が彩られる。きらきらと輝く。その中で黄緑がひときわ鮮やかで。
その中に、スレッタがいる。その事実で胸がいっぱいになって。
息が止まる。ああ、スレッタは。
恋を、していた。