ペーパー用小話(ハザジン)「キセキって、どんな確率から『奇跡』って言うんでしょう?」
「はぁ?」
ぶっきらぼうに差し出されたチョコレートを前にして、真顔でそんな返事を返してきた相手に、ジンは思わず眉をひそめた。何を言っているんだコイツは。胡乱な視線を投げかければ、いつもニコニコ、うさんくさいまでに笑みを絶やさないハザマがひどく真剣な顔で見返してくる。表情の消えた顔には、常に纏っているゆるい雰囲気など何処にも無い。長めの前髪に隠れがちな金色の瞳が刃物のように鋭く輝き、整った顔立ちと相まって、いっそ人外じみた凄みを感じる。コイツこんな顔してたのか、とジンは内心でやや引き気味に息を呑んだ。気の弱い某金髪の秘書なんかが見れば、涙目で逃げ出しそうなご面相である。
「…失礼な奴だな。いらないのか?」
バレンタインデーにチョコレートが欲しいとあれだけ煩くアピールしておいて、いざ渡そうとしたら真顔になられるとか何なんだ。反応に困って腕を下げかけると、ハッとしたハザマが凄い勢いで食いついてきた。
「い、いります、いります 超いります 少佐からのまさかのバレンタインチョコレート 開闢以来ただの一度も遭遇した事の無い奇跡がここに…ッ」
「お、大げさな奴だな…」
購買で買った何の変哲も無い板チョコレートを手にして打ち震えるハザマに、ジンは困惑の目を向けた。そんなに嬉しかったのだろうか。
お使い一つまともに出来ない金髪の某秘書に業を煮やし(ブチギレ)て自分で備品を買いに出た先、目に付いたバレンタインコーナー。そう言えば欲しいと騒いでいたなと、気紛れで一つ買ってみたのだが、これ程に喜ばれるとは思わなかった。良く分からないが、そこまで切実だったとは。こんな事ならばただの板チョコでは無く、もう少し高い物にしておけば良かったかもしれない。
「大げさなものですか。例えこの世界が壊れても、きっと私は、このチョコレートの味を忘れる事はないでしょうね」
いつもの微笑みを戻して言ったハザマの声は不思議と感慨深い響きに満ちていて、ジンは不覚にも、ドキリと胸をひとつ高鳴らせたのだった。
余談だが、統制機構の購買でバレンタインにチョコを購入したイカルガの英雄の姿は多くの関係者に目撃されていた。すわお相手は誰だとの噂が一夜にして駆け巡り、翌日には第四師団の許に某黒髪の最高司令官が乱入する事となったという。
END