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    muhyumu

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    せるみぼ長編「幸せの泥濘」第一話です。

    「幸せの泥濘」第一話深夜、路地裏にて。セルはマゴル城から逃げ出した召使を一人殺したところだった。返り血を拭い、魔法で死体を始末する。いつもの仕事に比べれば、数倍楽な仕事だった。これで今日は直帰していいなんて、幸運な日だ、とすら思った。しかし、その幸運は長くは続かなかった。
    「ひっ、人殺しっ……」
    背後から小さな悲鳴が聞こえた。振り返ると、そこには女が一人立っていた。闇夜に紛れる黒髪、黒い瞳、黒い服。セルと目が合うと、女は思わず悲鳴を上げてしまった口を手で抑えた。
    「見られたか、しかたがない。お前にも死んでもらおう」
    セルはにたりと笑って女に杖を向ける。一本線で杖を構える様子もない一般人だ。ほんの一言呪文を唱えれば殺せる。呪文を唱えようとしたセルが口を開いたその時、女は動いた。
    「ごごごごめんなさい!!!!このことは絶対秘密にしておきますから殺さないでください~!!!!」
    女は高く飛び跳ねると、土下座の姿勢をとった。額を地面に擦りつけ、必死に命乞いをするさまは、見ていて愉快だ。気を良くしたセルは女をいたぶるように杖を弄ぶ。
    「さて、どうしようかな。お前の態度次第だなぁ?」
    実際のところ、この女を殺そうが殺すまいがどうでもいいのだ。でも、この女の命を自分が握っているという感覚は気持ちがよかった。目にいっぱいに涙をためた女に見上げられると、ぞくぞくする。ただ、その次の女の行動には驚いたが。

    見事な三点倒立だった。どうして?
    「なんでだよ」
    「土下座だけじゃ足りなさそうだったので!!」
    この女の中で、三点倒立って土下座よりも謝罪ポイント高い行為なんだな、とセルは冷静に分析する。それより、逆立ちをしたことによりタイトなスカートがめくれ上がりそうなことのほうが気になった。
    「お前、スカートだろ。パンツ見えるぞやめろ」
    女はとんと地面に足を下すと、スカートのすそを直した。
    「これは失礼しました!!」
    だめだ、この女普通に見えて相当普通じゃない、このままだと女のペースに持っていかれる。実はもう手遅れだったのが、セルはまだそれに気づいていなかった。
    「もういい、今回は見逃してやる。さっさと行け」
    セルは手でしっしと女を追い払う。しかし、その手が女の柔い手でぎゅっと握られた、温かい。
    「お兄さん、お名前を教えてくれませんか?」
    「は?」

    ―幸せの泥濘 第一話―

    セルは女の手を振り払い、無視して歩き始めた。しかし、女の足音は一歩後ろをついてくる。
    「ねぇ、お兄さん。どこに住んでるんですかぁ?」
    さっきから矢継ぎ早に質問をしてくる女にキレたセルは、立ち止まって女に詰め寄った。
    「さっきからなんなんだお前は!」
    「お兄さんに一目惚れしました!連絡先教えてくださぁい!!」
    だめだこの女、普通じゃなかった。関わるべきじゃなかった。今更後悔しても遅いのだが。
    「一目惚れってお前……」
    「だってお兄さんお顔がとっても綺麗なんですもん。言われません?」
    褒められることなぞめったにないセルは、内心どきりとした。それを表に見せないよう、セルは強い自分をアピールする。
    「……僕はイノセント・ゼロの幹部なんだぞ。怖くないのか?」
    セルは自らの頬の二本線をなぞる。しかし、女は少しばかり驚いた様子をみせるだけだった。
    「まぁ、そうだったんですね」
    へら、と女は笑った。
    「怖いですよぉ、今しがた殺されそうになったばっかりですし」
    この女イカレてる、付き合ってられない。セルは逃げるように宙に浮く。すると女も大荷物の中から箒を取り出しあとを追おうとした。しかし、その乗り方はずいぶん危なっかしく、前へ傾いたり後ろへ傾いたりとバランスが取れていない。こいつ、箒もまともに乗れないのか、セルが呆れながら眺めていると、女はやがて顔面から着地した。

