手作りハンバーグ攻防戦 口を真一文字に結んだ凛が黙々と包丁を動かしている。手元の玉ねぎが粉々に粉砕されていくのを戦々恐々と見つめていた俺が「なんか手伝う?」と声をかけても返事がない。それもそのはず、俺はどこかわからない凛の地雷を踏んでしまったらしい。朝早く出て、夕方帰ってきたらこうだった。『恋人』が夕飯を手作りしてくれているシチュエーションなんて喜ぶ以外の何物でもないはずなのに、主語が『様子のおかしい凛』になるだけで印象は正反対になる。
わからないのだから謝りようがない。とりあえず謝っとけ精神が逆効果だと言うことは長い付き合いから学んでいた。だけれど、とにかくこの沈黙に耐えられなくて、俺は恐る恐る口を開いた。
「あの、夕飯は?」
「ねえよ」
「その刻んでるのは……」
「気にするな、お前のじゃない」
今度は冷蔵庫から出した塊肉を包丁片手に粉砕し始める。ひき肉から作る人、初めて見た。
無惨にも細かく刻まれていく塊肉。どうしてだろう、肉自体は美味しそうなのになんだか不安になる。ちなみに凛が特別料理が下手という訳では無い。
刻まれた2つの材料に複数の調味料と卵とパン粉を入れて手でこねる。妙に力がこもっているのは多分気のせいじゃない。ぐちょぐちょという混ざり合う音が、塊肉として役割を全うできなかった肉の断末魔にすら思えてきた。
「ごめん凛、俺なんかした?」
「してねぇ」
「ならなんで怒ってんだよ」
「怒ってねぇ」
ここでもう一度考える。週刊誌に写真を撮られた?いやそんなヘマはしていない。勝手に冷蔵庫のプリンを食べた?いや、いつ勝手に食べたと怒られるかわからないから、ここ数年この家でプリンを食べていない。あとは…勝手に凛の化粧水を使ったことがばれた?いや、向きも同じに戻したし、ほんの数回だ。バレるような痕跡は残していない。
それじゃあ他には何だろうと考える間に凛は黙々と、今度は肉の塊を手に取って形を整えフライパンに並べ始める。ほどなくしておいしそうな匂いが部屋中に漂いはじめた。俺の腹の虫がぐぅとなく。これは何が何でも食べたい。凛の手作りハンバーグと俺のプライド。両方を天秤にかけた俺は、プライドをかなぐり捨てることにした。
「ハンバーグ食べたいです!!」
手を洗いながら冷たい目を俺に向けた凛は、しばらく考え込んだ後ハァとため息をつく。言わないとわかんねーのかよ、とでもいうように。
「布団」
「は?」
「夜中お前が寝返り打つたびに布団全部持っていかれんだよ」
「あー?……あぁ!」
「さみぃ。こっちの身にもなれ」
それだけだ、と締めくくって凛はお皿を二枚用意し始めた。ジュ―、と美味しそうな音を立てる手元を気にしつつ最後の仕上げにかかる。
「分かったらサラダぐらい用意しろ」
はい喜んで!とどこかの居酒屋のようにお行儀のよい返事をした俺は冷蔵庫を開ける。ほころぶ顔を隠しながら。
ごめんなぁ凛、それは譲れない。
寒くなった凛が俺の布団の中にごそごそと潜り込んでくるんだ。俺の背中から暖を取ろうとぴたりと体をくっつけて。
寄せられる頬の温かさ、しばらくして聞こえてくる寝息。この時期だけの俺の特権で、すれ違いも多いプロ生活の数少ない楽しみ。
「でも凛、ちゃんと布団に入ってくるじゃん」
俺の反論を無言で聞きながら焼き加減を確認した凛はハンバーグを皿に取り分ける。凛の皿に4個。俺の皿には………
「1個?」
「てめぇやっぱ気づいてんじゃねぇか」
しまった、という表情をしてしまった俺の負けだった。俺の胃袋に収まるはずだったハンバーグ達は、保存容器へとドナドナされていく。
焦った俺が「じゃ、じゃあ、ベッド分ける?」と聞いてしまったが為に、より不機嫌になった凛と最後の1個を取り合うのはまた別の話。