ひとしずく険しい山道を崖を登りながら超えてたどり着いた村。
高い山により隔絶されたその地に入村した勇者パーティーは、久しぶりの訪問者ということで大変珍しがられた。特にフリーレンはエルフであるが故、更に珍しがられて村人全員が集まってその姿を見に来た。
悪意はなかろうが、ジロジロと見られて居心地の悪い思いをしていたフリーレンを庇うように、ヒンメルが村人とフリーレンの間に立つ。
ヒンメルが一泊させて欲しい、と言えば村長を名乗る長老は快諾した。
「空いている家が二件ある、一件は女性が使いなさい」
「…ありがとう。礼の代わりに何か手伝うことはないか?」
「気にする事はない。旅の話でも皆に聞かせてやってくれ。ここは娯楽に飢えておりますので。」
村長はそう言って去っていった。しかし、村人は村長が去ると同時に帰っていく。
一人残った村長の息子に、なんとか家の形を保った建物へ案内される。フリーレンの泊まる家も視認できる場所にあり、村長の息子は案内を終えると「それでは私はこれで」と帰っていった。
はしゃぐ子どもも居らず、商店や酒場、食堂もなく静かな村だ。
いや、全員がこの村のなんとも言い難い奇妙な静けさに呑まれていた。
4人は案内された家に入り扉を閉じると、ようやく口を開いた。
「どこか雰囲気のある村ですね」
「静か過ぎるな」
「フリーレン、この後一人で大丈夫かい?」
「まあ大丈夫でしょ。」
「まさか村人がフリーレンに適うわけがありませんからね」
ハイターが明るく言うが、ヒンメルは心配そうにフリーレンを見た。
「そうは言ってもフリーレンは女性だよ」
「なら結界でも張っておくよ。」
硬いパンをもそもそとかじりながら、フリーレンが返事をした。
フリーレンの結界は野営の時も使用されている。それがあれば、魔獣の攻撃だって弾けるものだ。
「念の為そうしておけ」
「それがあれば大丈夫でしょう。明日の朝、早めに出立しましょうか」
「えーっ…」
「そうしよう。フリーレン、迎えに行くから頑張って起きるんだ」
その後のフリーレンの抗議は受け入れられなかった。
食事を終えれば寝る以外にすることもないため、フリーレンは早々にもう一件の空き家へ向かった。
井戸を借りた男性三人も水浴びをさせてもらうと、早々に横になった。
フリーレンが空き家に入ると、部屋の奥に開かれたドアと地下への階段があった。
ダンジョンのようなそれに誘われて階段を降りていくと、床いっぱいに見た事のない魔法陣が描かれている。
「…何これ」
解析のために近寄り、魔法陣に触れようとしたその時だった。
魔法陣が光りだし、陣に書かれた文字が伸び出してフリーレンを拘束した。
抗えぬ程強い力に体が床に伏せられる。
すぐに杖を出そうとしたが、何故か杖を出せない。空いた手で魔法を発動しようとしたが、それすら出来ない。
「…罠か」
苦々しく言うと同時に上の階に複数の人がが入ってきた音がして、フリーレンは歯噛みした。
♢♢♢
ドンッ
「…っ!」
腹に衝撃を受けたヒンメルは呻いて目を覚ました。
慌てて跳ね起きるとアイゼンが腹のところに転がって来ていて、事情を察する。
起きたついでに水でも飲もうと立ち上がり、ふと窓の外を見ると、月もない真っ暗な村の中に一件だけ灯りの点った家があった。
フリーレンが借りている家だ。
時刻は真夜中。フリーレンの家だけが明るい状況にヒンメルの脳が覚醒した。
「…ハイター、アイゼン!!起きろ!!」
♢♢♢
「フリーレン!」
ヒンメル、ハイター、アイゼンが地下室にたどり着いた時にはもう遅かった。
フリーレンは手足を鎖に繋がれて、壁に無理やり磔られていた。ケープは脱がされ、服は真紅に染められて意識を失っている。その顔は紙の様に白い。
フリーレンの物であろう血飛沫が床に壁にと散っていた。
その周囲で村人が血の入ったグラスを手にして笑っている。
「勇者様もいらっしゃいましたか。生きたエルフの血は珍しいですよ」
「勇者様、貴方も永遠の命が欲しいでしょう?」
「さあどうぞ」
想像を絶する光景と狂気の沙汰にアイゼンとハイターはゾッとする。
グラスを差し出す村人に、ヒンメルは全身を震わせながら剣を抜いた。
その眼差しからは、穏やかさが消えて代わりに憤怒が宿っていた。
「フリーレンを返せ」
ヒンメルが剣を振るうと、村人は怯えて下がったがフリーレンを返すつもりも、グラスも渡したくないのか、それぞれにナイフや斧を取り出した。
「…ヒンメル、」
アイゼンが村人相手にどう相手をするか、と話しかけようとした時だった。
一閃。
ヒンメルが容赦なく剣を薙げば、村人達の片手が落ち、胸や腹が切り裂かれて血が吹き出した。
辺りが混乱と悲鳴で騒ぎ出すのを気にも止めず、ヒンメルはフリーレンの近場にいる村人の心臓に剣を向ける。
「退け。」
「ひっ…」
動ける村人は皆逃げだしていった。
「アイゼン」
「分かっている」
アイゼンがフリーレンの枷を外してやると、真っ青なフリーレンが倒れ込んできた。ヒンメルがそれを受け止めると、フリーレンの様相は近くで見ると酷いものだった。
首を中心にあちこちに噛み付いた跡が残っていて血が滲んでいる。腕は深く切られたようでまだ血が止まっておらず、ボタボタと血が滴る。
「ハイター、急いでくれ!」
「ええ」
ハイターが聖典を片手に手を翳すと、暫くして腕の血は止まった。
「フリーレンは大丈夫ですよ。ヒンメル」
幼なじみの言葉に、ここに来て初めて息を着くことができた。
「フリーレン…すまなかった」
変わらず生気のない顔色に、ヒンメルが手を握り頬を擦り寄せる。
「…うっ…」
腹を切られた村人が意識を取り戻したのか、背後で起き上がった。
「失せろ。二度とフリーレンに触れるな」
低い声で放たれたそれに、村人は他に倒れている者を放って腹を庇い逃げ出した。
「ヒンメル、」
ハイターの迷っている声色にヒンメルが低い声で返す。
「殺してはいないだろう」
「…そうですね」
「この村を出よう」
既にアイゼンがフリーレンの鞄を持っている。
ハイターとヒンメルは頷き、ヒンメルはフリーレンを横抱きに抱えたまま歩き出した。
♢♢♢
「……」
右手だけが熱い感覚がして目を開くと、フリーレンはベッドに寝かされていた。 右手が熱いのはヒンメルに握られているせいだった。
「フリーレン!」
ヒンメルが目を開けたフリーレンを必死な顔でのぞきこむ。
「私…生きてるんだ」
「助けるのが遅れて済まなかった。…気分は?」
「なんかクラクラするかな」
「ここは村から離れた教会だ。まだ休んでいてくれ」
「フリーレン、目が覚めましたか」
ハイターとアイゼンが入ってきた。
「みんな、助かったよ。ありがとう」
まだ弱々しいが、笑みを浮かべたフリーレンにヒンメル達は胸を撫で下ろした。
この後、「誰か身体拭いてよ」と言われてヒンメルが吐血するのは数秒後。