    運命の分岐点。そのまま無視して飛び去ればよかったものを、セルはなんのきまぐれか女のそばに降り立った。別に鼻血を拭いてやる気もなかったが、乱暴にティッシュを投げつける。
    「ありがとうございます、お兄さん……」
    女はティッシュで鼻血を拭っている。そんな姿を見て、どういう心境の変化だろうか、セルは女を連れて帰りたくなっていた。それは哀れみか、それとも微かな好意だったかもしれない、本人はまだ気づいていなかったが。セルは自分より弱い存在なんていたぶってすっきりするためにあると思っている。この女、多少イカレているが、サンドバッグにするにはちょうどいいかもしれない。それに、どうやら自分に好意を抱いているようだ、利用できそうじゃないか。ちょうど家事手伝いも欲しかったところだし。あれそれ言い訳をつけ、セルは女を連れて帰ることに自分を納得させた。セルの運命の歯車はがたりと大きな音を立てた。
    「お前、家族は」
    「今はもういません」
    「家は」
    「わけあってないんです」
    「家事はできるか?」
    「一通りできますよ」
    合格だ。セルは女に荷物を持てと命令する。女はきょとんとしながら自分の大きな荷物を持った。
    「僕の名前はセル・ウォー。お前のことは小間使いとして雇ってやる。一緒に来い」
    セルは女の手首を掴むと宙に浮く。女はうっとりとほほ笑んでいた。

    これが、今後セルの運命に多大なる影響を与えることとなる女との出会いだった。
    そしてセルと女の奇妙な同居生活が始まったのである。

    朝、セルはソファで目が覚める。昨晩、一緒のベッドで寝ましょう♡などとのたまう女をベッドに残し自分はソファで寝たのであった。なんで小間使いがベッドで僕がソファなんだ、とぶつぶつ文句を言いながら眠りに落ちたのを覚えている。幸いベッドルームにはまだスペースがある、早くもうひとつベッドを買わないとな、などと考えながらセルは身を起こした。くつくつ、とんとん、キッチンから物音がする。ごはんの炊けるいいにおいもするではないか。セルがキッチンを見に行くと、女が振り返った。
    「おはようございます、セル様」
    きちんと化粧をして寝ぐせを直し、服を着替え、身だしなみを整えた女がそこにいた。
    「もう起きてたのか」
    「ええ、だってセル様に朝食を作ってあげたかったので」
    「……ふん、そうか」
    朝食を作ってくれるのは正直ありがたい。いつもは菓子パンでもかじるか、なにも食べないで出勤する日も多かったから。それに素直にお礼が言えないのがセルという男なのだが。
    「もうすぐできますから、お顔でも洗ってきてくださいな」
    手際良く料理を作っていく女の手元を見つめていたら、女がくすりとほほ笑んでそう言った。まるで子供に言うような言い方で少しムカついたがまあいい。セルは顔を洗うといつも通り入念に顔の保湿をした。髪を梳いていると、ダイニングから声がかかる。
    「セル様、できましたよ」

    ダイニングに移動したセルは、テーブルの上を見て驚く。なるほど、この女料理は相当上手いらしい。冷蔵庫には適当なものしか突っ込んでいなかったはずだし、他は缶詰とか、インスタントのものばかりだったのだが。こんがり焼け目のついたソーセージ、ねぎたまごやき、少ししなびた野菜とツナのサラダ、味噌汁、炊き立てのごはん……がそれぞれ二人分。セルはごく、と唾を飲み込んだ。お腹が空いた、がっつきたくなるのを堪えて冷静を装うと、席につく。
    「ふーん、なかなかできるんだな、お前」
    「お味噌がなかったので味噌汁はインスタントですけどね……」
    セルが箸を手に取ると、女がちょっと待ってください、とそれを止める。
    「なんだよ」
    「いっしょに『いただきます』しましょう?」
    女が手を合わせていただきます、と言うのにつられて、思わずセルも手を合わせいただきますと小さく呟いた。誰かとこんなことをするのは初めてだった。浮足立つような、不思議な感覚。それを小さな幸せと呼ぶのだが、セルはまだ知らない。知らないまま、再び箸を手に取り、たまごやきに口をつけた。だしが効いている、塩っ気もちょうどいい。冷蔵庫に放置されて少ししなびたねぎは食感こそ良くないものの、味のアクセントとしての役割を果たしている。

    「美味しいですか?」
    「……まあ、そこそこな」
    「それはよかったです!!」
    素直に褒めたわけでもないのに、女は嬉しそうににっこり笑って、ごはんを頬張った。ごはん、僕のより盛ってないか?とセルはちょっと疑問に思うが、今は目先の食事だ。ソーセージも賞味期限ぎりぎりだったはず、よく発掘してくれた。少ししなびた野菜のサラダ、ドレッシングは手作りだろうか、そんなもの用意していなかったはずだから。なんにせよ朝からビタミンとタンパク質がとれるのは嬉しい。炊き立てのごはんだって久しぶりだ。
    「ありあわせのものですみません。日が暮れたら、買い物に行ってきますね」
    「別に日中に行けばいいだろ。僕は仕事で留守だ」
    女は困ったようにほほ笑んだ。なにか日中出歩くことに不都合でもあるのだろうか。まあ、家もない、家族もない、この女見るからに訳ありだしな、とセルは特に深く考えなかった。
    「ごちそうさまでした」
    女が手を合わせるので、セルも仕方なく手を合わせる。片付けを始める女を横目に、セルは出勤準備のために化粧をした。リップを引き終わると、財布からいくらかだしてテーブルの上に置く。
    「今日の分の生活費、置いておくからな」
    「ありがとうございます」
    女は皿を洗いながら、振り返ってそう答えた。セルが仕事へ行くのと、女の片付けが終わるのはちょうど同じくらいだった。女はタオルで手を拭くと、とてとてと玄関まで見送りにくる。

