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    mumumumumu49

    @mumumumumu49

    4スレは信仰

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    天使パロの続きです。以後スレッタ視点で続きます。

    天使パロその2 スレッタは見習い天使です。
     麗らかな春の夜に目を覚まし、すべての天使と同じように柔らかな雲をゆりかごに、波と風の音を子守唄に、天の御下で美しいものに囲まれてすくすくと育ちました。周囲に天使はおりませんでしたが、天使の羽根の使い方は海の泡が、天使の役目や天のお言葉は風が優しく丁寧に教えてくれました。彼らは言いました。『天使は神さまのために働くことが使命なのだ』と。ですからスレッタは雲の上からときおり下界を眺めながら、一人前の天使になるための勉強に励みました。
     そして、手足が随分と伸びて翼が大きく成長したころ、神さまから一人前となるための試練を授かりました。
    『善き人をとびきり幸せにすること』
     それがスレッタに与えられた初めてのお役目でした。優しい人々の役に立ち彼らに喜んでもらう、なんと素晴らしいお役目でしょう。このお役目を果たせばスレッタは一人前の天使となり、楽園の門をくぐって神の御側へと侍ることが受け入れられるのです。
     スレッタは喜んで人々を幸せにするために雲から下界に降りていきました。下界ではたくさんの人々と出会いました。いつもなにかに怒っているひと、優しい誰かを騙そうと企んでいるひと、大切なものを守るためにスレッタを攻撃するひと。けれどもその中にも寝食に困ったスレッタに親切にしてくれる善き人々も居りましたから、見習い天使は対価として彼らに羽根を一枚授けました。
     天使の羽根には奇跡の力が宿っています。不可能を可能にするほどの力はありませんが、ほんの少しだけ、幸運を呼び寄せるのです。
     善き人々はスレッタの羽根を随分と喜んでくれました。そうして食事をもらうたび、寝床を借りるたび、スレッタは少しのお金と幸運の羽根を渡し続けました。するとどういうことでしょうか、最初は感謝してくれていた善き人々はだんだんと幸運を当たり前に受け入れるようになりました。そして羽根がなくなり、スレッタが渡せなくなると困った顔をして催促するようになったのです。あんなにふっくらしていたスレッタの羽根は気がつけば痛ましく痩せ細り、骨が剥き出しに見えるほどになってしまいました。困ったスレッタは色々なことを試しましたが、焦れば焦るほど、どういうことだか羽根はうまく生えてくれません。
     そこでスレッタはようやく疑問を覚えました。
     ひとに『とびきりの幸せ』を与えるには、いったいどれほどの幸運が必要なのでしょうか。
     とうとうスレッタの翼は元に戻りませんでした。いつからか幸運を頼りに暮らしていた彼らはその土地に居られなくなり、羽根を失ったスレッタを置いてどこかへ引っ越していってしまいました。
     それでもスレッタはめげません。羽根がないなら自分の体で人々を幸せにすればいいのです。
     スレッタは一生懸命働きました。病気の女性のために畑を耕し、川の水を汲み、炊事や洗濯も、子供の世話も動物の世話も売り子も買い物も機織りも、粉挽きだって行いました。けれどどうしてなのでしょうか、ある日スレッタは恐ろしい相談を耳にしてしまいました。あれだけ尽くしたスレッタを売り、お金に替えようと言うのです。彼女が幸せになれるのならば、天使として受け入れるべきだったのかもしれません。しかしスレッタは怖くなって逃げ出しました。わずかな手持ちで乗り合い馬車に乗り、お金がなくなれば歩き、遠く遠くへ。そして行き着いた果てでスレッタはエランと出会ったのです。

