レオナが生け贄になる話ハーツラビュル寮寮長、リドル・ローズハートから始まり、次々とオーバーブロットが起きた1年がもうすぐ終わろうかという頃。世界は、マレウス・ドラコニアのオーバーブロットから日も浅いというのに、再び滅亡の危機に瀕していた。
『cladis』。それに付ける名前は、それ1つしか考えられなかった。耐え難い悪臭を放ちながら世界中を蠢き回り、生物を溶かす酸を撒き散らす。そして―――人種、国籍、性別その全てに関係なく、人を喰った。そいつは直径10メートル程のスライムのようにどろどろした肉塊で、見るだけで吐き気を催すような、まさに厄災だった。各国の首脳達は会議を開き、様々な対抗策を講じたが、世界屈指の魔法使いであるマレウス・ドラコニアはオーバーブロット直後、茨の谷領主のマレフィシア様が長年卵に魔力を注いでいたせいで絶好調とは程遠いとあっては、cladisを止めるのに必要な魔力量が圧倒的に足りなかった。
次に頼ったのは、占いだった。力ずくで抑え込めないとなったら、もう頼れるのは神、仏、それらの類いなのである。そして下った神託は。『獅子の体を1体捧げよ』この結果はその重要性から、夕焼けの草原のみに伝えられた。
翌日。レオナ・キングスカラーは、兄であり、今の夕焼けの草原の国政を担う王、ファレナ・キングスカラーの執務室へとやってきていた。昨日の神託については、もうレオナの知るところであった。レオナが執務室に入ってから数分。押し黙っていたファレナが、ゆっくりと口を開いた。「―――レオナ。頼んでも、いいか…?」レオナは、その言葉だけで全てを悟った。それはそうだ。王を、王妃を、皇太子を。レオナ以外の獅子を、捧げるわけにはいかない。「ああ、分かってる。でも、死ぬのはこの国がいい。ギリギリまで、NRCにも通いたい。いいよな?」ファレナはハッとしたような顔をし、「もちろんだ。cladisが再びこの国にやってくるまで後2週間だ。それまでは、レオナの、好きに、するといい。」嗚咽をこらえるように、そう言った。兄に背を向け、歩き出す。前々から覚悟はしていた。―――クルーウェルの研究室に、研究者達によって命懸けで採取されたというcladisの欠片がやってきた日。そいつに自らの髪を与えたら、動きが止まった、その日から。まあ、世界と自分を天秤にかけた時、世界の方に傾くのが分からないくらいガキでもない。自嘲気味な笑みをこぼし、レオナはサバナクロー寮に通じる鏡をくぐった。
ラギーに夜食はいらないと伝え、遺書を書く。大切に思っていた彼らに。
翌日は一日中植物園で過ごした。クルーウェルが探しに来たが、魔法でごまかした。