    「セル様、お昼はどうされますか?」
    「仕事だ、帰りも遅くなる」
    「では、夕食はなにか作っておきますね!!明日からお弁当も作ります!!」
    よろしく、とか、ありがとう、とか言えばいいのだが、セルはこういう時になんて言えばいいかわからなかった。なにかしてもらうことなんてめったになかったからだ。セルは何も言えないままふいと背中を見せて出かけようとする。
    「セル様!」
    「なんだ」
    明るい女の声に振り返ると、女は自分のてのひらにキスをするとぽいとそれを投げてきた。
    「いってらっしゃいのちゅっ♡」
    「うぜぇ!」
    セルはそれを振り払うような仕草をすると、行ってきますも言わずに玄関をでるのだった。

    さて、仕事を終えて帰宅したのは深夜だ。がちゃりとドアを開け、部屋の中に入る。たったと走る足音が聞こえて、女がひょこっと顔を出した。
    「セル様、おかえりなさいませ」
    「……た、ただいま」
    セルは慣れない挨拶をする。女は綺麗に化粧をしたままで、まだ風呂にも入っていないようだった。
    「お夕飯作って冷蔵庫に入れてありますから、温めて食べてくださいね」
    風呂も沸いているみたいだし、部屋も綺麗に片付いている。溜まっていた洗濯物も洗濯されてきちんと畳んであった。冷蔵庫を開けると、皿にのった生姜焼きとごはん、サラダ、それから十分な食料が詰まっている。鍋には味噌汁が入っていた。
    「至れり尽くせりだな……」
    女に聞こえないよう、セルは呟く。
    「セル様、セル様がお食事している間、お風呂先にいただいてもいいですか?」
    「ああ、好きにしろ。明日から先に風呂はいってていいからな」
    「はい、かしこまりました!!ではお風呂いってきます!!」
    セルはタオルを持って風呂場に消えていく女を見送り、魔法で食事を温める。
    「……美味しいな……」
    これは思わぬ拾い物だったかもしれない。多少やかましくはあるが、これは悪くない生活だ。セルは食事を平らげると、お茶を啜った。

    ところでひとつ問題がある。この女の存在を、いつまでマゴル城の住人であるご兄弟方とお父様に隠しておけるかということ。ご兄弟方とお父様にこの女の存在がばれたら、やっかいなことになるに決まっている。特に、デリザスタには見つかりたくない。軽くてもからかわれるし、最悪調子に乗っているとか言われて殺され……と考えてセルは額を抑えた。他の兄弟だって厄介だ。エピデムに女をモルモットにされても困るし、ファーミンに殺される可能性だってある。ドゥウムやドミナなら「そうか」で終わりそうな気もするが、できることならばれたくない。でもお父様に隠し事をするのも良くないし、とセルは苦悩する。苦悩の結果、セルは先延ばしという結論をだした。また、どうしても紹介しなくてはいけないときがきたら紹介しよう、と。その、紹介しなくてはいけないとき、というのは案外早く訪れることになるのだが、それはまた次のお話である。
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    muhyumu

    DONEせるみぼ長編「幸せの泥濘」第十話です。
    「幸せの泥濘」第十話時はしんしんと降り積もり、やがて三年の月日を重ねた。ベランダには、立派なひまわりが爛々と咲き誇っている。いつのまにかプランターも増えた。大小いくつかのプランターに、それぞれの大きさのひまわりが植わっている。女は飽きもせず丁寧にそれらを育てていた。穏やかな休日、女はパジャマのままひまわりに水をやって、ベランダから部屋にあがってきた。ふとカレンダーを見て、はっとした顔をする。
    「そういえば今日はジェーネお姉さまがいらっしゃる日でしたね」
    「ああ、そうだったか」
    「大変、急いで着替えなくちゃ」
    女は、クロゼットを開ける。女の荷物もずいぶん増えたものだった。昔は、女を縛り付けるために与えていたものも、今は贈りたいから贈るものへと変化していた。奪うことが恋で、与えることが愛だというのなら、これは。この気持ちを人は愛だと、そう名付けるのだろうか。そんなセルの想いをよそに、女はさっさとしたくをする。先の記念日にセルが贈ったばかりの新しいワンピースに袖を通し、急いで化粧をした。丁寧にマスカラを塗り、アイラインを引いている。最近のセルとのデートの時より念入りなんじゃなかろうか。姉も妹に少し大きすぎるのではないかと思われる愛を抱いているが、妹も大概特別な感情を持っているようだった。
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