    「……そうなんだ」
     スレッタの話を聞き終えたエランはその一言だけを返しました。静謐な表情に大きな変化はなく、春の月のように静かな瞳がびくびくと怯えるスレッタを見つめ返しています。怖がったり、不審がられたりはされていない、のでしょうか。
    「信じて、もらえますか……?」
    「疑う理由もないから」
     さらりと答えるエランに、スレッタはなんだか嬉しくなってしまいました。今までは、信じてもらうこともたいへんでしたから。
     もう一口、ココアを飲みます。あまくて、あったかくて、おいしい。真っ直ぐな視線がなんだか恥ずかしくて、カップを持ち上げたまま顔を隠して青年を見上げます。
     エランは不思議なひとです。大声も出さず表情も控えめで落ち着いた青年は、指先まで揃えた動きは人形のように最小限、しっかりと着込み手袋をつけた肌を出さない服装は隙のなさを感じさせます。温度のない低い声はけれど冷たくもなく、いつか聴いた春の海のさざ波に似ている気がして、聞いていると心がぽかぽかと落ち着いていくのです。ココアのカップで指先もすっかり温まり、白かった爪はピンク色に染まりました。ゆらゆらと揺れる蝋燭の火も優しくて、あんなに恐ろしかった夜が今はただ美しいもの思えてきます。滲みるほどの優しい世界に、なんだか神の祝福する楽園に来てしまったようでした。けれど、天使なのは迎えてくれた彼ではなくスレッタです。スレッタは天から遣わされた天使として善き人に親切のお礼をしなくてはなりませんでした。スレッタはボロ衣一枚の自分を見下ろして、しばし考えます。
    「あ、そうだ! えいっ……!」
     隙間の空いた小さな翼の端っこから、一番大きな風切り羽を一枚、ぷちりと抜き取りました。根元がしくしくと痛みますが、これくらいなんともありません。この大きさの羽根ならきっと、それなりの幸運が訪れます。何かあったときのためにこの羽根だけは取っておいて良かった。
     白い羽根を両手に乗せて対面に座るエランに差し出します。
    「エランさん、これ、良かったら」
    「必要ないよ」
    「え?」
     スレッタは断られるとは思ってもみなかったので、ぱちりと張り付いた睫毛を瞬き、重い首を傾げました。
    「あ……エランさんは、幸せなんですか?」
     今までにも、そういう人たちはいました。「もう充分幸せだから、他の必要なひとに渡してあげて」と善き人たちは言うのです。少し寂しい気持ちもありながら、差し出した羽根を取り下げ胸に握りしめます。けれど困りました。幸運が要らないのなら、スレッタには他に何が差し出せるでしょうか。
     丸い眉を下げたスレッタにエランは少し堅い声を出しました。
    「……ぼくは善い人間ではないから試練の対象外だよ」
    「え……で、でも! 助けてくれました!」
    「決まりだからね」
     ふい、と逸らされた黄緑の目は痛みに濁ったように見えて、スレッタの心臓はつきりと痛みました。何か悪いことを言ってしまったでしょうか。どうしてかはわかりませんが、機嫌を損ねてしまったようでした。何か話さなくてはと焦るスレッタに、エランは本を抱えて立ち上がります。
    「あ、あの……」
    「もう遅い。話は明日にしよう。今晩はさっきの部屋をそのまま使って。チェストに置いた服は着替えて構わないから。……おやすみ」
    「おやすみ、なさい」
     スレッタが頷くと、エランは手燭に火をつけて足早に廊下の奥に去っていってしまいました。
     急に足元が冷えてきた気がして、ひとりになったリビングでまだ暖かいココアをもう一回口にして、スレッタは首を傾げました。
    「あれ?」
     先ほどよりも美味しいとは感じません。甘みも、温度も。それでもせっかくエランが淹れてくれたものですから、大切に時間をかけて飲みました。
     燭台の火が消えて心なしかひんやりとした部屋を出ても、廊下に点々と灯された蝋燭が消えていないことにほっとしました。この光の道はスレッタの目覚めた寝室に繋がっているのです。スレッタは先ほど、この光に導かれるように彼のもとへやってきたのですから。蝋燭の火をひとつひとつ消しながら廊下をたどり、たどり着いた部屋に入ると、ベッドに腰掛けて息をつきました。
     すべてが夢のようでした。
     まさかまた、雲のように柔らかなベッドで眠れるなんて。昔のことを思い出して、つんとした鼻を啜ると、花の香りが漂ってきました。起きたときには動揺が強くて気づけませんでしたが、枕元には良い香りのする香が焚かれていました。品が良く、嗅いでいると心が落ち着いていきます。上等なものなのではないでしょうか。
     チェストの上には確かに服が置かれています。ボロボロの布を脱いで、濡れた布巾で身体を拭いて少し大きな白いシャツを身にまとうと、心がスッと楽になりました。それから、今まで息苦しかったことに気が付きます。親切な女性が羽根のお礼にとくれた服。裾がほつれるたびに何度も繕い直して、大事に着まわしていた服でした。逃げ出してからは繕うことも洗うこともできずに服の形を失くしてしまったボロ布をそっと撫でます。
    「……ごめんね」
     暖炉で焚べられた薪がぱちりと爆ぜるのを聞きながら、白いシーツに横になります。
     考えるのはエランのことです。彼はどんなひとなのでしょう。神父で、優しくて、助けてくれて、暖かい食事をくれて。こんな遅くまで食卓で本を読んでいたことだって、スレッタが起き出すのを待ってくれていたに違いないのです。天使ではないスレッタ自身に興味があると言ってくれて、けれど羽根は要らなくて。親切にしてくれたのは役目だからで、じっとスレッタを見つめる視線が熱くて。ああ、全然わかりません。
     思い出すと、冷えた指先がまたじわりと熱くなってきました。
     ぎゅっと目を閉じても瞼の裏にあの黄緑が焼き付いています。スレッタのことを真っ直ぐ見通すような灯火の色。前髪に隠された目に確かに映った痛みの影。
     あのひとのことを、スレッタはどうしたら幸せにできるのでしょうか。どうしたら、またスレッタを見てくれるでしょうか。どうしたら、もっと知れるのでしょうか。どうしたら、笑ってくれるでしょうか。どうしたら。
     ぐるぐると考えているうちに、疲れからか、とろりと優しい眠気はすぐにやってきました。
     ……夢じゃ、ないといいな。
     暖かさの中、白い羽根を抱きしめて重い瞼を閉じました。
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